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パプア人差別への抗議デモに揺れるインドネシア デモ隊と兵士双方に死者も

ニューズウィーク日本版 2019年8月30日 17時11分

<警察によるパプア人への差別発言に端を発した抗議活動は、インドネシア各地に広がり、独立を問う国民投票を求める動きに──>

インドネシアの最東端、ニューギニア島の西半分を占めるパプア州、西パプア州で続く「パプア人差別」に対する抗議運動、デモはインドネシア政府の懸命の収拾策にも関わらず、一向に沈静化する兆しを見せていない。8月28日には一部でデモ隊と治安部隊が衝突し死傷者が出たほか、29日にはパプア州の州都ジャヤプラ中心部で州庁舎や刑務所などが放火され、服役囚が脱獄する事態にまで発展している。

政府は軍部隊や警察官を急派して治安回復に懸命となっているが、さらなる反発への懸念から強硬手段を控えており、デモ隊の行動を封じ込められずにいる。

またフェイクニュースやデマによる混乱回避のために政府が8月21日からパプア地方でインターネット接続を遮断したことによる市民の不満も高まっている。

現地からは「一般市民の生活さらにマスコミの報道にも深刻な影響が出ており、ネット遮断という政府の対応策は別の意味でのパプア人への暴力でもあるといえる」と人権問題を主に報じるブナール・ニュース(ネット版)は伝えている。

当初パプア人差別反対を訴えるデモや集会が中心だったが、時間の経過とともにパプア各地に拡大した抵抗運動は今や「パプアのインドネシアからの分離独立を問う住民投票実施」という大きな政治運動に変質しており、政府も強硬姿勢による対処の道を模索し始めているとされ、パプア問題は新たな局面を迎えている。

背景にはこれまで細々だが続いている独立を求める武装組織による今回の騒乱状態への便乗や、本格的な武装闘争への影響に対する危惧があるのは間違いない。

州都で衝突激化死傷者、放火

ジャヤプラのデイヤイ地区で8月28日、150人規模のデモが始まり、そこに槍や弓矢を所持した集団が合流、1000人規模に膨れ上がり、治安部隊と衝突した。この際、兵士の武器を奪おうとしたデモ隊の市民2人が殺害されたほか、放たれた弓矢で兵士1人が死亡するなど死傷者が出る事態になった。

それを受けて翌29日にはジャヤプラ中心部でも抗議デモが広がり、州庁舎、電力会社、商店、車両などが放火や破壊される事態に発展した。刑務所も襲撃放火され、複数の服役囚が混乱に紛れて脱走したという。

インドネシア各民放テレビは現地からの中継で8月30日午前は「事態は小康状態になっている」と伝え、とりあえず治安が辛うじて保たれていることを伝えている。



パプア人への差別発言がきっかけ

今回のパプア人のデモ、騒乱状態は8月17日のインドネシア独立記念日に東ジャワ州の州都スラバヤで治安部隊と急進派イスラム団体などが「インドネシア国旗を侮辱して破棄した」との偽情報に基づいてパプア人大学生の寮を強制捜査。

その際兵士や団体関係者からパプア人大学生に対し「ブタ」「サル」「イヌ」「コテカ(ペニスサック)」などという差別的、侮辱発言があったことがきっかけになっている。

インドネシアで最も開発が遅れているといわれるパプア地方では豊富な地下資源が外国資本による開発などで進む一方で、現地への利益還元はほとんどなく、山間部でのインフラ整備も大幅に遅れている。

そうした経済的不遇に加えて非パプア人である大半のインドネシア人が根底に抱く「潜在的差別意識」への不満、反発が一気に噴出し、長年の主張である「独立を問う住民投票の実施」という要求にまでエスカレートしているのだ。

大統領も断固とした対応を指示

パプア人への差別的発言、態度から一気に拡大したパプア人の抗議デモに対して当初は「パプアの人々の怒りは理解できるが、お互いに忍耐で対応しよう」と穏便に処理する姿勢を示していたジョコ・ウィドド大統領も、パプア地方での騒乱状態が一向に沈静化しないことから、29日には「無政府状態のような違法行為には断固とした対処を取らざるを得ない」と今後は治安部隊による強硬な対応も辞さないとの政府の姿勢を表明した。

ウィラント調整相(政治法務治安担当)など治安当局者によると、現地で警戒に当たる警察、軍兵士は「強硬手段を極力取らないように命令されている」としたうえで、所持する小銃などには「実弾は装填していない」としてあくまでゴム弾、催涙弾などによる平和的な秩序維持に専念していることを強調している。

その一方で政府や治安関係者はパプア人組織や団体との会合を重ねては「パプア独立は解決策にならない」「独立は多数のパプア人の要望ではない」などと「独立気運」の高まりに対する火消しにも躍起となっている。

現在の政府の対応は独立運動の激化によるさらなる治安悪化への懸念から建て前や表面上ではソフト対処を装いながらも、パプア人の独立要求気運が今後もさらに高まるようであれば、強硬手段による対処、弾圧も辞さない姿勢を見せ始めている。

4月の大統領選挙で再選続投が決まり2024年まで政権を担うことになったジョコ・ウィドド大統領は頭の痛い課題に早くも直面している。



[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



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死者まで出るようになった抗議デモ

西パプア州では「パプア人差別」に対する抗議運動が騒乱状態になりつつある。 Al Jazeera English / YouTube


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