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インド製ジェネリック薬品の恐るべき実態

ニューズウィーク日本版 2019年9月5日 18時30分

<消費者にはありがたいはずの安価なジェネリックだが外国企業の不正とFDAの方針で安全性は疑問だらけ>

今年5月、キャサリン・イバンの新著『ボトル・オブ・ライズ──ジェネリック医薬品ブームの内幕』がニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリスト入りを果たした。アメリカで処方される薬の約90%を占め、大半が外国で製造されているジェネリック医薬品に光を当てた作品だ。

ジェネリック医薬品(後発医薬品)とは、新薬(先発医薬品)の特許が切れた後に発売される薬。有効成分は新薬と同じだが、価格はずっと安い。

しかし、この業界では不正行為が横行しており、督する米食品医薬品局(FDA)にも問題があると著者は指摘する。過去1年だけでも多くの高血圧治療薬が自主回収された。

アメリカで使われるジェネリック医薬品の40%を生産するインドでは、製品への不純物や異物の混入、無菌検査の偽装といった問題が起きている。FDAは2014年、インドで試験的な査察システムを実施して成果を上げたが、翌年になぜか中止。アメリカの消費者は悪徳企業のいいカモであり続けている。この闇に迫ったイバンの著書を、抜粋で紹介する。

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13年6月、FDAはインドと外交問題に発展しそうな事案を解決するため、公衆衛生の専門家でインド系アメリカ人のアルタフ・ラルを起用した。1カ月前にはインドのジェネリック製薬大手ランバクシーが、アメリカで販売する医薬品の検査データ偽造など7件について有罪と裁定された。そのため、FDAとインドの規制当局は最悪の関係に陥っていた。

しかしランバクシーは、アメリカの法令を遵守しない例外的な存在と考えられていた。FDAインド事務所の責任者に指名されたラルは、3つの目標を掲げた。インドの規制当局と信頼関係を築く、アメリカ向け医薬品の製造工場で「迅速かつ徹底的な査察」を行う、インドの「医薬品業界と規制当局にあらゆる製品の品質、安全、効能を守ることの大切さを理解」させる、だ。

アメリカの消費者にとって、インドの医薬品の安全性は緊急問題だった。アメリカ人が消費するジェネリック医薬品の40%はインド製。もちろん製薬工場では無菌状態が保たれていることになっていた。両国は協力して医薬品の安全性を守らなければならない。インドにとってアメリカは最大の顧客であり、アメリカにとってインドは主要な供給国だったのだから。

しかしインドに赴任したラルが見たのは、健康に関わる深刻な危険だった。FDAは企業に査察日程を事前通告していたため、データをいくらでも改ざんできたのだ。「ここは現実離れした世界だ」。
インドのある製薬会社の幹部はラルに、インドでのFDAの活動をこう表現した。ラルはすぐさま大胆な査察プログラムを立ち上げた。これによって、アメリカ側がだまされていた事実が明らかになった。



現在、アメリカでの処方薬の90%は安価なジェネリックだ。大半は外国で製造されている。そして全医薬品の有効成分の80%が、中国とインドで生産されている。医薬品の国産から外国産への移行は、この20年くらいの現象だ。FDAの査察数を見ると、2005年には国外が国内を上回るようになった。一見したところ、外国の製薬会社とアメリカの消費者はウィンウィンの関係になる。外国企業は世界最大のアメリカ市場に参入でき、アメリカの消費者は効能が同じで安価な医薬品を手に入れられる。

アメリカでの処方薬の9割はジェネリックでその大半は外国産 LARRY WASHBURN/GETTY IMAGES

ところが外国製の薬の品質に問題が浮上し、消費者の不安をかき立てている。毒性のある不純物や危険な微粒子が混入し、未承認の成分が使われていることが発覚した。アメリカに届いているのは、先発医薬品とは中身が異なるジェネリック。この1年だけでも、一部の高血圧治療薬に発癌性の疑われる成分が含まれていたため、リコールを命じられている。

FDA向け「査察ツーリズム」

FDAは「グローバルな警戒」を怠らず、「ジェネリック医薬品の製造元には世界同一の基準と査察を求めている」と主張する。アメリカ市場への参入を望むなら定期的な査察を受け入れ、FDAの厳しい基準に従わなければならないということだ。

しかしラルは、これらを無視するインド企業を発見した。FDAは国内では抜き打ちで査察を行う。だが外国では、ビザの取得やアクセスの問題で数週間前、あるいは数カ月前に査察の実施を通告するのが普通だという。偽装するには十分な時間だ。

「工場は従業員に社内用のメモや覚書を回し、FDAの査察に備えてデータをごまかすよう指示している」と、ラルはFDA本部(米メリーランド州)に報告した。査察が事前通告されていれば、さまざまな準備が可能だ。査察チームが泊まるホテルの従業員も、彼らの日程を企業側に伝えていた。

