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英議会閉会の決断はジョンソンの計算ミス

ニューズウィーク日本版 2019年9月3日 19時40分

<EUへの交渉カードになるとのもくろみは外れ、足並みのそろわない議員たちを結束させるだけ>

EUとの合意の有無にかかわらず、期限の10月31日にEUを離脱する――そう公言してきたジョンソン英首相が新たな賭けに打って出た。

8月28日、ジョンソンは9月12日から10月14日のエリザベス女王の演説まで議会を閉会することを女王に要請し、承認を得た。議会日程を大幅に縮小することで、合意なき離脱を阻止したい勢力の動きを封じ込める狙いがあるとみられる。だがこの決定は非民主的で憲法違反の恐れもあるとして、与野党双方から批判が噴出している。

ジョンソンはEUと英議会に対する交渉カードとして議会の閉会に踏み切ったのだろうが、思惑どおりになる見込みは薄い。議会の閉会自体は違法ではないが、問題はその期間が1カ月以上と長いことにある。与党・保守党は過半数の議席を持っておらず、野党・労働党を中心とする勢力は審議を通じてジョンソン主導の離脱プロセスにブレーキをかける計画だった。

閉会の決断は、議会主権の原則を軽んじるジョンソンの姿勢の表れだ。ただし、だからと言って彼が合意なき離脱を望んでいると決め付けるのは早い。

ジョンソンは10月17~18日のEU首脳会議で新たな離脱協定案の合意を取り付けたいと考えており、その内容について議会で審議する時間は10月下旬に「たっぷり」あると主張する。このシナリオが現実になれば、反対派は苦渋の選択を迫られる。

新たな協定案に反対すれば、イギリスを合意なき離脱に追い込んだ張本人と非難される。一方、協定案に賛成すれば、強力な指導力によってイギリスを土壇場で救った英雄というジョンソンのイメージ戦略に貢献することになる。いずれにしてもブレグジットは実現され、ジョンソンは自分の都合のいいように手柄を吹聴するだろう。

交渉に応じるEUの思惑

ジョンソンが新たな協定案をEUと再交渉し、それを英議会に諮りたいと本気で考えている可能性も否定できない。国際舞台での彼の振る舞いは国内と劇的に異なるからだ。8月下旬に独仏首脳と会談し、その後G7サミットに出席したジョンソンは、寛大かつ思慮深く妥協点を探る誠実な現実主義者という印象を振りまいていた。また議会の閉会を発表したのと同じ日に、離脱交渉担当者をブリュッセルの欧州委員会に派遣した。

ジョンソンは合意なき離脱に反対する勢力を抑え込むことが、対EUの「切り札」になると考えているようだ。この発想は、英議会が合意なき離脱だけは阻止するだろうと安心しているからこそEU側はイギリスに強硬姿勢を取り続けているのだ、という英議会の認識と一致する。さらにイギリスでは、EUは土壇場で妥協案を受け入れるという予測が広く信じられている。



だがジョンソンがそうした期待を持っているとしたら、EUの立場を見誤っている。EUがアイルランド国境問題をめぐってかたくなな態度を崩さないのは、単一市場とEUの連帯を守るという覚悟の表れだ。EUはぎりぎりまで交渉に応じるだろうが、それは最終的に交渉が決裂した場合にジョンソンの責任だと主張できるからでもある。

政治戦略の面で言えば、議会の閉会はやり過ぎだったかもしれない。ジョンソンはブレグジットをめぐり分裂していた議員らに、議会制民主主義と議会主権を守るという大義の下で結束する理由を与えてしまった。

議会は9月3日にいったん開会するが、そこで事態は急転回するだろうか。一寸先は闇だ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年9月10日号掲載>

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ヘレン・フォン・ビスマルク

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