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香港デモ、進化系ゲリラ戦術の内側

ニューズウィーク日本版 2019年9月5日 18時25分

<香港警察が力で抑え込みにかかっても、情報戦に長け、デモ隊を守る新戦術を次々と編み出す変幻自在さに、香港と中国の両政府はついていけない>

逃亡犯条例改正案への抗議として始まったデモは、香港の将来を左右する壮大な闘いとなった。

光輝く超高層ビルが林立し、グローバル企業の拠点や超高級ホテルが集まる香港。その間の細い通りを何百万もの人々が埋め尽くし、中国本土の締め付けに抗議している。



1997年にイギリスから中国に返還される際に保障された香港の特殊な地位は、これまでずっと政治的な火種だった。表に出ない形で不満がくすぶる時期もあれば、中国寄りの当局に抗議し、民主化を求めて炎が噴き出す時期もあった。

「一国二制度」の下、香港市民には、中国本土の住民が享受できない個人の自由や政治的自由が認められている。ただし、返還時の合意では、こうした権利は50年間の期限付きで、2047年までしか保障されない。

欧米諸国は返還当時、中国がグローバル市場に参入し、より豊かになれば、共産党政権も締め付けを緩め、ひょっとすると民主化も実現するかもしれないと考えていた。だが甘い期待は裏切られた。習近平(シー・チンピン)国家主席の指導下で、国際社会に君臨する超大国の座を目指す中国は、一党独裁の監視国家として内政固めに注力している。

<参考記事>「自分は役立たず」デモに参加できない罪悪感に苦しむ香港人留学生

過去に例をみないスマートさ

香港の抗議デモの参加者たちは、一見すると負け戦に挑んでいるようだ。中国の急速な経済成長に伴い、上海や北京などの巨大都市がより魅力的な金融センターとして浮上、中国経済にとっての香港の重要性は低下している。抗議デモには国外から温かな声援が寄せられているとはいえ、習政権が「内政問題」とする事柄に口を出して、対中関係を悪化させることには、どの国も及び腰だ。

それでも、抗議デモはその規模と持続性、戦術の独創性で、香港と中国当局の意表を突いた。これほど統率がとれ、物資補給が行き届き、長期にわたって続く抗議デモは過去にほとんど例がない。

<参考記事>「生きるか死ぬか」香港デモ参加者、背水の陣

これといった指導者がいない自発的なデモだけに、なおさらこうした特徴には驚かされる。運動のメッセージは、香港で人気のある掲示板サイトLIHKG討論區(エリア)や、暗号化されたメッセージアプリのテレグラムを通じて拡散し、幅広い支持をつかんだ。

テレグラムでは、何万人もが参加する抗議運動グループがいくつも生まれた。ユーザーはチャットを通じて、警官隊の配置や脱出ルート、デモのターゲットなど、随時情報を更新し、シェアできる。ターゲットごとに異なるグループができるため、同時多発的に複数のターゲットにデモをかけることも可能だ。



テレグラムでは、投票ボット機能を活用すれば、デモを続けるか、解散するか、参加者の意見をすぐさま集約できる。例えば8月にはユーザーの79%が香港国際空港をターゲットにすることに賛成したため、ロビーなどが占拠され、一時は数百便が欠航する騒ぎになった。

デモ参加者たちは、警官隊との衝突など路上の騒乱で声が聞こえないときに、簡単で分かりやすい手のサインで、仲間同士のコミュニケーションをとる方法も編み出したと、香港に拠点を置くライターで弁護士のアンソニー・ダピランは言う。

ヘルメットや水、生理食塩水、ハサミ、傘など必要な物を、サインで仲間に伝えるのだ。デモ隊が必要な物を何でも確保しているように見え、補給チームがまるで神業のように必要とされる場所に現れるのはこのためだ。

During the protests, demonstrators use a complex system of hand signals and coordination to organize the masses. pic.twitter.com/uOJ5dvAP2w— Haley Willis (@heytherehaIey) August 10, 2019

言い換えれば、香港のデモ隊は、カンフー映画で鳴らした故ブルース・リーの目指した境地、「水のように形がなく、変幻自在」に達している、ということだ。1カ所を占拠するという使い古された戦術を避け、整然としたデモもすれば、状況に応じて奇襲的な行動や暴力的な攻撃も行う。こうした捉えどころのなさから、一部のウォッチャーは今回の香港デモを「水の革命」と呼んでいる。

2014年の「雨傘革命」は市民生活に支障をきたしたため、幅広い支持を長くつなぎ止めることはできなかった。繁華街に買い物にも行けないことに人々はうんざりしたのだ。今回は違う。あちこち移動する一時的な妨害なら、はるかに受け入れやすい。デモ隊はターゲットを次々に変えて、混乱を分散させている。

