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地球の気温上昇を2度未満に抑える人類の戦い

ニューズウィーク日本版 2019年9月20日 15時0分

<温室効果ガス削減を定めたパリ協定の目標達成には、各国政府の自覚と国民レベルの圧力が必要だ>

この9月23日、世界各国の首脳が国連本部のあるニューヨークに結集し、国連気候行動サミットの幕が開く。迎え撃つのは、3年前の11月にまさかの勝利で米大統領の座を手に入れたドナルド・トランプだ。

不穏な空気が漂うのは当然だろう。地球温暖化を止めるためのパリ協定に、アメリカを含む各国が署名したのは2015年の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)。しかし2年後、就任間もないトランプは一方的にパリ協定からの離脱を宣言した。

いまアントニオ・グテレス国連事務総長は危機感を抱いている。ほとんどの国が、パリ協定の求める温暖化ガスの排出削減に本気で取り組んでいるとは言えないからだ。しかも地球上で最強かつ最も裕福な国は排出削減に逆行する政策を次々と打ち出している。こんな状況で、残りの諸国が力を合わせれば地球を気候変動による破壊から守ることは可能なのか。

2015年12月に地球上のほぼ全ての国が署名したパリ協定は、1992年に国連地球サミットで初めて問題が提起されて以来、最も大きな成果だ。この協定は、産業革命以前の時期に比べた世界の気温上昇を2度未満に、できれば「1.5度」未満に抑えるための行動を各国に求めている。

0.5度の差はわずかなようだが、バングラデシュなど海抜の低い国やモルディブなどの島国では、その差が生死の分かれ目になる。気温上昇が1.5度を超えると、こうした国は文字どおり波の下に消えてしまう。

アメリカのパリ協定からの離脱宣言は大きく報道された。だがトランプの大言壮語にもかかわらず、まだアメリカは離脱していない。

指導者の気まぐれによる離脱を防ぐため、パリ協定には、条約発効後4年間は離脱できないとする拘束力のある規定がある。協定の発効は2016年11月4日だったため、アメリカは2020年11月4日まで離脱できない。偶然だが、それはアメリカ大統領選挙投票日の翌日に当たる。トランプが再選を果たせなければ、後任の大統領はほぼ確実にパリ協定にとどまることを選ぶだろう。

ちなみにトランプ自身は今回のサミットに顔を出さない。代わりにアメリカの代表団を率いるのは、元石炭業界のロビイストで、今や名ばかりの環境保護局(EPA)を牛耳るアンドルー・ウィーラー長官だ。

演説ではなく具体案が必要

トランプは気候変動の科学的根拠を否定しており、環境保護規制を次々に撤廃。一方で化石燃料の開発を加速している。ウィーラーは今年1月の米議会で気候変動を「人類が直面する最大の危機」とは考えないと証言している。

これは今回のサミットの成否に関わる重大な問題だ。アメリカはどのような役割を果たすのか。積極的に進展を妨げようとするのだろうか。それとも家族の集まりで意味不明なことを口走り、家族にあきれられる老人のように振る舞うのか?



断熱シートで覆われたスイスのローヌ氷河 DENIS BALIBOUSE-REUTERS

「演説ではなく、具体案を」。グテレス事務総長は何カ月もの間、各国首脳にそう訴えてきた。他の会議でも言っていることだが、グテレスは今回のサミットを一種の「体験発表会」にしたいと考えている。温室効果ガス排出量を削減し、既に明らかになっている問題を解決するための具体的で再現可能な実例を共有する発表会だ。

そのため、今回のサミットはパリ協定の明らかな欠陥を取り上げる。排出削減を各国の意思に任せたため、2015年以降も世界の排出量は増加を続けている。このままだと地球の気温は3~5度の上昇に向かい、現存する文明を破壊しかねない、と科学者は警告する。

アメリカが地球温暖化を加速させている今、気温上昇を「2度を大きく下回る」数値に抑えるという目標をいかにして達成するか。

「特定の国だけでなく、多くの国でより高いレベルの政治的意志が必要だ」。今回のサミットで事務総長特使に任命されたメキシコの外交官ルイス・アルフォンソ・デアルバはそう訴えている。「アメリカの州や都市、多くの民間企業が再生可能エネルギーへの移行を目指して尽力していることに、非常に感銘を受けている。現政権がパリ条約からの離脱を選ぼうとも、アメリカは問題の解決に貢献すると確信している」

昨年の気候サミットでは、当時のカリフォルニア州知事ジェリー・ブラウンが2045年までに州内で温室効果ガスの排出ゼロを実現するという行政命令に署名したことを発表した。同州は数々の大国と肩を並べて世界5位の経済規模を誇る。今年はロシアのGDPにほぼ匹敵する経済力を持つニューヨーク州で、2040年をめどに発電部門の排出をゼロにする法律が成立した。各国の自治体220以上が参加する「2度未満連合」は合計で世界経済の43%を担う。

