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韓国・文在寅政権が苦悩する財閥改革の現在地

ニューズウィーク日本版 2019年9月27日 17時30分

<財閥と腹の探り合いを続けながら一定の成果も、見えない「理想の着地点」>

財閥や側近、官僚らとの癒着にまみれた朴槿恵(パク・クネ)大統領が、国民の激しい怒りを買い失職してから約2年半。クリーンで民主的な政治の立て直しを誓って発足した文在寅(ムン・ジェイン)政権は、早くも折り返しの時期を迎えている。

文の就任以来、韓国は北朝鮮との南北融和でメディアの注目を集め続けてきたが、前政権の崩壊には長引く不況や所得格差など経済問題が伏線にあった。実際、文は17年の大統領選挙時に雇用創出や格差是正など、経済対策をふんだんに盛り込んだ公約を掲げていた。

それらの経済公約はその後、どのような展開を見たのか。本誌では【韓国・文在寅政権の成績表】と題して、有識者へのインタビューから経済政策の現在地を探る。

第1回は「財閥改革はどこまで進んだのか」。前政権崩壊の直接的な引き金になったと言っても過言ではない財閥問題に対して、文政権は何を行い、何を成し遂げたのか。

不法な経営権の承継や不当な優遇措置の根絶、横領・背任などの経済犯罪に対する厳正な処罰など、財閥問題の本丸に迫ろうとする文の公約は国民の期待を集めた。経済力の集中を緩和させ「民主的な経済」の実現を目指す文の財閥改革はどこまで進んだのか――。韓国の財閥事情に詳しい、日本貿易振興機構アジア経済研究所の安倍誠・東アジア研究グループ長に、本誌・前川祐補が聞いた。

* * *

――文政権の財閥改革の進捗について
文在寅大統領は、候補者時代から「財閥の狙撃手」の異名を持つ金尚祚氏(キム・サンジョ)を選対本部に招き入れ、経済ブレーンとして徴用した。そして、政権発足と同時に公取委委員長に任命した。つまり財閥改革においては金尚祚氏が全権を握って改革を進めてきた。



結論から言うと、文政権および金尚祚氏は財閥改革における全ての分野においてドラスティックなことはやっていないし、やれていない。

金尚祚氏は少数株主運動などを通じて財閥の株主総会で経営陣を追求することなどをやってきた。そこでの経験から、現実的にはドラスティックな財閥改革を行うことが非常に困難であるということが良くわかっている。そのため、なるべく徐々に改革を進めていこうという意識は最初からあった。

――具体的にはどのような改革から始めた?
最初に実施しようとしていたのは、財閥に対して自主的な改革を促すこと。政権発足後の17年6月、金尚祚氏が財閥トップらとの懇談会で促したことの1つが、複雑な持ち株構造を是正してシンプルな持株会社をつくること。(不透明なグループ経営と経済力集中の温床となっていた)従来の形態を廃止して、持ち株会社の傘下に関連企業がぶら下がる単純な構造にすることを目指したものだ。金尚祚氏はまず、その実現に向けて自主的な改革を期待すると、財閥の経営陣らに促した。その進捗を見ていくとクギを刺しつつ、だ。

――朴槿恵前政権が財閥との癒着でつまづき崩壊したことを考えると、「自主改革」には生ぬるさを感じるが。
財閥改革の難しさを知っている金尚祚氏だからこその対応だったのではないかと考える。そもそも財閥を締め上げるような規定を作ること自体が困難で、成立したとしてもすぐに抜け道が作られてしまう。法律だけで締め上げることの限界を彼はよく分かっている。そのため、(強烈な民意に後押しされた)政権の勢いを利用してというか、法的な対応よりも無言の圧力で改革を促すことを狙ったのだと思う。

――自主改革の成果はあった?
難しさを露呈している。例えば、現代自動車グループは政権が推奨するところの「持ち株会社」を新設する計画を発表した。おそらく事前に政府のお墨付きもある程度得ていたのではないかと思う。

