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プーチンの最強兵器「プロパガンダ」が機能不全に...ちぐはぐな報道、ロシアではびこる原因とは

ニューズウィーク日本版 2023年9月7日 12時30分

<国内外に虚偽情報を流し世論を操ってきたプーチンの最強マシンにほころびが生じ始めた>

ロシアのプロパガンダ機関は、広範囲に及ぶその影響力と世論操作の巧みさで知られる。ソーシャルメディアを兵器化し、欧米の選挙に介入。「文化戦争」と呼ばれるアメリカの保守vsリベラルの対立や政治的分断をあおってきた主要プレーヤーでもある。

国内の世論操作も抜かりない。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は以前から国営メディアの再編を進め規制を強化し、政権批判を圧殺してきた。プーチンの報道官であるドミトリー・ペスコフが毎週、主要紙の編集長と会合を持ち、報道内容に一貫性を持たせていると伝えられている。どういう路線でどういう記事を載せるか、編集方針にも「内密の指示」が出されるというのだ。

だがウクライナ戦争における作戦の失敗と混乱が、プーチンの政治宣伝マシンに生じた亀裂の拡大を浮き彫りにした。国営メディアは戦争の大義を国民にうまく説明できていない。戦闘が長引き終わりが見えないなか、つじつまの合わない報道が増え、国民に知られてはまずい真実をぽろりと漏らすようにもなった。

国営メディアの混乱がピークに達したのは6月に起きた「ワグネルの乱」の後だ。ロシアの民間軍事会社ワグネルとその創設者エフゲニー・プリゴジンはウクライナ東部の要衝バフムートを占領した手柄などでロシアの英雄扱いされていたが、反乱を起こしたからには「裏切り者」の烙印を押さざるを得ない。それでもロシアの一部政治家やメディアは反乱を大したことではないように見せかけようとした。プーチンは反乱収束後、プリゴジンとワグネルの指揮官らと会談したが、ペスコフは当初この事実を否定。その後に渋々認めるという失態を演じた。(編集部注:プリゴジンは搭乗機の墜落で8月23日に死亡)

ロシア版「大本営発表」と現実の戦況との違いがこれまで以上に明らかになり、公然の秘密となっても、プーチンは「鉄の統制」を緩めようとしなかった。だが国民の間に不信感が高まり、長期的にはプーチンの統制が崩れる可能性があることは、一部の観測筋の見解や最近の世論調査の結果から容易に推測できる。

「体制が不安定だと、いろんな場所にほころびが生じ、問題が起きるものだ」と、今はロシアでの放送が禁止されているロシアの独立系テレビ局ドーシチの編集局長ティホン・ジャドコは言う。「戦争の終わりが見えない状況で、ロシア政府とプロパガンダ機関の連中も自軍が押され気味なことに気付いている。開戦当初に占領した地域を失いつつあることも分かっているはずだ」

激戦地バフムートで発射されるウクライナのロケット砲 DIEGO HERRERA CARCEDOーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

バフムート陥落に難癖を

一方、ロンドン在住の政治学者マーク・ガレオッティは違う見方をしている。許容範囲内なら反対意見の表明を許し、多様な見解があるように見せかけるのはプーチン政権の常套手段だというのだ。「部下たちが全員、自分に忠実なら、部下たち同士が争うのは結構なことだというのが、プーチンの流儀だ」と、ガレオッティは言う。

プーチンの長年の腹心だったプリゴジンは、反乱に至る何カ月かの間、プーチンが始めた戦争を最も声高に批判していた。ついにはメッセージアプリのテレグラムで戦争は偽りの口実で開始され、ロシア政府の高官たちは腐敗し無能だとまで断じた。ロシア、ウクライナ双方の民間人が殺され、「何も知らないおじいちゃん」(プーチンを指すらしい)は蚊帳の外に置かれている、というのだ。

6月24日、プリゴジンはワグネルの戦闘員たちと共に首都モスクワを目指した。あっけなく終わったこの反乱で、ワグネルはロシア南部の2つの軍事拠点を掌握し、首都まで200キロ圏内まで迫ったが、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の仲介で矛を収め撤収した。

この一連の不可解な動きに対し、ロシアの国営メディアの混乱ぶりは目に余るほどだった。「プリゴジンとワグネルは国家の英雄であり、成果を上げていた。だが突然この珍事が勃発し、彼らは首都に進軍する裏切り者となった」と、ロシアのプロパガンダ機関に詳しい米シンクタンク・ランド研究所の研究員クリストファー・ポールは言う。「虚偽にまみれた公式報道もこの事態をどう扱えばいいのか途方に暮れたようだ」

反乱とその影響についての報道で、プーチンの政治宣伝マシン内部の足並みの乱れや方向性の欠如が露呈した。一部の国営メディアは手のひらを返したようにプリゴジンを酷評。バフムートの重要性に難癖をつけ、この都市の掌握になぜ200日余りもかかったのかと疑問を呈した。

