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東京には本当に「地域」がないのか?...サントリー地域文化賞選考委員座談会(中)

ニューズウィーク日本版 2023年9月20日 10時42分

<サントリー文化財団の「サントリー地域文化賞」選考委員を約20年務めた、佐々木幹郎、田中優子、藤森照信の三氏に同じく選考委員を務める御厨貴が聞く。中編は、地域における女性の力と首都圏の「地域」について。『アステイオン』98号より「面白ければこそ! 地域文化賞の味わいを楽しんだ20年」を転載> 

※第1回:梅棹忠夫と下河辺淳とともに「遊びのある地域文化」を探し出した...サントリー地域文化賞選考委員座談会(上)から続く

踏みとどまる力・持続する力

佐々木 『サントリークォーター(※2)』の取材で、かつて「地域文化賞」を受賞された地域を回りました。

受賞10年後にどうなっているかということを含めて面白かったのですが、長続きしている地域の文化については、世代交代がうまくいっているかどうかという観点で見てしまいがちです。

ところがそんなことより大事なことがある。中心になって演説したり挨拶したりするのは男たち。

でも、人が集まって何かをするときには必ず裏で支えているのは女性だということ。どの地域でも女性がものすごく活発で面白い。そこを見ないと人の集まりというものが持つ力は見えないと痛烈に思いますね。

御厨 ずっとご覧になっているうちに、それが確信になったわけですね。

佐々木 確実にそうです。だから、行くたびに「ちょっと奥さんに会わせてください」とか「奧さんの話も一緒に聞きたい」と言うようにしていました。

2000年の高知県赤岡町(現・香南市)の絵金祭りと絵金歌舞伎(※3)。行ったら仕切っているのは一人の女性。

舞台に出るのは男たちだけど、その女性がまちの人たちに「ちょっとやんない?」と声を掛ける。その勢いに誘われて入り込んだら面白くなっちゃって、という人たちが集まっていた。

彼女のプロデュース力と魅力。ああ、坂本龍馬のお姉さんはすごかったんだろうな、とよくわかるような気がしました。

田中 「こんなもの価値がない」と言ったらおしまいになっちゃうんですよね。絵金って嫌いな人は嫌いですから。

藤森 血みどろでえげつないってね。

田中 その絵金を「祭りとして毎年保っていこう」とする情熱ってすごいですね。お話を伺っていて、徳島の「阿波木偶箱まわし保存会(※4)」を思い出しました。

もともと中心の男性がいらして、その方のおばあさんがやっていたのが、あるとき途切れてしまった。誰もやらなくなっていく過程で2人の女性が引き取り、それを復興して今に至っています。

絵金も箱まわしも「こんなものくだらない。もういいよ」と言わずに踏みとどまる。地方の女性たちには、料理を作るとか宴会の準備をするとかだけではなくて、そういう力があるんじゃないか。権威なんか関係ない。

「面白いから」「自分たちを活気づけてくれるから」、それから「女同士で何かができるから」。そういうところに価値を見出している。

藤森 確かに、持続することの意義というのは普通はほとんど目立たない。変えなくていいのだから。だけど、持続することが人間にとって決定的に大事なのだということを、女の人は知っているんじゃないか。

田中 新しいものに飛びつかなくても構わないと。

藤森 新しいものは怪しいと思っている。近代化において「新しいことは良いこと」だったけれど、実はそうでないところが支えてきた。柳田國男のような人たちはそこに関心があったわけですよ。女性のほうが、人間を支えている変わらないところへの感性というか関心が高いのかなと思います。

御厨 女性の「何があっても踏みとどまろうとする力」、これは一見保守的にも聞こえるけれどそうじゃないんだと考えると、女性の選考委員がさらに増えれば選ぶものが違ってくる可能性がありますね。