ところが実際にその計画を発表したところ、外部の株主から猛反発を受けた。新しい持ち株会社を創設するために企業間の一部合併や分離を実施した場合、株主価値が毀損すると考えた投資家、とりわけ外資の投資家が強く反発した。その結果、持ち株会社の設立計画自体がとん挫した。

こうしたこともあり、財閥改革において企業、政府、そして外部株主の全者が喜べる方法は見出せていない。



――自主改革以外の対策は?
政権は2年目に入ると本格的に改革を推進してきた。例えば公正取引法(日本の独禁法に相当)の改正と、商法の一部改正を発表した。つまり、自主改革だけではなく法的にも改革していくという意思を示した。

ただ、いずれにおいても財閥を徹底的に追い込むような「キラーコンテンツ」があったわけではなく、従来の規制を強化して財閥が好き勝手に動ける余地を狭めた、と言う程度と言うのが実態だ。

政権にとっては不幸なことに、少数与党のため国会に法案を提出しても野党から徹底した反対を受けている。結局、法案の提出から1年以上経過したが、いまだに通過していない。そのため大統領府と政府与党は、国会を通過させる必要のない施行令などで対応しようと協議を進めている状況だ。

加えて、これまで公取委員長として財閥改革の音頭を取ってきた金尚祚氏が、大統領府政策室長に異動した。基本路線は変わらないが、また引き続き財閥政策は金尚祚氏が主導するとみられるが、公取委の推進力を維持できるかは未知数である。全体としてみると、なかなか思うようには進められていない状況だと思う。

政権と財閥の癒着に怒り朴槿恵政権退陣を訴えた「ろうそくデモ」(2017年12月) YUSUKE MAEKAWA NEWSWEEK

――目ぼしい成果を上げるとすれば?
財閥を含めた大企業による中小企業に対する経済力乱用の取り締まりの強化があげられる。

フランチャイズ制の企業でよくみられることだが、「親会社」がフランチャイズの店舗の利益の大部分を吸い取り店舗の売り上げは薄利という、支配的な経営手法がこれまで問題視されていた。新政権の公取委は、そうした慣行の是正を進め、時には違反企業を摘発することもあった。これらを含めて、財閥改革において一定程度の成果があったとは言える。

その他に大きな変化として指摘できるのは、国民年金公団(NPS)が財閥企業の大株主であることの権利を行使して財閥改革を迫ったことだ。NPSの最高意思決定機関は保健福祉省の管轄下にあり、かつ政治的な独立性が低いため政府の意思を通しやすい。

実際、大韓航空の趙亮鎬(チョ・ヤンホ)会長が株主総会で取締役の再任を否決される事態が起きた。こうした、議決権を行使した形での関与がインパクトは大きく、文政権が今後もこの手を使う可能性はある。

――文政権発足後から話題が南北融和に集まったこともあり、財閥に対する関心が薄れた印象もある。財閥改革に対する世論の反応をどう見ているか?
国民も、財閥を崩壊させればいいとは思ってはいない。財閥のオーナー(の横柄な振舞いなど)に対する批判はあっても、それは財閥の存在自体への批判とは違う。財閥に対して、国民のなかでは愛憎半ばする思いがある。不満がある一方、韓国経済が成長するための大きな推進役であったことを疑う国民は少ない。

ただ、政権やその支持層の中には頑な財閥批判者がいる。彼らのなかには、文政権の財閥改革は財閥と融和的ではないか、との視線を注いでいた時期もあった。



例えば、金東兗(キム・ドンヨン)前副総理がサムスン工場を訪問するという話が出た際には、政権の一部から批判が出た。また、文自身がインドのサムスン工場を訪問した際にも同様に一部から批判が出た。政権としても、経済が厳しいときには財閥に頼らざるを得ないところがあるので、ある程度の良好な関係を保たなければならないなど、苦慮しているのが実態だ。

ただ財閥改革の強硬派も、そうも言ってられない現実を理解し始めたのか、その手の批判を手控えている様子だ。実際、今年に入ってから閣僚級の財閥企業訪問が増えている。

――財閥自身は改革に対してどのような意識を持っていると考えるか?
今の政権が財閥や大企業批判を繰り広げた「ろうそく集会」で誕生した経緯があることから、財閥も政権の改革に従わざるを得ないという理解があるだろう。改革に対応しないと世論のみならず政権から何をされるか分からないという危機感もあるはずだ。実際、経営幹部が拘束されるような事態も起こっているのだから。

