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東金市女児殺害事件から15年──「不審者探し」の副作用と、日本の防犯対策に欠けた視点とは?

ニューズウィーク日本版 2023年9月4日 16時55分

<「不審者」を探すパトロールに意味はない。事件の現場には共通点がある。効果的で、副作用を起こさない防犯対策とは?>

千葉県東金市で2008年、路上で、保育園児(5歳)の遺体が全裸の状態で発見された事件は、今月21日で発生から15年を迎える。そこで今回は、この女児殺害事件を素材にして、犯罪予測の方法を考察してみたい。

危険は予測できれば回避できる。犯罪もまた然り。予測できれば予防できるはずだ。問題は、どのようにして予測するかである。

日本では、「だれ」が犯罪を企図しているかを見極めることによって、犯罪を予測しようとしている。そのため、学校では、子どもたちに「不審者に気をつけて」と教え、地域では、不審者を探すパトロールが行われている。

しかし、不審者という名の「危ない人」から、犯罪を予測することは不可能に近い。なぜなら、危ないかどうかは「人」の姿を見ただけでは分からないからだ。「人」の心の中は見えないし、「危ない人」はできるだけ目立たないように振る舞うはずである。また、まだ犯罪をしていない「人」を犯罪者扱いすると、人権侵害になる。さらに、子どもに不審者を発見せよと無理な要求をすると、この世は敵だらけと思わせてしまい、周りの大人を信じられない子どもが増えてしまう。

犯罪は「成功しそうな場所」で起こる

このように、「不審者」に注目するやり方は、防犯効果が期待できず、副作用さえ起こす。したがって、この方法は間違っていると言わざるを得ない。正しい方法は、防犯効果が期待でき、しかも副作用を起こさないものだ。それは、見ただけで分かる「危ない場所」に注目するやり方で、「犯罪機会論」と呼ばれている。

犯罪学では、人に注目する立場を「犯罪原因論」、場所に注目する立場を「犯罪機会論」と呼んでいる。海外では、犯罪原因論が犯罪者の改善更生の分野を担当し、犯罪機会論が防犯の分野を担当している。

犯罪機会論とは、犯罪の機会を与えないことによって犯罪を未然に防止しようとする考え方だ。ここで言う犯罪の機会とは、犯罪が成功しそうな状況のこと。つまり、犯罪を行いたい者も、手当たりしだいに犯行に及ぶのではなく、犯罪が成功しそうな場合にのみ犯行に及ぶと考えるわけだ。

とすれば、犯罪者は場所を選んでくるはずである。なぜなら、場所には、犯罪が成功しそうな場所と失敗しそうな場所があるからだ。犯罪が成功しそうな場所とは、目的が達成できて、しかも捕まりそうにない場所。そんな場所では、犯罪をしたくなるかもしれない。逆に、犯罪が失敗しそうな場所では、普通は犯罪を諦める。

こうした視点から、犯罪機会論では、犯罪者が選んだ場所、つまり犯罪者が犯罪に成功しそうだと思った場所の共通点が研究されてきた。その結果、犯罪者が好む場所は、「(だれもが)入りやすく、(だれからも)見えにくい場所」であることが分かった。

「入りやすい場所」では、簡単に怪しまれずに標的に近づくことができ、犯行後すぐに逃げられそうなので、捕まりそうな雰囲気はない。一方、「見えにくい場所」では、気づかれたり、邪魔されたりすることもなく、犯罪を完結できる。また、目撃されにくく、警察に通報されることもなさそうなので、捕まりそうな雰囲気がない。

このように、だれもが入りやすく、だれからも見えにくい場所は、犯罪者も入りやすく、犯行が見えにくい場所なので犯罪者に好まれる。ほとんどの犯罪は、この「入りやすく見えにくい場所」で起きている。犯罪の予測にとって必要なことは、「入りやすい」「見えにくい」というキーワードを意識し、この「物差し」を使いこなせるようになることである。

「人目につきやすい場所」の落とし穴

ところが、ほとんどの人はキーワードの重要性に気づいていないのが現状だ。このことは、冒頭で触れた千葉県東金市の女児殺害事件についても確認できる。

東金市女児殺害事件の現場 筆者撮影

東金の事件について、マスコミは、「現場は人目につきやすい場所」「四方八方が見渡せる」などと報じたが、現場は物理的にも心理的にも「見えにくい場所」だ。しかも、そこは、07年に兵庫県加古川市で、小学2年生の女児が刺殺された場所に驚くほどよく似ている。