推薦・選考システムの課題

藤森 田中さん、そういう目で見たときに、選ばれたもののなかに違和感を持ったものはありますか。製鉄なんかどうですか。私はものすごく面白かったんだけど(※5)。

田中 製鉄は面白いと思いました。ものづくりは面白い。しかも、普通は「新しい技術が出てきたからもういいや」となってしまうところを、「そうじゃない」と言うわけですし。そもそも、この賞には新しいものに飛びつくようなものは入ってこないですよね。

御厨 発見されていなかったものが発見される、という賞ですね。

佐々木 ただ、面白みがあるものが候補に挙がってこなかったり、同じような伝統芸能にプラスアルファしたものが多かったりと、年によって差がありましたね。候補を推薦するシステムの見直しもこれからの課題だと思います。

御厨 今は、地域の新聞社とNHKが候補を推薦するシステムですね。

佐々木 今のままでよいのかというのは以前からの課題です。また、推薦する側にも固定観念が生まれてきているなか、それを突破する難しさもあります。

御厨 いま「持続する」意義というお話がありました。地域文化の存続年月で言うと、最初は20年あるいは15年以上持続しているものが対象でしたが、今は「とにかく対象にしないと地域文化が途絶えてしまう」という危機感で出すこともある。

ほんの少し前にできたものにも目を向けざるを得ない状況です。そういうものを授賞対象としていいのかということもまだ検証されていません。

藤森 偏りの問題が典型的に現れているのは、例えば東京都。東京都の受賞は、2022年の「かいぼり」を入れて4つですよね(※6)。圧倒的に人口の多い東京都からほとんど出ていないのは、どこか偏っているとしか思えない。

東京に地域文化がないということは絶対にないと思う。お祭りをやれば異常なほどの人数が集まります。多くの人が、皆であるいは地域に属して何かをすることを求めているのに、それがうまく捉えきれていないのではないかと思う。

佐々木 東京は難しいですね。イベント的に集まるというと思い出すのは、渋谷のハチ公前交差点での若者たちの大騒ぎ。

御厨 祭りなんですね。

佐々木 でも、そのお祭りはメディアの存在によって成り立つものですね。地域文化の文化たるゆえんは、メディアがなくても人が集まるということ。そういう文化を見つけることがわれわれの骨太の発想だったと思うんです。

世界各国どこでも良いものは残る。人間はそういうものがなければ生きていけないというか、そういうエネルギーがあってこそ励まされる。人類はそうやって生きてきた。

藤森 そういう人類の気持ちを、東京をはじめ、都会でどうやってすくっていったらいいのか。日本人口の相当の割合が都市圏に集中しているわけでしょう。

佐々木 都市圏が地域と言えるのかどうかというのも難しいね。

田中 東京って、割に小さい単位でそういうお祭りをやっていますね。浅草でも、浅草寺の裏に猿若町という通りがあります。江戸三座があった芝居町です。

猿若町という名称は正式には残っていないのに、町内の人たちがお祭りをやる。そして吉原の催物をやると吉原町内の方たちが出てくる。すごく小さな単位だけれども、「失いたくない気持ち」がどこかにある。

江戸時代から続いている家もまだあって、新しく来た人を巻き込みながらほそぼそとやっています。探せば見つかると思いますね。

佐々木 詩の世界でそういうことが現存する例として、隅田川の桜並木があります。吉岡実さんから始まって、あそこを描いた戦後詩人たちには土手で出会った世界がずっと残り続けるんですね。

僕の好きな辻征夫さんも隅田川を描いた。小さいときに大好きだった女の子が芸者になってしまって、芸者になったその子とその土手の上で出会って交わした会話を詩にしたり。墨堤(ぼくてい)はものすごい地域文化だったんだなと。

御厨 ああ、墨堤がね。

佐々木 東京はそういう文化を強烈に残していて、戦後詩の大事な作品の中にもそういうものが包まれてずっとある。東京で地域文化を探すときには、そういう視点も必要だと思いますね。

エネルギーを感じさせる土地とそうでない土地というものがあるとしたら、東京は余りにも全国共通になり、それが薄められちゃった。でも、ひだのようなところに濃密にたまっている地域文化はあると思います。

