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ITに続き宇宙開発でも存在感増すインド、「科学技術指標」で見るその台頭と日本の現状

ニューズウィーク日本版 2023年9月2日 19時35分

<月面着陸に成功した4番目の国となったインド。世界有数の宇宙開発国としての地位を築きつつあるインドの科学技術力について、このほど発表された「科学技術指標2023」の数値をもとに日本と比較する>

インドの月探査機「チャンドラヤーン3号」は先月23日(米国時間)に月の南極付近に軟着陸することに成功しました。インドは、旧ソ連、アメリカ、中国に続く4番目に月面着陸に成功した国となりました。

インドのナレンドラ・モディ首相は「インドの月着陸の成功は、インドだけのものではありません。この成功は全人類のものであり、他国の将来の月面探査ミッションに役立つでしょう」と語っています。

今回のインドの成果は、とりわけ世界で初めて月の南極に安全に着陸したことが評価されています。月の南極と北極には、確かに氷があることがNASA(アメリカ航空宇宙局)の2018年の研究で明らかにされています。月の極地域付近に着陸して氷を採掘すれば、有人月探査や将来の月面基地の建設の際に、水資源や酸素の現地調達に貢献できます。

インドは9月2日にも、インド初となる太陽観測衛星を打ち上げる予定です。近年、月探査の再ブームや、民間企業の参入で活気づく宇宙開発事業ですが、インドの存在感は今後ますます高まりそうです。

数字の0(ゼロ)を発見した国として知られ、最近は日本でも「インド式計算法」のドリルがベストセラーとなったことから、インドは理数教育に優れた国のイメージが定着しています。もっとも、欧米や中国と比べると、インドの科学技術力の現状は、日本人には馴染みが薄いようです。

このほど文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が発表した「科学技術指標2023」などを使って、インドの科学技術力を日本と比較しながら見ていきましょう。

「研究の成果数」「研究の質」の指標で日本を上回る

先進国以外の国の中で、急速な経済成長を遂げている「新興国」の象徴でもあるインドは、国連人口基金(UNFPA)などの推計によると23年4月末までに14億2577万5850人に達し、初めて中国を抜いて世界一の人口を持つ国となりました。ちなみに日本は、22年の11位(1億2560万人)から1つ順位を落として12位(1億2330万人)です。

国際通貨基金(IMF)によると、22年の世界の名目GDPを比較すると、1位はアメリカで25兆4644億7500万米ドル、2位は中国(18兆1000億4400万米ドル)、3位は日本(4兆2335億3800万米ドル)と続き、インドは4位のドイツ(4兆753億9500万米ドル)に次いで第5位(3兆3864億300万米ドル)です。大半のEU諸国に勝る経済大国と言えます。

日本にとってインドが脅威なのは、人口や名目GDPだけではありません。

世界の科学技術の状況について「科学技術指標2023」を見てみると、研究開発費の産官学の総額は、日本は世界3位(1位アメリカ、2位中国)で18兆1000億円です。インドの研究開発費は18年のデータで約587億2000万米ドルとなっており、日本の3分の1、アメリカの10分の1で、イギリスを上回る規模です。

研究者の数で比較すると、日本は世界3位(1位中国、2位アメリカ)の70万5000人です。インドは18年のデータで約34万人なので日本の約半分の規模と言え、イギリスやフランスを上回っています。

ただし、GDPに占める研究開発費の割合(日本は3%超、インドは0.65%)や、人口100万人あたりの研究者の割合(日本は5000人超、インドは約250人)で比べると、インドの研究環境は決して恵まれているとは言えません。

ところが、「研究の成果数」や「研究の質」の指標では、インドは日本を上回っています。

自然科学の研究成果の公な発表の場である論文の数を、分数カウント法という計算法で19年から21年の3年の平均を評価すると、1位中国(46万4077本)、2位アメリカ(30万2466本)、3位インド(7万5825本)となり、日本は5位(7万775本)でした。

さらに、研究者たちに内容が注目されて多く引用されている論文、つまり重要な研究論文では、日本とインドの差は広がります。

引用回数のトップ10%にあたる論文数での1位は中国(5万4405本)で、2位アメリカ(3万6208本)、3位イギリス(8878本)と続きます。インドは6位(6031本)、日本は前年より1つ順位を下げて13位(3767本)でした。日本のトップ10%論文は、物理学、臨床医学、化学などの割合が高く、インドは臨床医学、コンピューターサイエンス、AIなどの割合が高いという特徴があります。トップ1%では上位3カ国(1位の中国は5516本)は変わらず、インドは8位(464本)、日本は12位(319本)でした。

毎年100万人の新卒理系人材を輩出

トップ10論文数からも分かるように、インドの躍進の大きな原因には「世界に先駆けて、IT産業やコンピューターサイエンスの研究が発展した」ことが挙げられます。

インドのIT産業の飛躍は、南部の都市ベンガルール(バンガロール)を中心に、アメリカのシリコンバレーの下請け産業として始まりました。ベンガルールは賃金が安く、人材が豊富で、しかも約半日(13.5時間)の時差があります。シリコンバレーの技術者がソフトウェアを設計してベンガルールに発注すると、寝ている間にソフトウェアが完成しました。つまり、時差による分業で実質24時間フル稼働することができたため、インドをオフショア(海外の業務委託地)とすることは都合が良かったのです。

IT人材の大量雇用は、インドの理系人材の大量育成にもつながり、米マサチューセッツ工科大(MIT)にならったインド工科大(IIT)、国立工科大(NIT)などで高度なコンピューターサイエンスの教育、研究がなされるようになりました。理系の新卒人材が毎年100万人輩出され、そのうち20万人がIT産業に携わるといわれています。

いまやインドでは、下請けを越えて独自のイノベーションに取り組むようになり、現在は1万を超えるスタートアップ企業が立ち上がっています。

スタートアップ企業には、宇宙開発に関するものも少なくありません。モディ政権は「自立したインド」を打ち出しており、宇宙開発事業を重要政策の1つとしています。

インドの宇宙開発は、ベンガルールにあるインド宇宙研究機関(ISRO)が主導しています。月探査機「チャンドラヤーン」の功績で広く一般に知られるようになりましたが、以前からロケットと人工衛星を自国で生産でき、他国の人工衛星の打ち上げも請け負っている、世界でも有数の宇宙開発国です。

94年に独自開発のロケットPSLVによって資源探査衛星と通信衛星の打ち上げに初めて成功すると、08年には月探査機「チャンドラヤーン1号」の月周回軌道への投入に成功し、探査活動を行いました。14年にはアジア初の火星周回軌道への衛星投入に成功しています。

インドの宇宙開発事業は中国をライバル視しており、ロシアや欧米諸国などとの国際協力も積極に行って世界の主導的立場に食い込もうとしています。

IT産業では残念ながらインドに遅れをとってしまった日本ですが、成功すれば日本初、世界で5番目となる月面着陸を目指す小型月着陸実証機(SLIM)などを搭載したH2Aロケットが、近々、種子島宇宙センターから打ち上げられる予定です(本来は8月28日に打ち上げられるはずだったが、天候不順で中止)。

この月面着陸では、日本は世界初となる誤差100m以内の"ピンポイント着陸"を目指しています。ぜひとも成功させて、宇宙開発事業では世界で存在感を示してほしいですね。

「チャンドラヤーン3号」の月面着陸を確認し、管制室から一斉に歓声が上がる様子。モディ首相も祝福


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