Infoseek 楽天

「自分は役立たず」デモに参加できない罪悪感に苦しむ香港人留学生

ニューズウィーク日本版 2019年9月4日 19時10分

<アメリカにいる香港出身の留学生は、自らを「キーボード活動家」と自嘲する。遠く安全な場所からネットを通じて参加するだけ、という意味だ。だが傍観者であることのいらだちの一方には、香港とアメリカを天秤にかける自分もいる>

仲間の学生たちが命がけで反政府デモに参加しているときに、自分は傍観者として眺めることしかできない──アメリカのミネソタ州で大学に通う香港からの留学生たちは、そんな罪悪感と無力感にさいなまれている。

香港育ちのスタンリー・チョウ、ソフロニア・チュン、ヒュー・チャンの友人3人は、アメリカで勉強するためミネソタ大学に入学した。デモが始まった6月の初めには3人ともアメリカにいて、その規模の大きさが伝わるまで、事態の深刻さには気付かなかったとチュンは言う。

「香港で育った私たちは、かなり政治には無関心だと思う」と、チャンは言う。「自由と民主主義の恩恵を受けてきたし、それが当然のことだと思っていた」

<参考記事>「生きるか死ぬか」香港デモ参加者、背水の陣
<参考記事>香港人は「香港民族」、それでも共産党がこの都市国家を殺せない理由

中国大陸への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への抗議として始まったデモは、自由と民主主義を求め、警察の暴力への調査を訴える大きな民主化運動に発展した。過去数カ月の間に、デモ参加者と警察との対立は、時には暴力沙汰に発展し、1989年に中国で起きた天安門事件を連想させるものにもなった。

デモ参加者の一部は逮捕され、その他の参加者も今後、報復される危険に直面しているが、運動の勢いが衰える兆しはない。故郷から遠く離れた場所にいるチョウ、チュン、チャンにとって、傍観し続けるしかないのは辛い。


香港のデモ隊と警察はまた激しく衝突した(9月3日、旺角で)


一時帰国してデモに参加

「(香港にいれば)もっと多くのことができたのに、と感じる」と、チョウは言う。「ここアメリカにいて、見ているだけではなく、戦いの最前線に身を投じて、旗を掲げたり、催涙ガスを浴びたりすることができたかもしれないのに」

チョウは8月初旬に急遽、デモに参加するために香港に戻った。チャンはもともとビザ更新の必要があったので、夏に香港に帰った。

チャンは7月の間に、何度かデモに参加した。両親は心配し、チャン自身も危険を感じていたが、自分がしなければならないことだと感じた。チョウは自分がやったことは十分ではないし、今でも友人たちをはじめデモ参加者の力になれるように、もっと活動するべきだったと感じている。

「運動にそれほど大きな貢献はできなくても、自分には留まる義務があると感じた」と、チョウは言う。「香港というコミュニティの一員として、自分の責任を果たすために必要なことだった」

それは簡単なことではない。すでに帰りの航空券を購入済みで、次の学期も始まるため、チョウとチャンはアメリカに戻った。

今、自分たちは「キーボード活動家」だとチュンは言う。故郷で起こっていることについてソーシャルメディアに投稿することしかできず、無力感にさいなまれている。



「多くの友人が人生の多くの時間とエネルギーを犠牲にして故郷のために戦っている」と、チュンは言う。「私はただここにいる。まったく役に立っていない」

チョウとチャンは、ミネソタ州から戦いを続けることに決めた。ビデオを作り、デモを支援するイベントを開催する予定だ。たとえ直接の影響は与えられないとしても、何らかの役には立てるはずだと、チョウは言う。

香港出身者が少ないミネソタで集会をしても盛り上がらなそうだが、国際的な圧力が必要だと思う。外からの支援がなければ、香港のデモに勝ち目はない、とチャンは言う。

「香港は小さな土地だ。悲しいことだが、自分たちだけで救うことはできない」と、チュンは説明する。「国際的な力に大きく依存しているのが現状だ。今のところ(世界から香港デモ隊への)反応はあまりなく、本当に残念だ」

卒業後は故郷に帰れるか

中国当局は香港のデモを非難し、デモ参加者の行動を「法の支配を踏みにじる、テロリストのような行為」と呼んでいる。緊張が高まるなかで、米議会は中国の出方に注目している。一部議員は天安門事件のように軍に民間人を攻撃させて抗議行動を弾圧するようなことがあれば、報復措置をとる可能性があると中国政府に警告した。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相やカナダのジャスティン・トルドー首相をはじめ世界のリーダーたちも香港のデモについてコメントし、平和的な解決を求めた。

だが、それだけだ。

香港は依然として不安定な状態にあり、今後の展開はまったく予測できない。チョウとチュンはアメリカの大学を卒業後、香港に帰るつもりだったが、今回の反政府運動が失敗した場合は、アメリカで仕事を探すことになるかもしれない。

先を見通すのは容易ではない。そのときは香港は、チュンの知る、そして愛する香港ではなくなっているかもしれないのだ。

(翻訳:栗原紀子)


※9月10日号(9月3日発売)は、「プーチン2020」特集。領土問題で日本をあしらうプーチン。来年に迫った米大統領選にも「アジトプロップ」作戦を仕掛けようとしている。「プーチン永久政権」の次なる標的と世界戦略は? プーチンvs.アメリカの最前線を追う。




激しく衝突する香港のデモ隊と警察(9月3日、旺角で)



ジェニー・フィンク

この記事の関連ニュース