ただ、どの程度まで対応すればいいのかというあたりで腹の探り合いがある。それは政権自身が「自主改革」を促していることが示唆するように、お互いが腹の探り合をしている印象だ。

――財閥にとって譲れない「マジノ線」はどこにあると考えるか?
創業者一族に対する経営権の継承がその大きな1つだ。そこを完全に放棄するというのは余程のことがないと無理だろう。

――一族による経営権継承にこだわる理由は?財閥の中には世界的に認知される企業もあるなか、日本の財閥企業の様に生え抜きの社員を社長や経営者として継がせるという意識はないのか。

これは一言では言い表せない難しい問題だ。1つの大きな要因としては、信用の問題があるのではないかと考えている。一族(創業家)以外に経営を任せることに対する信用の欠如だ。その意識は韓国の場合、非常に強い。

確かに、最近では財閥から切り離された企業をファンドが買収して外部の経営者を招くという変化も見られているが、全体としてみると経営権を一族以外の手に渡すことへの抵抗感がある。内部の子飼いの経営者であっても、完全な信用を置けないというのが実態だ。経済活動の中で、(同族を担保にせず真の意味での)信用ベースで取引や事業を行う慣習が定着しきっていないということが背景にあるのではないか。



――一族経営は韓国財閥を韓国財閥たらしめている大きな特徴?
1つの特徴であることは間違いない。中華系や東南アジア系の財閥との比較研究を詳しく調べる必要はあるものの、少なくとも日本の財閥とは大きく異なる特徴だ。

――安倍グループ長ご自身はどのような対策が望ましいと考えるか。
いわゆる「事後規制」をより重視すべきではないかと考えている。すなわち、財閥が不正を働いた場合に厳しく取り締まることだ。そのためには金尚祚氏も当初重視していた、公取委の機能強化が対策の1つになるだろう。大上段に構えた改革よりも、そうした地道な動きの方が重要だ。

従来の財閥政策は「事前」規制を重視する傾向があった。つまり、財閥は経済活動においていろいろな弊害を伴うので、弊害が出ないように事前に規制を掛けようという対策だが、そうした政策は往々にして副作用を伴うし、抜け道を生むことにもなる。実際、あまり効果が出ていない。

――今後の財閥改革において国民の溜飲が下がるような目玉政策はある?
財閥改革においては最終的にどういう形に収まれば望ましい絵姿なのか、コンセンサスがないのが難しいところ。こうなればいいという理想の形は誰も提示していないし、あまり議論されてもいない。

経済活動の多くが財閥系企業に集中しているので、その度合いを下げたほうがいいという程度の合意は得られているが。シンプルな持ち株会社を作るというのも、そうすれば従来よりは適切な形態になるのではないかという、「ぼんやりとした」絵姿があるのみだ。

――実際、理想形の模索は難しいところだ。
あまり型にはめてしまうと企業の事業展開に障害が出かねない。実際、金尚祚氏も具体的な絵姿を提示しているわけではなく、曖昧にしている部分も多い。今のままではよくないという点では一致しているが、理想の着地点は見えていない。

論者によっては、オーナーによる財閥所有が害悪なので、日本の旧財閥のように特定のオーナーをなくす改革が必要と言う人もいるが、そこは財閥にとって「マジノ線」なので闘争が生まれてしまう。そうなると改革は現実味を失う。実際、政府もそこまでは言及していない。

――政府、財閥、国民それぞれの立場で財閥改革に対して抑制的だ。
何かあれば財閥(に頼る)という部分は残っている。景気が悪くなれば財閥を頼りにせざるを得ない面があり、南北融和において経済協力をするにしても財閥の力を借りざるを得ない。日韓の貿易問題が起きると財閥支持の声も出たりする。

財閥改革に対する支持を得て当選した文だったが...... REUTERS/Kim Hong-Ji


前川祐補(本誌記者)

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