東金と加古川の遺体発見現場のどちらも、真向かいには一戸建ての住宅がある。しかし、それ以外から人の自然な視線が注がれることは期待できない。というのは、東金の現場は、資材置き場、公園、および空き地に囲まれ、加古川の現場も、空き地と空き家に囲まれていて、だれにも見てもらえそうにないからだ。

東金事件の現場 筆者撮影

加古川事件の現場 筆者撮影

どちらも真向かいに住宅があるものの、道路にはカーポートが接しているため、その分、建物が後退していて視線が注がれにくくなっている。より重要なことは、1カ所からの視線が確保されているだけでは「見えやすい場所」にはならないということだ。

犯罪者は、同時に2カ所からの視線の有無は確認できない。そのため、2カ所から自然な視線が注がれている場所では犯行をためらう可能性が高い。しかし、1カ所からの視線の有無であれば容易に確認できる。したがって、自然な視線を期待できるのが1カ所しかない場所では犯行をためらう可能性は低いのだ。

このように、東金と加古川の遺体発見現場は、どちらも、物理的に「見えにくい場所」であるが、それだけでなく、そこは心理的にも「見えにくい場所」だった。なぜなら、東金の現場周辺には、おびただしい落書きがあり、加古川の現場周辺にも、おびただしい不法投棄ゴミがあったからだ。

最も象徴的なのは、東金の現場の斜め向かいにある公園の側溝にも、加古川の現場横の空き地にも、放置自転車があったことである。放置自転車は、割れ窓理論が重視する「無関心のシグナル」の一つ。それが多いと、心理的に「見えにくい場所」になるというのだ。

東金事件の現場近くにあった放置自転車 筆者撮影

加古川事件の現場近くにあった放置自転車 筆者撮影

割れ窓理論とは、「管理が行き届いてなく、秩序感が薄い場所では犯罪が起きやすい」という理論で、犯罪機会論のソフト面(心理面)を担っている。

割れ窓理論は、地域に目を向け、その秩序の乱れを重視する。それは「悪のスパイラル」と呼ばれる心理メカニズムを想定しているからだ。秩序の乱れという「小さな悪」が放置されていると、一方では人々が罪悪感を抱きにくくなり(悪に走りやすくなり)、他方では不安の増大から街頭での人々の活動が衰える(悪を抑えにくくなる)。そのため、「小さな悪」がはびこるようになる。すると、犯罪が成功しそうな雰囲気が醸し出され、凶悪犯罪という「大きな悪」が生まれてしまうというわけだ。

地域安全マップで景色解読力を高める

このように、事件現場を検証すると、同じような犯行パターンが繰り返されていることが分かる。したがって、この犯行パターンを読めれば、そこから類推して、犯罪者が次に選ぶ場所、つまり、犯罪発生の確率が高い場所を見抜くことができるはずだ。そして、それを導くのが、「入りやすい」「見えにくい」というキーワードである。

犯罪が起きやすい場所は、このキーワードを意識すれば、だれでも発見できる。しかし、「危ない人」に取りつかれていると、なかなか発見できない。そこで必要になるのが、「危ない場所」を探す「地域安全マップづくり」である。地域安全マップを作れば、だれもが、いつの間にか、人から場所へ視点が転換し、犯人目線に立って、犯罪者が好む場所が分かるようになる。

地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を風景写真を使って解説した地図である。具体的に言えば、(だれもが/犯人も)「入りやすい場所」と(だれからも/犯行が)「見えにくい場所」を洗い出したものが地域安全マップだ。だれでも楽しみながら「犯罪機会論」を学ぶことができ、その過程で「景色解読力(危険予測能力)」が自然に高まる手法として、02年に筆者が考案した。

この地域安全マップづくりを疑似体験する動画がある。アニメーションを見ながら、仮想の街を歩き回り、景色を見て考える。フィールドワークの過程で、景色解読力が自然に高まる内容だ。家族でチャレンジしてみてはいかがですか。

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