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イスラエル政治の停滞と混迷は続く......やり直し選挙の行方

ニューズウィーク日本版 2019年9月19日 11時30分

<イスラエルで組閣の失敗のため再選挙が行われた。仕切り直しにより新たな打開への道が開かれることが期待されたが、選挙の結果は前回とほぼ同様の、二大政党が拮抗する形となった......>

イスラエルで9月17日、第22回クネセト(イスラエル議会)総選挙の投開票が行われた。これは約半年前の結果を受けた、やり直し選挙にあたる。

今年4月9日に実施された選挙の結果、僅差で与党となったリクード党のネタニヤフ党首は、組閣を命じられたものの連立交渉に失敗し、議会の解散と再選挙へと進むことになった。イスラエルで選挙後に首班指名された党首が組閣を失敗したため再選挙となるのは、これが初めてである。仕切り直しにより新たな打開への道が開かれることが期待されたが、選挙の結果は前回とほぼ
同様の、二大政党が拮抗する形となった。

「ビビ降ろし」をめぐる選挙

「ネタニヤフか否か」それが今回の選挙の最大の争点だったといえるだろう。リクード党政権を率いるベンヤミン・ネタニヤフ首相は、建国期の英雄と称されるベングリオンを抜いて既に最長任期となっている。汚職疑惑が何年も続き、中東和平に強硬姿勢を示すネタニヤフ政権の存続を、イスラエル国民は今後も望むのか。組閣者指名という重責を担うリヴリン大統領は投票日の朝、「首相を決めるのは党首や大統領ではない。今日の投票にかかっている」と投票所でのインタビューで有権者に語りかけた。

選択権を握るという意識を反映してか、今回のクネセト選挙の最終的な投票率は69.4%で、前回を2.4%上回り、今世紀に入り2番目の高さとなった。

「ビビ(ネタニヤフ首相の愛称)降ろし」の構図は、前回4月の選挙の時点ですでに組まれていた。ベニー・ガンツ元軍参謀総長をはじめとする軍の制服組3人が、人気ニュース・キャスター出身で元財務相のヤイール・ラピッドを共同代表とした中道派政党「青と白」は、まさにネタニヤフ政権打倒を目標に結成されて票を伸ばした。だがその得票は一歩及ばず、春の時点では、リクードが36議席、「青と白」が35議席となり、僅差で勝利したネタニヤフ党首に組閣が命じられた。

同じく「ビビ降ろし」に勝機を見出し、政界に復帰した者もいた。労働党出身で元首相のエフード・バラクは、4月の選挙前にやはり新党「民主的イスラエル」を結成してクネセト選挙に参加していた。「民主主義の完全な解体に直面しているイスラエルを結束させて、正しい道へと戻す」ことを目標としたバラクは、文字通り「ネタニヤフの国か、イスラエル国家か」を選挙のスローガンに掲げた。しかし選挙戦さなかに、未成年者への性的虐待が疑われるアメリカのユダヤ系資産家ジェフリー・エプスタインとの交友が指摘され、前回の選挙では議席数を伸ばすことができなかった。

こうして4月の選挙ではネタニヤフによる首位は崩せなかったものの、組閣が実現しなかったことから、政権基盤はもはや盤石ではないとの希望を抱かせることになった。今回の選挙は対抗勢力の間で、ネタニヤフ長期政権を終わらせる好機と捉えられた。



アラブ政党の躍進、リーバーマンが握る鍵

リクードおよび「青と白」が主軸となったものの、今回と前回では選挙に参加した党派の布陣が若干変化している。ナフタリ・ベネット元教育相は、4月の選挙の直前に「ユダヤの家」から分裂し、新党「新しい右派」を結成した。だが少数勢力では議席を確保できなかったため、前回選挙から教訓を得て、アィエレト・シャケッドとともに右派連合「ヤミナ」を形成してこの度の選挙に臨んだ。その結果、今回は7議席を得ることに成功している(議席数は92%開票時点の速報値)。かつてはリクードとともに二大政党であった労働党は、近年は選挙で苦戦が続き、今回はゲシェルと連立を組んだが、やはり議席数を伸ばすことはできなかった。