しかし依然として急速な気温上昇は続いている。昨年10月の国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の特別報告書「1.5度の地球温暖化」によると2050年の排出ゼロを目指して2030年までに45%削減しないと1.5度よりも上昇してしまう。

中国の国外進出にも注文あり

45%削減が実現できない場合、特に貧しくて立場の弱い国々でおびただしいしい数の人が窮乏と死の危険にさらされる。そして地球温暖化の進行は止められない可能性が増す。IPCCによるとそれほど大幅な削減をするためには人類史上に前例のない速度と規模で世界中のエネルギー、農業、運輸、その他の産業部門を変貌させなければならない。

だから気候問題でアメリカと並ぶ超大国の中国も努力しなければならない。2015年のCOP21を前に中国が国内の石炭火力発電所を多数閉鎖したときは喝采を浴びた。だが最近また石炭燃焼が増大。しかも中国政府は外国での石炭火力発電所の新設に資金を提供している。アジアから中東、アフリカ、ヨーロッパへと連なる壮大な経済圏構想「一帯一路」を支える港湾設備や鉄道敷設などインフラ整備のためだ。



続くアマゾンの森林火災 LUCUS LANDAU-REUTERS

デアルバも中国がさらなる削減を約束したことは高く評価しながらクギを刺す。「(中国政府には)一帯一路の温暖化対策で一層の努力を求めている。あれだけの規模だから石炭でなく再生可能エネルギーを推進することが重要だ」

アマゾン川流域の森林火災、バハマ諸島に壊滅的な被害を与えたハリケーン「ドリアン」、北半球で多くの地域がこの夏に体験した熱波のほかにも、気象災害が数限りなく発生している。今や異常気象は過酷な現実として人々に襲い掛かる。

それでもデアルバは問題意識と運動の高まりに希望を見いだす。「10年前に比べれば一般の人たちの関わり方が大いに変化している」

アメリカでは気候変動対策を訴える「サンライズ運動」などが政治家に抗議し、政府には「グリーン・ニューディール政策」を要請している。アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員が後押しするこの構想は、1930年代の大恐慌から脱出するために当時のルーズベルト政権が雇用と投資を刺激したニューディール政策に範を取る。社会を変えるためには政府こそ旗振り役になるべきだという主張だ。

それは大掛かりな投資事業を意味するから大量の雇用が創出されて経済格差の縮小に役立つともいう。構想を支えるのは「気候正義」という視点だ。気候変動により最悪の被害を受けるのは貧しい非白人・地域社会だから、グリーン・ニューディールで彼らに優先的に仕事と機会を提供すべきだという。

活動家からの圧力のおかげでグリーン・ニューディールは米民主党の党是のようになってきた。民主党予備選の主要候補は全員が何らかの形でその支持に回っている。

グテレスは若手の運動家たちを表舞台に引っ張り出す。特に注目されたのが10代にして知名度抜群のスウェーデンのグレタ・トゥーンベリだ。

彼女が1年前に地元ストックホルムで始めた「気候のための学校ストライキ」は野火のように全世界に広がった。

「わが家が火事で燃えているかのように行動せよ。本当にそうなのだから」という彼女の言葉に触発されて何十万人もの生徒が授業に出るのをやめて街頭デモに繰り出した。

グテレスはユース気候サミットの日と定めた9月21日の基調演説者としてトゥーンベリを招いた。彼女は23日のサミットでも首脳たちの前で演説する。



トゥーンベリ(中央)は炭素排出量ゼロの移動手段であるヨットで大西洋を渡った ANDREW KELLY-REUTERS

デアルバは各国政府に迫るためには社会からの圧力がものをいうと信じている。「国際法に多くの例があるように、成就できるか否かはその後の検証と、市民社会から名指しで恥をかかせることに懸かっている。約束を守らない国だとやり玉に挙げるためにはメディアと活動家が大切な役割を果たす」

デアルバ自身も10代の息子から助言を得た。若者の未来を語るより、発生中の気象災害について話せという息子の意見は「一理ある」とデアルバは言う。「明日ではなく、今日からでも取り組む必要がある緊急事態だ。科学に基づいて示された2030年や2050年という期限も大事だが、まだ時間的余裕があると思ってはいけない。それはとんだ間違いだ」

*この記事の初出はザ・ネーション誌です。世界250以上の報道機関による気候変動報道の強化を目指す取り組み「Covering Climate Now」とニューズウィーク日本版の協力によりここに転載します。

<本誌2019年9月24日号掲載>

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※9月24日号(9月18日発売)は、「日本と韓国:悪いのはどちらか」特集。終わりなき争いを続ける日本と韓国――。コロンビア大学のキャロル・グラック教授(歴史学)が過去を政治の道具にする「記憶の政治」の愚を論じ、日本で生まれ育った元「朝鮮」籍の映画監督、ヤン ヨンヒは「私にとって韓国は長年『最も遠い国』だった」と題するルポを寄稿。泥沼の関係に陥った本当の原因とその「出口」を考える特集です。







マーク・ハーツガード(ジャーナリスト)

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