そして企業は買い物やゴルフ、タージ・マハル観光などで査察官を接待漬けにした。そんな「査察ツーリズム」で、査察官は「囲い込まれ、企業側の言いなり」になっていたわけだ。こうした腐敗を一掃するため、ラルは一計を案じてFDA本部に掛け合った。査察日程の事前通知や企業側に旅程を組ませる慣行を廃止し、インドでの査察は全て直前の通知(あるいは通知なし)で行うという提案だ。

2013年12月、ついにFDAがゴーサインを出した。ラルはさっそく抜き打ち査察の準備にかかった。まず消費者安全監督官のアトゥル・アグラワルに、アメリカから来る査察チームとの連絡業務の一切を委ね、いつ誰が来るのかが企業側に漏れないようにした。査察チームの旅程もアメリカ大使館を通じて手配し、FDAの現地事務所には知らせなかった。現地の職員は企業側と通じていたからだ。



この試験的な抜き打ち査察が実現すれば、FDAはついにインドの製薬工場の真実の姿を知ることになる。FDAが外国で、事前に予告することなく外国企業に立ち入り検査を行うのは初めてだった。

最初の抜き打ち査察は、2014年1月のある月曜日に実施することになった。場所は、インド北部にあるランバクシーの工場。そこではかつて、高脂血症治療用のジェネリック薬にガラス片が混入するという事故があった。

この工場の実態を査察チームに見せてやりたい。アグラワルはそう思っていた。相手に気付かれている恐れがあったので日程を早め、飛行機の手配もひそかに変更した。

そして日曜日の早朝、FDAの査察官2人が不意に工場を訪れ、品質管理ラボに急行した。ドアを開け、目にした光景に彼らは唖然とした。なんと大勢の職員が机に向かい、必死で書類を改ざんしていた。もちろん、翌月曜日に査察チームが来るのを予期してのことだ。偽造が必要な文書をリストアップしたノートも見つかった。

やがて会社の幹部が駆け付け、踏み込んだ男たちがFDAの人間だと聞くと、職員たちは慌てて書類をデスクの引き出しに詰め込んだ。この抜き打ち査察で初めて見えたものはたくさんある。サンプル準備室は窓が閉まらず、外にあるゴミの山からハエの大群が室内に入り込んでいた。後にFDAはこの工場に警告書を送達し、製品の対米輸出を禁じた。

薬価高騰を恐れて打ち切り

理論上、査察の事前通知の有無は結果に影響しない。査察があろうとなかろうと、製薬会社は常に製造工程を正しく管理している。それが大前提となっているからだ。しかし、インドでは違った。FDAの抜き打ち査察で、それまで隠されていた不正の山が暴かれた。査察官たちは何年も前からあった偽装システムを発見した。安全な薬を製造するためではなく、完全な「結果」を見せるためにつくり出されたシステムだ。

事前に日程が分かっていれば、工場側は低賃金の労働者を動員して何でも改ざんしてしまう。「週末の2日もあれば新しい建物だって建ててしまう」。査察官の1人はそう言った。ある工場の無菌室には鳥が侵入していた。別の施設では、室内が無菌状態であることを確認する検査結果の書類はあったが、検査に使ったはずのサンプルがなかった。検査は行われていなかったのだ。全てがごまかしによって成立していた。

アグラワルの指揮下で抜き打ち査察は各地で行われ、次々に不正行為が発見された。その結果、FDAが出す警告書の数は急増した。取引停止を含む厳重処分も6割ほど増えた。



こうしてインドの製薬工場に蔓延する不正行為と深刻な状況が暴露され、それによってFDAは問題のある企業の製造した薬の輸入を規制することができた。この結果を見れば、アメリカ向けの医薬品を製造している全ての国で抜き打ち査察を行うべきだと考えるのが当然だろう。

しかし、FDAの判断は違っていた。新薬の価格高騰に対する国民や議員たちの反発は強く、FDAには低価格のジェネリック医薬品をもっと承認しろという圧力がかかっていた。

そして2015年7月、FDAは突然、インドでの抜き打ち査察を打ち切った。その翌年9月にニューデリーで開いた会合では、インドの規制当局や業界ロビイスト、製薬会社幹部らに対し、全ての定期査察について事前通知を行う元のシステムに戻すと正式に伝えた。

それから数年後、あるジャーナリストがFDAの広報官に「なぜ抜き打ち査察をやめたのか」と尋ねた。FDAはこの質問に書面で「試験的プログラムを評価した結果、打ち切りが決定された」とのみ回答してきた。その頃には、もうラルはFDAを辞めていた。しかしインド事務所の責任者として目にした事実の数々は、今も彼の胸に突き刺さっている。

「私はアメリカにいて、あんな薬を飲まされる消費者の顔を見ている。彼らはただの数字じゃないんだ」

<本誌2019年8月27日号掲載>


キャサリン・イバン(ジャーナリスト)

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