そんな中で注目を集めたのは、イスラエルの人口の約2割を占めるアラブ系(パレスチナ系)の動向だ。ネタニヤフはアラブ系政党を露骨に敵視しており、以前の選挙ではアラブ系の票が伸びることを脅威のように論じたり、9月の選挙前には投票所にカメラを設置してすべての会話を記録させようと法案を提示したりしていた。

これに対し、アラブ系の政党側はなかなか結束できず、前回の選挙ではハダッシュ党とタアル党の連合が6議席、統一アラブ・リスト党とバラド党の連合が4議席で合計10議席を獲得していた。それが今回は4党すべてが連立して「アラブ統一リスト」を形成したことで、やや議席を伸ばして13議席を獲得することとなった。しいたげられてきたアラブ系政党が、リクードと「青と白」に次ぐ第三党となったことに対して、代表のアイマン・アウダは勝利宣言を出した。

だが結果的に、今回もキャスティング・ボートを握ることになったのは「イスラエル我が家」党のアヴィグドール・リーバーマンである。前回の選挙では、連立の条件として、超正統派ユダヤ教神学校生徒の徴兵免除を廃止する法案の成立を訴えるリーバーマンとネタニヤフの間で連立合意がまとまらず、解散に追い込むかたちとなった。今回の選挙では議席をさらに5から9に伸ばした「イスラエル我が家」は、与党が安定多数で形成される上でカギを握る存在となる。リクードも「青と白」も共に、前回の選挙から議席を減らしているため、多数派工作は組閣の上でますます重要となっている。

大連立か少数与党か

そのリーバーマンが望んでいるのは、リクードと「青と白」、「イスラエル我が家」から成る大連立政権の発足だ。投票後の党本部前での演説で彼は、イスラエルのおかれた治安や経済の状態を緊急事態と評し、大連立が「唯一の選択肢」であると主張した。そこにはリクード主導の右派政権の中に吸収されての、少数派閥の地位にはもう甘んじない、との意思がうかがわれる。

だがそもそも今回の選挙が「ビビ降ろし」として展開したことを想起するなら、この連立の困難さは明らかである。「青と白」の側では、ようやく掴みかけた勝利を手放す理由はなく、リクードと連立を組むことには大きな抵抗があると思われる。また、首相の任期に制限を設ける法案や、対パレスチナで領土的な譲歩を示唆す「青と白」と、リクードとではそもそも政治方針が大きく異なる。選挙後の会見で「ヤミナ」は、「ガンツ主導の政府に加わる予定はない」と明言しており、大連立を組むならリクードは当初予定していた他の連立メンバーを失うことになると予想される。

とはいえリクードを中心に、ヤミナの他にシャス党や統一トーラー党など宗教政党を含めた連立だけでは過半数の61議席に達しない。今回の選挙結果では、「イスラエル我が家」以外に右派連立政権に参加しそうな正統は見当たらず、ネタニヤフ主導による右派連合の組閣に明るい展望を見いだすのは困難である。

それでは「青と白」を中心とした組閣となるのか。リヴリン大統領は現時点ではまだ誰に組閣を命じるのか明らかにしていない。「3度目の選挙は避ける」という強い意志を示しているだけに、大統領は、議席を獲得したすべての政党の党首との協議を経たうえで、可能性の高い人物に組閣を命じるだろうと報じられている。ネタニヤフが前回の組閣に失敗した点などを考え併せるなら、ガンツがその任に当たる可能性も高いと考えられる。しかし「青と白」も議席数はリクードとほぼ差はない。議席数を伸ばしたアラブ系政党に対して交渉の手を伸ばすものの、いまだ反応は冷ややかである。他に連立の相手を探そうにも、世俗婚やシャバットの日の公共交通機関の解禁などを掲げる「青と白」と、宗教派政党とのへだたりは大きい。

交渉の長期化を予想してか、ネタニヤフ首相は早々に、来週ニューヨークで開催される国連総会への欠席を表明した。議会内での勢力拮抗状態は変わらず、むしろ二大政党がそれぞれ基盤を弱める結果となった今回の選挙で、しばらくイスラエル政治の停滞と混迷は続きそうである。


錦田愛子(慶應義塾大学法学部政治学科准教授)

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