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「きらきら弁当」も実は「男らしさ」だった......世界一男性性の強い国日本で「デキる男」とは?

ニューズウィーク日本版 2023年8月31日 21時22分

<世界でも突出した「男性優位」な日本。しかし、はびこる「男らしさ」の価値観が男性自身を苦しめ、学歴至上主義や果ては「きらきら弁当」にまで影響している>

男性の給与水準を100としたときの日本の女性の給与水準は75.2と、OECD平均の88.4を大きく下回る(2021年 内閣府男女共同参画局発表)。諸外国と比べても日本の男女の賃金格差は大きく、ジェンダーギャップ指数2023でも過去最低の125位に後退、G7で最下位に位置するのは皆さんもご存じだろう。

それなのにソーシャルメディアでは「女尊男卑」や「弱者男性」という言葉を頻繁に見かける。実際、「男のほうが女より大変だ」という思いを抱える男性は多いのではないだろうか。そこで本記事では、「ホフステード指数」が説く日本の"男性性"と"生きづらさ"を考えてみたい。

ホフステード指数によると日本の「男らしさ」は世界一

ホフステード指数は、オランダ人社会心理学者のへールト・ホフステードが、様々な国の文化(国民性)を定量的に測定し、指数化したものである。文化の比較、ビジネスと組織の管理、雇用、異文化コミュニケーション、教育と研究など、様々な目的でビジネスやアカデミアが使用している。

ホフステードの6次元モデルは、人の価値観が文化によってどのように変わるかを下記にある6つの次元(切り口)で表す。(※1)

・権力格差
・集団主義/個人主義
・女性性/男性性
・短期志向/長期志向
・人生の楽しみ方

このうち、「男性性」も社会を読み解くひとつの切り口となっている。なぜなら、「男らしさ(男性性)」や「女らしさ(女性性)」といったジェンダーは社会によりつくられるので、その社会の理解を深めるには、ジェンダーが重要な要素となる。興味深いことに、ホフステード指数によると日本は世界一、「男性性」が強い文化だという。

(引用元:女性社会研究所https://www.josei55.com/, ※2)

上のグラフを見るように、日本は諸外国と比べて圧倒的に男性性が高い国であるが、そもそも男性性(男らしさ)とはどういう意味なのか? 

(女性社会研究所https://www.josei55.com/, ※2)

ホフステード指数が定義する男性性指数が高い文化では、「一番になりたい」という価値観が重要だという。それに対して、男性性指数が低い文化では「自分がしていることが好き」だという価値観に重きが置かれる。そこで、上記の男性性指数が高い特徴に符号する日本の現象を考えてみたい。

「学歴ロンダリング」という言葉に見る選別主義

まず、「達成、競争、結果」「功績」「選別主義」には日本の偏差値主義や学閥主義が当てはまるだろう。学歴主義ではなく学閥主義と書いたのは、日本では修士号や博士号といった学歴よりも、"学部を卒業した大学名"のほうが重要だと考えられているからだ。

その証拠に、出身大学よりも高いレベルの大学院に進学することが「学歴ロンダリング」と揶揄される。日本社会は18歳で獲得した偏差値を「功績」と捉え、その功績で人を「選別」する。その後、どんなに努力しても大学名が一生ついて回る現象は、日本以外では韓国と中国ぐらいだろうか。

ほかにも、「Fラン」「アラサー・アラフォー」「ハイスぺ」「チー牛(陰キャ)」「量産女子」「非モテ」などもすべて偏差値、年齢、収入、性格や外見で人を選抜し、序列化する用語である。

また、男性性の高い文化的特徴として「自己責任」がある。よく紛争地帯で日本人ボランティアやジャーナリストが武装グループに捕まると、自業自得論が噴出するし、非正規雇用者や貧困者に対しても自己責任という言葉がよく使われる。日本では自己責任論が人気だと言っても過言ではない。

日本人は自己主張しないはずでは......?

さらに、男性性指数の高い特徴として「自己主張」があるが、「日本人は自己主張しない国民では?」と思った人も多いのではないだろうか。ホフステード博士の研究をビジネスに応用し、最先端のツールを駆使したサービスを提供するホフステードインサイツグループ(本社・フィンランド)は、日本の男性性は集団主義と相まっており、欧米にみる個人の自己主張や競争が、"集団間"の自己主張や競争に置き換えられているという(※2)。確かに、先述した学閥主義も"集団の自己主張"とも言える。

興味深いことに、ホフステードインサイツによると、子どもたちが運動会で赤チームと白チームに分かれて集団で競争するのも、男性的文化だという。他にも、物質的な生産(ものづくりや製造業)、物質的なサービス(ホテルやレストラン)、プレゼンテーション(ギフト包装や料理の盛り付け)など、生活のあらゆる場面で卓越性と完璧さを追求することが、"男らしさ"だと定義する。もちろん、「長時間労働」も(※3)。日本社会では、集団が団結して一番を目指さなくてはいけないからだ。

ホフステードインサイツの記述をもとに、英国ランカスター大学院社会科学部で「女子学生が教育でどのように野心が砕かれるか」を研究し、女性社会研究所を主宰する板敷ヨシコ氏が考察したところによると、子どもたちが運動会で赤チームと白チームに分かれて集団で競争するのも、男性的文化だという。他にも、物質的な生産(ものづくりや製造業)、物質的なサービス(ホテルやレストラン)、プレゼンテーション(ギフト包装や料理の盛り付け)など、生活のあらゆる場面で卓越性と完璧さを追求することが、"男らしさ"だと定義する。もちろん、「長時間労働」も。日本社会では、集団が団結して一番を目指さなくてはいけないからだ。(※1 、※3)

