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日本人も日本人に殺された...映画『福田村事件』が描く「普通の村人」による虐殺【森達也監督に聞く】

ニューズウィーク日本版 2023年8月31日 16時20分

<100年前の関東大震災後の混乱の中、在日朝鮮人だけでなく日本人も虐殺された事実が...。不安と恐怖が高まれば、「集団の暴走」はいつの時代にも起こり得る。歴史の教訓について>

1923年9月1日の関東大震災から5日後、千葉県福田村(現・野田市)で朝鮮人と間違われた日本人9人が村人に殺害される事件があった。彼らは香川から行商に来ていた被差別部落の人々で、被害者には幼児や妊婦もいた。

当時、流言飛語の中で多くの朝鮮人や中国人が軍や警察、在郷軍人らによる自警団に殺されたことはよく知られているが、その延長線上にある福田村事件はほとんど語られてこなかった。

これを題材にしたのが森達也監督の『福田村事件』だ(9月1日公開)。井浦新と田中麗奈が朝鮮帰りの夫婦、永山瑛太が行商団の頭、東出昌大、コムアイ、水道橋博士、豊原功補らが村人を演じる。

なぜあのようなことが起きたのかを考える上で、「加害側をしっかり描きたかった」という森に本誌・大橋希が話を聞いた。

朝鮮帰りの澤田(井浦新)と妻(田中麗奈) ©「福田村事件」プロジェクト2023

◇ ◇ ◇

――福田村事件について知ったのは約20年も前だというが。

当時、ドキュメンタリー番組にできないかと思い、知り合いのプロデューサーなど何人かに企画書を持っていったが全然だめだった。

――この題材は無理だと? 今回もクラウドファンディングで制作資金を集めた。

はっきり言わないけど、たぶんそうです。2016年の『FAKE』発表後、そろそろ劇映画をやりたいと思った。そこで「あ、そうだ、この事件をドキュメンタリーでなくドラマにしたら映画として成立するな」と考えて、企画書を作って映画会社を回った。

でもそのときもやっぱり、「いや......」みたいな反応ばかり。そうこうしているうちに僕が監督した映画『i-新聞記者ドキュメント-』が「キネマ旬報ベスト・テン」で賞を取り、その授賞式の控え室で荒井晴彦さんと会い、一緒にやろうかって言われたのが始まりです。結局、映画会社はどこも引き受けてくれなかったが。

荒井さんがなんでこの事件を知ったかというと、中川五郎さんの歌「1923年福田村の虐殺」を聞いたことがきっかけ。僕はテレビじゃ無理だと諦めた後、『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』という本に福田村事件について書いた。

中川さんはそれを読んで歌にしたんです。それを聞いた荒井さんがこれを映画にしようと動いていた。だから(一緒にやることになったのは)偶然でもあるし、必然でもある。

©「福田村事件」プロジェクト2023

――物語の骨格として大切にしたのは?

加害者をしっかり描きたいっていうのがまずあった。普通の人がこんな残虐なことをしてしまうというのが大事な部分なので、普通の人であることは強調したい、村の生活や日常、喜怒哀楽をしっかり描きたいと思った。

――荒井晴彦、佐伯俊道、井上淳一の脚本家3人と意見がぶつかったことなどは?

いっぱいありますけど、例えばラストのカット。その前の場面で終わったほうが映画としてスタイリッシュだと言われたが、僕は「絶対にだめです」と。

強いて言えば、スタイリッシュに終わらせたくなかったし、映画は「欠落」が大事だと思っているから。せりふのないラストでみんないろんなこと考えてくれるんじゃないか、と。

――俳優は森さんが好きな人を集めたのか。

東出さんは僕が監督をやるって聞いた段階で、どんな役でもやりますと手をあげてくれたらしい。瑛太さんなどメインの役者はこちらからオファーした。

©「福田村事件」プロジェクト2023

――東出さんは不倫騒動でたたかれていた時期?

少しほとぼりが冷めかけた頃だと思う。僕の中で彼の印象はそんなに強くなかったが、今回は本当に惚れ直した。役者はみんなすごかったです。しっかり役作りしてきてくれたから、あまり僕から言うことはなかった。

――劇映画はまた撮ってみたいか。

うん。実は3年前からドキュメンタリーを1本撮っていて、それは継続しつつ、ドラマでもまた何か、と思っている。いつかやってみたいのはホラー映画。映画作りの王道というか、映画作法のいろいろなチャレンジができて、楽しいんじゃないかな。

――あの虐殺のようなことは今の日本では起きないはずだが、その歴史を知る意味は?

