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トランプが米トウモロコシ農家に見舞った損害のダブルパンチ

ニューズウィーク日本版 2019年9月9日 19時30分

<前回の大統領選では農村部の支援を受けたトランプだが、石油業界に有利な政策を打ち出して、苦境に立つ農家に追い打ちをかけた。農民票はいよいよ危ない?>

ドナルド・トランプ大統領は、貿易政策を通じてアメリカの農業地帯を危険にさらし、トウモロコシなどの国内農産物の需要を減退させている――アイオワ州の大手エタノール工場の幹部は、そう語る。

アメリカの農業部門は、中国や他の地域とのトランプの貿易戦争の矢面に立たされており、トランプがこれまであてにしてきた農村部の強固な支持基盤は弱体化している。

ノースダコタ州農場組合のボブ・カイレン副会長は先日、ニュース専門局MSNBCに登場。TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱やその他の貿易問題のせいで、自身の小麦農場が40万ドルの損失を被ったとトランプを非難した。

トランプは農家に対する大規模支援を実施したが、大豆とトウモロコシを作っているオハイオ州の生産農家クリストファー・ギブスは、不満を抱く農家を黙らせるための「口止め料」に過ぎないと言う。

なかでも動揺が大きいのはトウモロコシ農家だ。貿易戦争のために対中輸出がダメになったのに加え、トランプ政権が最近、国内31の製油所に対してバイオ燃料をガソリンに混合する義務の適用除外措置を発表したからだ。

<参考記事>米国産の余剰トウモロコシ購入へ トランプ=安倍、通商交渉で原則合意し9月下旬に署名

利益を相殺する損失

温室効果ガス排出量を削減するための再生可能燃料基準(RFS)政策として、アメリカではガソリンにトウモロコシなどを原料にしたエタノールを一定割合で混合することが義務づけられている。

ただでさえ経営的に厳しい中小の製油所に対しては混合義務の適用がもともと免除されていた。だが環境保護庁(EPA)の今回の改訂で、エクソンモービルやシェブロンといった石油大手も免除が認められることが明らかになったのだ。

アメリカで生産されたトウモロコシは約40%がエタノールに変わる。5年連続のトウモロコシ価格の低迷と、悪天候で収穫量の不振にも悩むトウモロコシ農家にとってEPAによる義務免除は新たな一撃になる。

<参考記事>「トランプが大豆産業を壊滅させた」──悲鳴を上げるアメリカの大豆農家

トランプ大統領は2カ月前、アメリカで最もエタノールの生産量が多いアイオワ州を訪れ、E15ガソリン(エタノール混合率を15%に高めたガソリン)を政府が承認したことについて話し、それによって中西部におけるトウモロコシの需要が増加すると述べた。

だがこのところ、トランプに対する意見には変化がみられる。今回の政策は、E15によって得られる利益を相殺する以上の打撃となるからだ。

アイオワ州アトランティックにあるエリート・オクタン社のニック・ボウディッシュCEOは、16年の大統領選でトランプを支持した。中国と戦うという勇ましいトランプの言葉に勇気づけられたからだ。



「トランプが農業政策に関与して以来、アメリカの心臓ともいえる農村部の住人にとっては失望に次ぐ失望だった」と、ボウディッシュは言う。

「製油所に対する混合義務を免除すれば、国内の農産物市場の価格破壊が始まる。大統領の重大な失敗だ」

「トランプは、中国との貿易戦争で痛手を被っていたアメリカの農民の背中に、さらに多くの重荷を背負わせた。とても受け入れられない」

トランプは、2016年の大統領選挙でアイオワ州の99の郡のうち93で勝った。これは共和党候補者としては1980年以来の快挙だ。さらにアイオワ州は、2020年の大統領選挙で最初に投票を行う州でもある。

ボウディッシュは、「中西部の多くの人々は保守的な共和党の候補者に投票する傾向があるが、今回はトランプの支持が固まっているとはいえない」と述べた。

「多くの無党派層と多くの穏健な共和党員は、選択肢を比較しており、他の候補者の農村部に対するビジョンにも耳を傾けている」と、彼は付け加える。

アメリカで最も生産効率の高いエタノール工場でも収支はトントンだという。平均的な製造業者でも1ガロンにつき15セントの損失を出している。効率の悪い工場は廃業に追い込まれる。

需要回復の見込みなし

トランプが売り込んだE15は楽観的に受け入れられた。ただし、トウモロコシの需要は1億ブッシェル増加するが、製油所に義務適用免除を認めたことで相殺される。エタノールはトウモロコシ10億ブッシェル以上に相当することを考えると、全体としてエタノール使用の増加はほとんど見込めない。

「1歩進んで、10歩下がるという感じだ」と、ボウディッシュは言う。

トランプが就任して以来、EPAは再生可能燃料40億ガロン分に対する85の義務免除を承認しており、14億ブッシェル分のトウモロコシ需要が消失した。

アイオワ州の農家は、同州選出の共和党チャック・グラスリー上院議員の支援を受けている。グラスリーが地元紙に語ったところでは、トランプ政権は義務免除が「間違った政策である」ことに気付いており、あれは「EPAによる米国農業へのひどい仕打ち」だと言っている。

「ここでの影響はきわめて現実的だ。トウモロコシ需要は減っている。アイオワ州は米国のトウモロコシのほぼ40%を加工している。だが10カ所以上の工場が閉鎖されている。トランプ政権が国内のエタノールと農産物の需要を損なうなら、この傾向は今後も続くだろう」と、ボウディッシュは言う。

「トランプと面と向かって話すことができたら、私はこの計算と数字を突き付ける。そしてこう言うつもりだ。『あなたの政策決定の結果としての現実がここにある。農業の中心地で農家の支援を受けたいなら、農産物への需要が本当に盛り上がる政策を提示する必要がある』とね」

(翻訳:栗原紀子)


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ブレンダン・コール

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