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『スラダン』を生んだ井上雄彦は、それでも中国「80後」世代の神

ニューズウィーク日本版 2023年9月6日 12時25分

<それでも中国人がスラダンと原作者を愛する理由ーー 本誌「世界が尊敬する日本人100」特集より>

今年4月20日、映画『THE FIRST SLAM DUNK』は日本より4カ月遅れて中国全土で劇場公開が始まった。前売り券の販売だけで1億元(約20億円)を突破し、興行収入は14日間で6億元(約120億円)に。中国では映画の上映期間は通常1カ月だが、上映延長を3回も申請し、中国の6大映画レビューサイトで平均レビュー9.3を獲得した(10点満点)。つまり中国でも、とにかく『灌籃高手(スラムダンク)』は大人気だ。

1980年代に生まれ、まだ中国に娯楽が少ない時代に育った「80後」世代にとって、アニメ版『スラムダンク』は青春そのものだった。 95年に香港のテレビ局が放映権を獲得。香港、深圳、広州など南方で放送が始まり、98年に中国全土へと広がった。当時の中国の小中学生はほぼ全員と言っていいほど『スラムダンク』でスポーツの感動を味わい、バスケットボールも人気のスポーツになった。

彼らにとっては、学校の授業が終わると走って家に帰ってアニメを見て、また走って学校の自習室に戻るのが日常の光景だった。「学校に遅れる!」と思って走ったら、遅刻した「同志」がいっぱいいて、「自分だけじゃない」とホッとして教室に入る。みんなざわざわとスラダンの話をしてなかなか席に着かず、先生がニコニコして興奮した生徒たちを眺めている――。

家に録画機があるクラスメイトがいると、週末にはその子の家に集まって「再放送」を見る。そのうち、日本語が分からないのに、みんなエンディングテーマ曲の「世界が終るまでは...」を日本語で歌えるようになった。

ミステリアスな原作者

井上雄彦氏 LAURENT KOFFELーGAMMA-RAPHO/GETTY IMAGES

映画が公開される4月に入ると、宣伝の前哨戦が始まり、SNS上でスラムダンク関連のつぶやきが目立ち始めた。

「午前0時の上映、絶対応援しに行くよ〜」「われわれ80後の青春がよみがえった〜」「湘北応援しに行くぞ〜」。街中にはスラムダンクのラッピングバスも走り回り、ショッピングモールの液晶大画面には予告編が流れる。4月15日には北京大学体育館で先行上映され、中国人声優が舞台挨拶した。

80後だけでなく、今回の映画でスラムダンクを初めて知ったZ世代の若者も多いが、 それは中国なりの大胆な試みの成果でもあった。

『THE FIRST SLAM DUNK』は、中国のZ世代が一番集まるSNSアプリQQにあるメタバース空間「スーパーQQショー」でチケットを販売した。ここに期間限定の映画宣伝部屋をつくり、予告編を流してZ世代ユーザー向けに発信。簡単にチケットを買える設定だ。

このメタバース上の宣伝に携わった80後の開発スタッフは「自分の青春をZ世代にも伝えられるとは夢にも思わなかった」と話す。

実は原作者である井上雄彦氏個人に関する中国語の報道は少なく、ファンの中ではミステリアスな「神」と捉えられている。ただ、90年代にテレビアニメが社会現象になってから、 30年近くたった今また映画が社会現象になる作品はスラムダンクしかない。作品の舞台になった江ノ島電鉄の鎌倉高校前駅近くの踏切には、今も中国からの観光客が絶えず訪れる。こんな作品もスラムダンクのほかにはない。

井上雄彦
Takehiko Inoue
●漫画家



府川葵(ライター)

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