さらに、板敷氏は「明治以降、日本の製造業の成長に男性的文化が役立った」。「製造業中心の国である一方で、住宅の断熱やサッシの性能の低さなど、生活の質は後回しになっていたのもこの男性性指数が高いことが原因だ」と分析する(※1)。男性性の高い文化では、「成功の物質的報酬」のほうが「生活の質の高さ」より優先されるからだ。

"よき母"を象徴する「きらきら弁当」も、「男性性」の特徴

「ものづくり」や「料理の盛り付け」に完璧さを求めるのが男性的文化の表現であるならば、幼稚園や小学校で求められる「きらきら弁当」は、どうなのだろう。

そもそも、「きらきら弁当」は子どもの興味をそそるような盛り付けがされているが、食事の一番の重要な要素である栄養価とは関係ない。子どもにもよるが、筆者の経験上、きらきら弁当は、期待したほど子どもには感謝はされず、それよりも自分のSNSに投稿して悦に浸っていたように思う。

米デューク大学で教鞭をとる文化人類学者のアン・アリソン教授は、凝ったお弁当を含む細々とした育児・家事を母親が一手に引き受けることで、日本社会は利益を得ていると1991年の文献「Japanese Mothers and Obentos: The Lunchbox as Ideological State Apparatus」で指摘している。

「きらきら弁当」や「手作り手提げバッグ」を始めとした細かく規定された持ち物の準備など、日本の育児や家事には多大な労働力が必要とされているから、母親はパートタイムを選んでしまう。その結果、日本の女性は安価な労働力の供給源になる。同時に、母親が育児と家事を引き受けるからこそ、父親が長時間労働に身を費やすことができ、企業にとっては都合がよい。日本という国は、母性労働から大きな利益を得ているのである。このアリソン教授の考察は1990年代のものだが、育児、家事、長時間労働をとりまく環境は現代でもあまり変わっていない。

ホフステードインサイツは"料理の盛り付けやものづくりに卓越性と完璧さを追求する"のも「男性性の高い文化」の特徴だと定義している(※3)。"よき母"を象徴する女性性の表現に見える「きらきら弁当」も、実は「男らしい社会」の表れなのかもしれない。

「デキる男」をググると出てくる男性像が衝撃だった

男性優位社会である日本で男性を責めるのは簡単だ。しかし、日本の男性もまた、"男らしくいる"プレッシャーに苦しんでいるのかもしれない。

そう感じたのは、8月20日、都内で開かれたイベント「小林美香とのトークセッション『広告における男性の描き方』」に参加してからだ。同イベントでは写真・ジェンダー表象研究者である小林美香氏が日本で「デキる男」とググって出てくる男性の表象について分析をしていた。(※4)

皆さんにもググっていただきたいのだが、出てくるのは日本人よりも、白人男性モデルが多い。ビジネススーツに颯爽と身を包んだハンサムな白人男性が高層タワーで仕事をする......これが日本の「デキる男」の代表的なイメージなのだ。

こういった非現実的な男性像があらゆるメディアを通して刷り込まれる日本の男性は、一体どんな気分になるのだろう。本人に自覚がなくても見えない圧になってはいないか。

女性よりも不幸で自殺率が高い日本の男性たち

日本は男性優位社会のはずだが、なぜか世界で唯一、男性の幸福度が女性よりも低い国である(※5)。また、2020年度の日本男性の寿命は81.49歳と女性の87.60歳より6年も短く(※6)、2022年における男性の自殺率も女性の2倍以上だ(※7)。

女性の目には下駄を履いているように見える日本人男性だが、本人の意思とは関係なしに履かされているこの下駄が、実は重すぎるのではないか。

だから、どれほどジェンダーギャップや女性差別が叫ばれようと、余裕のない男性の耳には届かないのだ。つまるところ、世界一男性性の強い国日本は、男女がお互いのつらさを思いやる精神的余裕をもてないほど、生きづらいのである。

【参考】
※1......日本の組織文化について考えるために「ホフステードの文化次元論」の「男性性指数」(マスキュリニティ)をまとめてみた ー板敷ヨシコ
※2......ホフステードの国民文化ーホフステードインサイツ
※3......COUNTRY COMPARISON TOOL ーHOFSTEDES INSIGHTS
※4......小林美香(こばやし・みか) 写真・ジェンダー表象研究。大学や各種学校で教鞭をとるほか、国内外の雑誌などへの寄稿や編集、翻訳などを手がける。展覧会や、ワークショップの企画や写真で制作活動を行う人を対象としてコンサルティングも行っている。
Twitter:@marebitoedition
Instagram:@mika__kobayashi
※5......なぜ日本男子は世界で唯一、女性より幸福度が低くなるのか? ーNewsweek日本版
※6......令和2年度都道府県別生命表の概況ー厚生労働省
※7......令和4年中における自殺の状況ー厚生労働省自殺対策推進室警察庁生活安全局生活安全企画課

此花わか(セクシュアリティ・ジャーナリスト)

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