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女性が経済的に不利なのは、お金の話を語ることがタブーだから

ニューズウィーク日本版 2019年9月4日 19時20分

<お金を稼ぐのは男の仕事――女性は日々の生活の中でこうしたメッセージを受け取っている>

アメリカでは今、ジェンダーに関する国民的な議論が巻き起こっている。男と女の役割の変化、女性大統領を迎える用意があるかどうか、女性の足を引っ張る社会的な力関係(職場のセクハラ、女には完璧さを、男には勇敢さを求める風潮など)。そしてジェンダーの定義さえ議論の対象になっている。

こうした議論は根本的に、全て権力に関わっている。誰が力を持ち、誰が持っていないかということだ。しかし、この議論から抜け落ちているものがある。お金の話だ。

お金に触れずに、権力について語ることはできない。資本主義社会では、両者は密接に絡み合っている。より多くのお金はより多くの権力に等しい。

お金は人間関係の力学を決定し、支持する候補者が選挙で勝つ可能性を高める力になり、嫌いな仕事をきれいさっぱり辞める力にも、部下の前で下半身を露出するようなセクハラ行為を可能にする力にもなる。

私たちの社会には、お金を男性的な概念とみる暗黙の了解がある。男女ともにこれを受け入れているため、どうしても女性の力は相対的に弱くなる。

この了解は親や学校、メディアが女子と男子に、お金について異なるメッセージを送ることから始まる。こうしたメッセージは女性の活動を制限し、男性を前に進ませる効果がある。

例えば、最近の調査によると、親は娘にお金を節約し、慎重に使うことを教えるが、息子にはお金を稼ぎ、富を築くことを奨励する傾向がある。

ティーンエージャーが同じ家事を手伝っても、もらえる小遣いはたいてい女子のほうが少ない。学校の教師は答えが同じでも、女子には男子より低い点を付けがちだ(本当の話だ)。

大人になってからも格差は続く。男性がお金の話を仕入れるのは、もっぱらブルームバーグやFOXビジネスといった専門メディアで、その視聴者は圧倒的に男性が多い。

一方、女性向け雑誌はお金の話になると急に読者を見下したような調子になり、投資は「難しい」から「安全第一」だと説く。そして「お金の使い方タイプ」の判定テストを用意し、賢いマネープランとは多様なポートフォリオを築くことより「カフェラテを我慢」して節約することだと説明する。

かつての人気ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』には、主人公のキャリー・ブラッドショーが靴にお金をかけ過ぎて家賃を払えなくなる場面があり、彼女は靴代の計算に悪戦苦闘していた。キャリーは若い女性のロールモデルだったが、お金のことには疎かった。



女性が投資を始めようとすると、圧倒的に男性優位の投資業界の人たちから、こう警告される。女性は男性よりもリスクを取らず、男性ほど投資に向いていないから、まずは勉強してと(複数の調査で、女性のほうが男性より有能な投資家だという結果が出ているのに)。

語られない女性の現実

実際、ウォール街はもっぱら男性のほうを向いている。ファイナンシャル・アドバイザーの84%、投信マネジャーの90%が男性というだけではない。あの街のシンボルからして「怒りで鼻を鳴らす雄牛」の銅像だ。

女性はお金の扱いが得意ではなく、投資よりも貯蓄に向いている。お金を稼ぐのは男の仕事だ。女性は日々の生活の中で絶え間なく、こうしたメッセージを受け取っている。多くの女性がそんなメッセージを信じ、お金に疎いほうが女らしくて男に好かれると思い込んでいる。

そうして女性は投資の判断を男性に任せてしまう。スイスの銀行最大手UBSの調査によれば、家庭の投資判断を主導するのは男性が83%。女性は2%にすぎない。

こうしたメッセージは、結果的に女性自身の責任論に帰着させる。女性の経済的な地位が相対的に低いのも貧困率が高いのも自業自得で、社会的な要因のせいではない。そう思わされる。

もっとお金に強くなれ。もっと上手に投資計画を立てろ。巧みに立ち回って昇給を勝ち取れ。毎日1杯のカフェラテ習慣をきっぱりと断ち切れ。そして「自己肯定感」の弱さを克服せよ。そんなふうに説教される。