5月に国営テレビはこぞってバフムート陥落の「歴史的な意義」を強調していたが、政府系の第1チャンネルは6月30日、バフムートは「最前線の最も重要な都市ではない」と報じ、ロシアの正規軍は昨年ウクライナ東部のマリウポリをはるかに短期間で陥落させたと付け加えた。

メディアの報道の方針に介入しているとされるペスコフ報道官(左)とプーチン MIKHAIL SVETLOV/GETTY IMAGES

一方で、プリゴジンの肩を持つような報道をするメディアもあった。国営のメディアとテレビも反乱においてほぼ「血は流れなかった」とする立場で、「(ワグネルは)誰を攻撃したわけでも何を壊したわけでもない」し、「何も悪いことはしていない」というロシア下院国防委員会のアンドレイ・カルタポロフ委員長の発言を報じた。カルタポロフは軍出身で、プーチンの与党、統一ロシアの重鎮でもある。

それと対照的だったのが、ロシア政府寄りのブロガーや、テレビ番組にゲスト出演した人々の一部の発言だ。彼らの中には少数ながら、反乱で死んだ十数人のパイロットは何のために命を落としたのかと問いかけ、罰せられるべきは誰か明らかにすべきだと主張する人々もいた。

ロシア下院国防委員会に属するアンドレイ・グルレフはロシアのテレビ局RTVIに対し、ワグネルは「わが軍の兵士の死」の責任の「100%を負う」ことになるだろうと述べた。国営テレビの「ロシア1」のトーク番組『60分』の司会を務めるエフゲニー・ポポフはプリゴジンのことを「反逆者」と呼んだ。

プーチンは2回にわたってテレビに短時間、「生中継」で出演した。それも同時に、別々の場所からだった。テレビ局側からの説明はなく、「プーチン影武者説」を勢いづける結果となった。

プリゴジンの乱は、ロシア政府の宣伝マシンの欠陥を白日の下にさらした。だがウクライナ侵攻が始まって間もない頃から、その欠陥は目につき始めていたし、侵攻が泥沼化するなかで傷口は広がっていった。

侵攻開始直後の昨年3月、ロシア政府は、ロシア軍に関する「フェイクニュース」を意図的に拡散した場合に最長で禁錮15年の刑に処するという法律を作って情報統制を強化しようとした。それ以来、この「戦争=フェイクニュース法」はプーチンと主張の合わない人々を弾圧するのに使われている。この法律ではメディアがウクライナ侵攻のことを「戦争」と呼ぶのも禁じられており、国営メディアはプーチンの言う「特別軍事作戦」という用語を使っている。

「プーチンの声」ソロビヨフ GETTY IMAGES

宣伝工作の指導と解釈にずれ?

だが侵攻開始から半年がたった頃には、国営テレビでも「戦争」という言葉を耳にするようになっていた。口火を切ったのは、ロシア政府寄りで、「プーチンの声」とあだ名される人気司会者のウラジーミル・ソロビヨフだ。その後、複数の司会者やゲストたち、それにセルゲイ・ラブロフ外相やプーチン自身まで、この言葉を使うようになった。

「あえて統一しないほうがいいという考えでそうしたケースもあるだろうが、組織的な欠陥という面もある」と、ランド研究所のポールは言う。「紙媒体とテレビメディアの間にはたぶん、統制のメカニズムに違いがあるのだろう。そして異なる指揮が広がったり、組織の中の中間管理職や指導者や官僚の間で解釈違いが起きたのかもしれない」

侵攻開始直後に政府の弾圧の犠牲になったのが独立系テレビ局のドーシチだ。ウクライナ報道をめぐり、「戦争=フェイクニュース法」によって当局から放送を禁じられたのだ。昨年3月上旬の最後の番組では、スタジオからスタッフが「戦争にノー」と言いながら去って行く様子が生中継で放送された。

「戦争の始まりが、ロシアにおけるドーシチの終わりの始まりであることは、明らかだった」と、ドーシチのジャドコは言う。ドーシチは現在、オランダを拠点に運営されている。

ジャドコによれば、ロシア政府によるメッセージ発信の失敗は、戦争自体の性質と目的をめぐる根本的な「混乱」に端を発している。「こうしたずれは最初からあったし、その理由は明らかだ。ロシアがなぜ(戦争を)始めたのか誰も理解していないからだ」とジャドコは言う。「政府ですら分かっていないし、ロシア政府の宣伝工作(部門)はさまざまな事態にどのように反応すべきか理解するのに悩み、状況の変化に付いていこうと必死だ」

「ウクライナを『非武装化』するという話もそうだ。ウクライナの軍事増強がこれまでになく進んでいると(プーチンは)言うけれど、それはこの『作戦』がうまくいっていないということだ」とジャドコは言う。

ロシアメディアの報道によれば、今年6月に連邦議会のコンスタンティン・ザトゥリン議員も、政府はウクライナ侵攻における目標を達成できていないという趣旨の発言をしたという。昨年12月には、政府寄りのテレビ司会者オリガ・スカベエワが、ウクライナにおける戦争は「あらゆる面で」ロシアを「疲弊させ」ており、多くのロシア人は戦争を終わらせたいと思っているとまで国営テレビで発言。だがザトゥリンもスカベエワも起訴されたりはしていない。

