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対イラン代理戦争も辞さないネタニヤフの危険な火遊び

ニューズウィーク日本版 2019年9月11日 18時45分

<総選挙を前に最大の脅威であるイランへの攻勢を強化。しかし裏目に出れば再選を逃すだけでは済みそうにない>

9月17日に総選挙を控えるイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、イランへの攻勢を強めている。

9月1日にはレバノンとの国境地帯で、イスラエル軍とヒズボラ(イランの支援を受けるシーア派武装組織)が交戦。両者が戦火を交えたのは2006年7月以来だ。アナリストたちは、戦闘が全面戦争に発展する危険性を警告している。

事の発端は8月24日にイスラエルがシリア国内を空爆し、ヒズボラの司令官2人が死亡したことだ。ヒズボラはこれに対し、報復を宣言していた。

9月1日、ヒズボラはイスラエル北部に対戦車ミサイルを発射。これに対し、イスラエルはレバノン南部にあるヒズボラの拠点を砲撃した。

ネタニヤフは一連の攻撃について、代理勢力を介したイランのあらゆる挑発に応戦する姿勢を示すためだとしている。イスラエルはヒズボラがイランから技術提供を受けて、精密誘導ミサイルを生産しようとしていることに懸念を募らせている。

だが、別の見方もある。観測筋は、ネタニヤフが自らの汚職疑惑から国民の注意をそらすために、一連の攻撃に踏み切った可能性もあるとみている。

アメリカの当局者たちは、これを危険なゲームだと指摘する。紛争の拡大はネタニヤフ再選の可能性を狭めかねないばかりか、中東に駐留する米軍を危険にさらす可能性がある。折しもドナルド・トランプ米大統領は、イランのハサン・ロウハニ大統領との関係改善を模索中だ。

「一連の攻撃にリスクがないと考えるのはばかげている」と、民主・共和の両政権で中東問題顧問を務めたデニス・ロスは言う。「砲弾が誤った標的に当たれば、事態は制御不能になる」

イスラエルは最近まで、イランの代理勢力に対する攻撃を水面下で展開。過去6年間でシリアに約1000回の空爆を行ったとされることについて、否定も肯定もしてこなかった(シリアではイランの革命防衛隊が、イスラエル攻撃に向けた新たな前線を築こうとしている)。

一方のヒズボラも、イスラエルによるシリア国内への攻撃に見て見ぬふりをしてきた。

ヒズボラはイスラエルによる2006年のレバノン侵攻で、国内のインフラが大きく損壊されたことを忘れていない。レバノン議会に議席も持つヒズボラとしては、イスラエルに戦闘員を殺害されるか、レバノン国内の標的を攻撃してきた場合にのみ応戦するのが賢明だと考えてきた。



新たな戦争を回避したいネタニヤフも、ヒズボラとの直接対立は避けてきた。しかし総選挙を数週間後に控えた8月24日、ネタニヤフはヒズボラとの暗黙の了解を破った。

全面対決と紙一重の戦略

この日、イスラエルはシリアの首都ダマスカスの南東に位置するアクラバの建物を空爆。イランの革命防衛隊などがここから無人機を使って攻撃を仕掛けようとしていたからだと主張した。翌25日には、レバノンの首都ベイルートにあるヒズボラの施設に無人機が飛来して爆発する事態が発生した。

イスラエル政府はベイルートの攻撃についてはコメントしていないが、同国のハーレツ紙は「複数の無人機がヒズボラのミサイル計画の重要拠点を攻撃した」と報じた。ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララは、攻撃はイスラエルの仕業だと非難。「国境地帯のイスラエル兵たちは今夜から、われわれの報復に警戒せよ」と宣言した。

今回の攻撃は限定的で、双方が戦争の拡大を避けたがっているようだった。イスラエルはレバノン南部に向けて砲弾約100発を発射したが、全て空き地に着弾し、死傷者はいなかった。

だがナスララは、ベイルート攻撃への報復を誓っている。それが引き金となって紛争が拡大し、ネタニヤフの再選のもくろみが崩れ、駐イラク米軍を危険にさらすかもしれない。

米政府当局者によると、マイク・ポンペオ国務長官はネタニヤフとレバノンのサード・ハリリ首相に自制を求めた。だがネタニヤフはイスラエル軍がシリアを攻撃したと発表して事態を悪化させたと、歴代国務長官の中東顧問を務めたアーロン・デービッド・ミラーは言う。

「安全保障を売りものにするネタニヤフのイメージは確かに強化されるだろう」と、ミラーは言う。「しかし再選のためのイメージ戦略は、ヒズボラとの全面対決と紙一重だ。ヒズボラの攻撃でイスラエル人の死者が出た場合、ネタニヤフは責任を問われる。そして、ヒズボラとの戦いをエスカレートさせる」

8月25日の3度目の攻撃はイラク国内を標的にし、在イラク米軍にも影響を与えた。無人機がシリアとの国境近くのイラク国内で輸送隊を攻撃し、親イラン派民兵組織「人民動員隊」の指揮官などが死亡した。

米軍に矛先が向かう恐れ

かつてネタニヤフは、イスラエルを攻撃するために領土の使用を許可した全ての国に苦しみを与えると警告した。「誰かがなんじを殺すために立ち上がったら、先にその人物を殺せ」と、彼はユダヤ教聖典の有名な一節を引用してツイートした。



イスラエルはベイルートの攻撃を否定も肯定もしていないが、シーア派政党と民兵の連合であるファタハ連合はイスラエルを激しく非難。「事件の全面的な責任は、有志連合、特にアメリカにあり、われわれに対する宣戦布告だと捉えている」という声明を出した。

さらに状況を複雑にしているのは、トランプ政権の相反する対応だ。まずポンペオは「イラン革命防衛隊による脅威から自らを守るイスラエルの権利」を支持すると述べた。

だがその後、米国防総省はイラク民兵によるイラク駐留米軍への攻撃を懸念したようで、輸送隊への攻撃についてアメリカの関与を完全に否定する声明を発表した。

「われわれはイラクの主権を支持し、イラクで暴力を扇動する外部の行為者によるあらゆる潜在的な行動に対して繰り返し声を上げてきた」と、国防総省のジョナサン・ホフマン報道官は言う。「米軍はイラク政府の招きに応じて活動しており、現地のあらゆる法律と指示に従う」

ミラーによれば、現在の状況を非常に危険にしているのは、イスラエルの作戦がアメリカの支配する空域で行われたことだ。「国防総省があれだけ慌てた理由は明らかだ。親イラン派民兵の反撃の矛先が駐イラク米軍に向かうことを恐れている」

それでもネタニヤフは、再選のために危険を顧みずにさらなる攻撃を仕掛けるのか。

「ネタニヤフは総選挙までに安全保障に関わる事件があれば、最終的に自分が有利になると考えているようだ」と、中東ニュースサイトのコラムニスト、マザル・ムアレムは言う。「だから、イスラエルを戦争に巻き込むような行動を取りかねない」

危険なゲームに、しばらく終わりは見えそうにない。

<本誌2019年9月17日号掲載>

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ジョナサン・ブローダー(外交・安全保障担当)

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