御厨 まあ、東京といえば、神奈川もそうですよね。それに同じ視点で見ていくと、関西―京阪神でも都市化で薄められたものを発掘する。そこに地域文化が見えてくる契機はあるような気がしますね。

※第3回:コロナは「地方」と地域文化に影響を与えた...サントリー地域文化賞選考委員座談会(下)に続く

[注]
(2) 年4回発行のサントリーのPR誌。1979年〜2009年発行。
(3) 2000年 高知県香南市 土佐絵金歌舞伎伝承会│地元に伝わる絵金の屏風絵に描かれた歌舞伎の演目を住民が演じる
(4) 2017年 徳島県徳島市 阿波木偶箱まわし保存会│消滅の危機にあった貴重な伝統芸能を継承、調査・研究と普及活動を展開
(5) 2017年 岡山県新見市 新見庄たたら学習実行委員会│中世たたら製鉄を市民参加で再現し、地域のものづくり文化を学習
(6) ①1988年 東京都墨田区 下町タイムス社│ミニ・タウン紙発行を軸とした下町文化再発見と活性化の試み
   ②1992年 東京都文京区 谷根千工房│地域雑誌の刊行を中心に、地域の歴史と文化を掘り起こすコミュニティ活動
   ③2004年 東京都武蔵野市 武蔵野中央公園 紙飛行機を飛ばす会連合会│広大な原っぱのある公園に愛好家が集い、紙飛行機を通じたコミュニティを形成
   ④2022年 東京都武蔵野市 生態工房│各地の「かいぼり」を支援し、地域住民による豊かな水辺再生を先導

御厨貴(Takashi Mikuriya)
1951年生まれ。東京大学先端科学技術研究センターフェロー、東京大学名誉教授。東京大学法学部卒業。専門は近代日本政治史、オーラル・ヒストリー。東京大学先端科学技術研究センター教授などを歴任。「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」座長代理。TBS『時事放談』司会者でもあった。著書に『平成風雲録』(文藝春秋)、編著に『天皇退位何が論じられたのか──おことばから大嘗祭まで』(中公選書)、『舞台をまわす、舞台がまわる──山崎正和オーラルヒストリー』(中央公論新社)、『天皇の近代』(千倉書房)など多数。2018年紫綬褒章受章。

田中優子(Yuko Tanaka)
1952年生まれ。法政大学名誉教授。法政大学文学部日本文学科卒業。同大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。法政大学社会学部教授、社会学部長などを経て法政大学総長、2021年退任。専門は日本近世文学、江戸文化、アジア比較文化。2005年紫綬褒章受章。著書に『江戸の想像力』(ちくま学芸文庫)、『江戸百夢──近世図像学の楽しみ』(ちくま文庫、サントリー学芸賞)、『遊廓と日本人』(講談社現代新書)など多数。

藤森照信(Terunobu Fujimori)
1946年生まれ。東京大学名誉教授。東京大学建築学専攻博士課程修了。東京大学生産技術研究所教授、工学院大学建築学部教授等を歴任。専門は建築史学。著書に『建築探偵の冒険・東京篇』(筑摩書房、サントリー学芸賞)、『タンポポ・ハウスのできるまで』(朝日新聞社)、『天下無双の建築学入門』(筑摩書房)、『歴史遺産 日本の洋館』(講談社)など多数。

佐々木幹郎(Mikiro Sasaki)
1947年生まれ。詩人。東京藝術大学大学院音楽研究科音楽文芸非常勤講師を務める。『蜂蜜採り』(書肆山田、高見順賞)、『明日』(思潮社、萩原朔太郎賞)、『鏡の上を走りながら』(思潮社、大岡信賞)、『中原中也』(筑摩書房、サントリー学芸賞)、『アジア海道紀行──海は都市である』(みすず書房、読売文学賞)など著書多数。

 『アステイオン』98号

  特集:中華の拡散、中華の深化──「中国の夢」の歴史的展望
  公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
  CCCメディアハウス[刊]

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