14年のワシントンでの抗議デモ CHIP SOMODEVILLA/GETTY IMAGES

原因は「アップデートの失敗」

こうした逸脱は自由化やメディアへの締め付け緩和を示すものではないと、専門家はクギを刺す。

政治学者のガレオッティによれば、ロシアの国営メディアには通常「多様な意見」が存在する余地があるものの、「範囲はかなり狭い」と言う。「これは愚かな戦争だった、すぐに撤退すべきだと、実際に口に出して言える人間はいない」

ランド研究所のポールは、「ロシア政府のさまざまな部門が言いたいことを理解するのに時間がかかる」こともあると指摘する。「この種の矛盾は、プロパガンダ機関のさまざまな部門が広めたいと考える情報や現時点での解釈を、部分的に切り取っているだけの場合もある」

例えばロシア国営通信社RIAノーボスチは今年3月、戦場で負傷し、プーチンが約束した補償金を受け取っていない兵士たちの不満を記事にした。「どこかの組織の誰かが政府からメッセージを受け取っておらず、おそらく誰かが懲罰を受けただろう」と、ポールは言う。

報道官のペスコフは状況に合わせてストーリーを変えるやり手の外交官だが、プリゴジンの乱の直後、当初はロシア政府は「プリゴジンの居場所については何も知らないし、興味もない」と主張した。だが数日後、西側メディアがこの件を取り上げると、プーチンが反乱直後にプリゴジンらと会っていたことを認めた。ロシアの基準でも衝撃的なレベルの手のひら返しだ。

さらにペスコフは6月26日夕方のプーチンの国民に向けた演説について、「真に重要なものだ」と記者団に語ったと、インタファクス通信が報道した。その後、主要報道機関がこぞってこの演説を大げさに報じると、ペスコフはこの発言を否定した。実際、この短い演説は国民に不評で、当局の厳重な監視下にあるはずのロシアのソーシャルメディアでも、政府寄りのメディアやプーチン自身を酷評する声が上がった。

ポールによれば、ロシアのプロパガンダがうまくいっていない理由の1つは「アップデートの失敗」だ。プーチンがクリミア半島を不法に併合した14年には「実にうまく」機能したと、ポールは言う。「おそらく同様のアプローチで同様の成果と成功が得られると期待したのだろう」

クリミア併合は人的犠牲が比較的少なく、国内で支持されていた。だが、今回のウクライナ侵攻とロシア側の苦戦ぶりを国民に売り込むのは、それよりずっと難しい。

コロンビア大学ハリマン研究所のアントン・シリコフによれば、政府のプロパガンダ機関は22年9月、プーチンの「部分的」動員令は軍隊経験のあるごく一部のロシア人に影響するだけだとして国民を説得しようとしたが、この試みは失敗に終わった。大量の男性が徴兵を逃れようと近隣諸国に脱出したのだ。

シリコフは、22年9月のドネツク、ルハンスク(ルガンスク)、ヘルソン、ザポリッジャの4州併合をロシア国民は信じていないとも指摘する。「これらの併合・占領された地域はロシア領だと政府は主張してきたが、大半のロシア人はそれを完全には受け入れていないと思う。当局のプロパガンダはこれらの地域が今や『拡大ロシア』だと国民に信じ込ませることにあまり成功していないようだ」

国民の実感と大きく乖離

この現状はプーチンにとって長期的な問題になり得る。モスクワに拠点を置く超党派の民間調査機関ロシアン・フィールドが行った世論調査によると、「特別軍事作戦」の続行に賛成する意見はわずか45%で、22年4月の前回調査から9ポイント低下した。

一方、ロシアは和平交渉に臨むべきだという回答は44%で前回より9ポイント上昇した。「紛争が拡大し、第2波の動員を伴う場合」という条件を付けると和平交渉派は54%に増えた。

結局のところ、ロシア政府の戦略に一貫性がないため、プロパガンダ機関の担当者はその場その場で即興的に対応せざるを得ないと、ドーシチのジャドコは指摘する。

「ロシア政府が成功していない以上、プロパガンダも成功していない。1日に2~3時間番組を放送していれば、当然誰かが『真実』を口にする。彼らの大半は実情を理解している。彼らとしても、『ロシアは強く、西側は弱い』『ウクライナは弱体化している』などとばかげたことを言い続けるわけにはいかないのだ」

最高レベルのプロパガンダといえども「魔法ではない」と、ランド研究所のポールは指摘する。

「国家が『正しいこと』を語り、正しいメッセージと広報活動でそれを支援するだけでは、外交政策の目標達成は不可能だ。公式発表と国民が実感する現実との間に、ある程度の関連が存在する必要がある」

イザベル・バンブルーゲン(本誌記者)、エフゲニー・ククリチェフ(本誌シニアエディター)

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