「(香港)当局の厳しい取り締まりと中国政府の威嚇にもかかわらず」、運動が持続していることは注目に値すると、ペンシルベニア大学ロースクールの教授で、中国法と中国政治の専門家であるジャック・デリールは言う。

雨傘運動の教訓を生かす

「水」の戦術は占拠戦術より有効なようだと、デリールは指摘する。「一般の人にあまり迷惑をかけずにすみ、参加者の負担も少なく、(警察が)簡単に止められないからだ」

香港のジャーナリストで、デモを現場で取材してきたレイチェル・ヨーは、「命令を出す人間がいない」ため、全体としてはデモの威力が増しているのに、個々の参加者が逮捕されるリスクは少ないと本誌に説明した。

雨傘革命の指導者たちに対して行われた弾圧も教訓になった。当時のデモ参加者は顔をさらすことの危険にあまり注意を払わなかった。指導者たちが投獄された苦い経験に加え、中国政府が監視能力を高めたこともあって、今のデモ参加者はマスク、サングラス、帽子などで「できるだけ」身元が割れないよう気を付けていると、ヨーは言う。



分散型の運動になり、頭の息の根を止めるやり方が通用しなくなったため、警察は苦肉の策として、雨傘革命の指導者たちを再び逮捕することで、デモの勢いを削ごうとした。

雨傘革命の指導者の1人で、民主化運動の活動家、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)も逮捕され、保釈金を払って釈放された。「逃亡犯条例改正案への抗議デモの指導者として」、警察が自分たち民主化運動の活動家に罪を着せるのは「ばかげている」と、黄は釈放時に語った。

実際、香港当局はこれまでと勝手が違う運動に狼狽しているようにも見える。「抗議デモの粘り強さ、融通無碍な適応力は、想定外だったようだ」と、デリールは言う。

「新たな戦術に手を焼き、時にはパニックに駆られて暴力に走るありさまだ。香港警察は優秀なことで知られていたのに、これでは名折れもいいところだ」

デモが長引くにつれて、警官たちはますます暴力的になっていった。唐辛子スプレー、警棒攻撃、催涙ガス、放水銃、ゴム弾などの威力がデモ隊相手に次々と試された。

デモ隊は、あっという間にそれらに対する対抗策を編み出した。たとえば警察が群衆を散らすためによく使う催涙ガス。

暴力も使い分け

デモ隊は「火消し」と呼ばれる少人数のグループを作り、前線のすぐ後ろで待機させる。催涙弾が飛んできて地面に落ちると、「火消し」の1人は前に飛び出し、用意していた交通規制用のコーンを上からかぶせて煙を閉じ込める。次に2人目がコーンのてっぺんの穴から水を注ぎ入れ、催涙弾を水浸しにする、という具合だ。

Truly awesome the way Hong Kongers deal with tear gas.#antiELAB #HongKongProtests#BeWater pic.twitter.com/ptWL4nKHn4— Alex Hofford (@alexhofford) July 28, 2019

こうした活動から生まれたのがいわゆる「前線部隊」だ。警察の攻撃をしのぎ、デモ隊を守るため、急ごしらえの「武器」で武装した若者たちだ。火炎瓶を投げるにしろ、バリケードを築くにせよ、顔認識カメラを破壊するにせよ、いつも彼らが先鋒を務める。

「彼らは暴力に訴えているにもかかわらず、デモ支持者の称賛を受けやすい」と、ヨーは言う。「同時に、警察や政府支持者からは不法行為で批判される」 

彼らこそ、香港や中国当局がテロリスト呼ばわりをする反乱分子だ。

「これまでのなりゆきを考えると、暴力が増しているのは驚くにあたらない」と、テリールは言う。「デモ隊の焦りと体制の頑なさが、対立をエスカレートさせている。だが特筆すべきは、それでもデモが全体として平和的に収まっていることだ」


※9月10日号(9月3日発売)は、「プーチン2020」特集。領土問題で日本をあしらうプーチン。来年に迫った米大統領選にも「アジトプロップ」作戦を仕掛けようとしている。「プーチン永久政権」の次なる標的と世界戦略は? プーチンvs.アメリカの最前線を追う。




手信号で補給の連絡をするデモ隊
During the protests, demonstrators use a complex system of hand signals and coordination to organize the masses. pic.twitter.com/uOJ5dvAP2w— Haley Willis (@heytherehaIey) August 10, 2019

催涙弾を無力化する「火消し隊」
Truly awesome the way Hong Kongers deal with tear gas.#antiELAB #HongKongProtests#BeWater pic.twitter.com/ptWL4nKHn4— Alex Hofford (@alexhofford) July 28, 2019


デービッド・ブレナン

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