集団化という点では、むしろ大正時代より今のほうが強いんじゃないかな。不安と恐怖があるから人は集団化を起こす。台湾有事、北朝鮮のミサイル、ロシアの侵攻などで、今は「戦後最も危機的な安全保障環境」にあると言われている。

「キューバ危機やベトナム戦争があったじゃん?」と思うが、言い換えれば不安と恐怖が高まっているということで、何かをきっかけに集団化が起きるのではないか。

竹やり持って、というようなことはないだろうが、(在日コリアンが多い)京都・ウトロ地区への放火のようなヘイトクライムがあったり、入管法改正もその流れだと思う。

本音は外国人を入れたくない、日本人でまとまりたい。欧州で移民排斥の政党が支持を集めているのも不安と恐怖からで、世界中で集団化が進んでいる気がします。その意味で、「100年前の事件だね」では終わらないと思う。

©「福田村事件」プロジェクト2023

――朝鮮人虐殺について書くのを部長に止められる記者(木竜麻生)が登場する。ある
意味でメディアも加害側だ。

立派な加害者ですよね。映画の中では言及していないが、ピエール瀧さんが演じる部長はかつて平民新聞にいた設定。幸徳秋水が作った反権力の新聞で、彼も本当はリベラルだし反権力なんだろうが、それでは新聞が持たないと知っている。だから記者の恩田に問い詰められても、沈黙せざるを得ない。

この苦悩みたいなものは今のメディアと一緒。僕もテレビ時代、「これはやるべきだけど、視聴率が落ちるから無理」とよく言われた。ジャーナリズムだけじゃ食えない。市場原理があるからね。

虐殺を目撃した記者の恩田(右) ©「福田村事件」プロジェクト2023

――朝鮮帰りの澤田(井浦)の大事な韓国語のせりふに字幕がないのは?

プロデューサーからは絶対に入れてくれと言われたけど。でも何を言っているか、なんとなく分かるでしょ? それでいいんです。テレビなら説明しなきゃいけないが、映画は違うと僕は思っている。ただ、パンフレットには入れようかと話はしていますね。

©「福田村事件」プロジェクト2023

――森さんは俳優としての出演作もあるが、今回カメオ出演は考えなかった?

それは考えなかった。ドキュメンタリーでは、「撮っている側を意識してほしい」という思いがあり、作品のどこかに自分が出ている。

ドキュメンタリーは客観的な事実だけを映しているわけじゃない、これは僕が撮っている現実で、カメラがあるから(被写体は)こういう振る舞いしている、ということを常々言っているので。

――突然、ロマンポルノのようになる展開があるが......。

そこは荒井晴彦さんに聞いてください。映画というとエロがなきゃいけないみたいなところに、僕は抵抗したんだけど。中盤までは要素がトゥーマッチだと僕は思っていて、父親と嫁の関係も中途半端だし説明的なセリフも多い。でもチームですから、我を通せなかった。そこはまあ、実は悔いが残るところ。

©「福田村事件」プロジェクト2023

――虐殺直前、行商団を率いる沼部(永山)の言葉にはっとさせられた。

企画書を持ってテレビ局を回ったとき、「『日本人が間違えて殺された』と声高に言うと、朝鮮人虐殺を正当化しちゃうからそのレトリックは難しいよ」と誰かに言われた。確かにそうだなと思っていたんです。

そこをどうクリアしようかと考えたとき、あの展開を作ることができた。(現場で)瑛太さんには「この場にいる人に叫ぶのと同時に、映画館の客席に向かって言ってほしい」ってことを言った。

今も「日本人が殺されたから映画にできる」「朝鮮人虐殺を描いていない」と言われる。映画の中で殺される朝鮮人は飴売りだけだが、それで全体を想起できるはず。全て説明する必要はない。

『福田村事件』
監督╱森達也
主演╱井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大
9月1日公開

『福田村事件』公式トレイラー

映画『福田村事件』予告編/uzumasafilm

    

大橋希(本誌記者)

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