こうした自己啓発の勧めを装う偽りの自己責任論のせいで、金銭面で女性を抑圧する社会的制度は堂々と免罪符を得ている。

この文脈では、女性の置かれた現実はほとんど語られない。アメリカが先進国では唯一、有給の育児休暇を制度化していない国であることも、昨年のある調査で女性の81%が少なくとも一度はセクハラを受けたことがあると回答していたことも、学生ローンの返済に困っている女性が男性より圧倒的に多い事実も語られない。

退職時の女性の資産は男性の3分の2(都市問題研究所の推計では、有色人種の女性の場合はもっと少ない)という事実も、この文脈では女性の自己責任(個人的な能力不足と努力の不足)とされてしまう。



賃金格差是正を求める50年代のデモ HULTON-DEUTSCHCOLLECTION-CORBIS/GETTY IMAGES

偽りの自己責任論とネガティブな論調は、お金の話が今も女性にとっては社会的なタブーであり、恥ずべきこととされていることを表している。

例えば女性が男の配偶者よりも多く稼いでいると、その人は男をダメにしていると非難される。だからこうしたカップルの場合、男も女も自分の収入について嘘をつきやすい(男性は多めに言い、女性は少なめに言う)。そして結局は離婚に至る可能性が高い。

そんな事情だから、昨年のメリルリンチの調査によれば、女性はお金の話をしたがらず、それくらいなら「終活」の話をしようと考えてしまう。

お金の話も強気の交渉も女には「ふさわしくない」と考えさせられてきたから、まともな賃上げ交渉などできるわけがない。女性政策研究所のデータによれば、実際のところ、ほとんどの女性は賃上げの要求をしていない。だから男女の賃金格差は縮まらない。このままだと同一賃金の実現は40年後の2059年(ただし黒人女性では100年後の2119年、ヒスパニック女性では2224年)とされる。

こうした稼ぎの違いは多方面に深刻な影響を及ぼす。セクハラを含め、たいていの性犯罪者は自分よりも稼ぎの少ない女性を餌食にしている。

自分の稼ぎではどうせ子育ての費用を賄えないからと仕事を辞める女性。資金が調達できずに起業を諦める女性(女性の起業家が調達している資金は全体のわずか2%)。夫に先立たれると経済的に自立できない女性。こういう人たちの逸失利益も計り知れない。

娘たちともっとお金の話を

女性政治家への献金額が相対的に少ないことも、女性の政界進出を阻む要因の1つになっている。ただし「民意を反映する政治センター」によれば、この2年で女性からの献金が劇的に増えている。そうであれば流れは変わるかもしれない。

はっきり言って、状況を打開する特効薬はない。しかし私たちにできることはある。

例えば家庭で、息子にも娘にも同じように、お金の話をすること。母親が家計を管理し、投資の決定をする様子を娘に見せるのもいいだろう。

私は娘にも息子にも、よくお金の話をした。それもかなり具体的に。昇給や減俸が家族に及ぼす影響も話した。自分が転職や昇進、起業で「汗をかく」姿も見せてきた。



家庭以外では、学校などで個人の資産管理について教えるのもいい。ジェンダーや肌の色の違いによる報酬格差の実態について、もっと透明性を高めるよう求める必要もある。

自分の価値観に合った企業の製品を買い、その企業に投資するのもいい。経営陣の価値観が現代社会にふさわしく、娘(や息子)を働かせたいと思う会社を選ぼう。そして有給の育児休暇を制度化させよう。

お金が全てではないが、お金は無視できない。お金は権力の源だ。なのに私たちは(親としてもメディアとしても)無意識のうちに、女児にはお金にまつわる無力感を植え付け、男児にはお金を稼げと圧力をかけ、ストレスを与えてきた。

本当に自分の娘たちを啓発しようと思うなら、力づけたいと思うなら、お金の話を避けて通れない。お金の話に目を塞いではいけない。そういう自覚を持って、いざ行動を起こそう。

<本誌2019年9月10日号掲載>

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サリー・クロウチェック(女性向け資産運用会社エルベストCEO)

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