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特殊戦司令部の制服脱いだミス・コリア、韓国代表でアジア大会の金目指す ところでカバディって何?

ニューズウィーク日本版 2023年9月24日 8時31分

<ミス・コリアに輝いた美貌の持ち主がほれこんだカバディとは......>

中国・杭州で9月23日から始まったアジア競技大会は、来年のパリ・オリンピックの代表選考にも大きな役割を果たす大会として、参加各国の選手の熱戦が期待されている。

一方ではあまり知られてはいないもののアジアに根ざした競技として盛り上がりが期待される競技もある。その一つがインド発祥のスポーツ「カバディ」。今、韓国では2019年のミス・コリアで、その後韓国陸軍の特殊戦司令部(米軍のグリーンベレーに相当)に将校として服務していた異色の経歴をもつカバディ国家代表ウ・ヒジュン選手が注目を集めている。アジア経済、東亜日報など韓国メディアが報じた。

運命の出会い

身長173センチ、59キロで運動神経が抜群、しかも英語・中国語などの外国語にも長けている。そんな才色兼備を絵に書いたような存在が、韓国のカバディ女子国家代表ウ・ヒジュン選手だ。幼い頃に父親が運営していた道場でテコンドーを習ったのを皮切りに、小学校時代は陸上のハードル競技、中学・高校ではチアリーディングに熱中。高校では交換留学でアメリカに行き、チアリーディングの世界大会にも出場した。

高校卒業後は、大学の随時募集と韓国観光公社の入社試験に同時合格したウ・ヒジュンは、韓国観光公社史上初の高卒社員になる道を選択。ところが入社後6カ月で「もっと広い世界に会いたい」と辞表を提出して海外旅行にでかけた。その旅の途中で寄ったインドでカバディと運命的な出会いを果たした。

「インドの子供と道端にチョークで線を引いてコートにしてカバディをやってみました。この種目なら私が得意な瞬発力を生かして、国家代表にもなれる気がしました」と当時を振り返る。

ウ・ヒジュンが、国家代表になりたかったのは父ウ・ウォンジェのためだった。父は彼女が中学生になったころ、テコンドー道場をたたみ警察官として勤務していたが、ある日事件が起きた。

「父が性犯罪者に刃物で刺されて、へその上に長さ10cmぐらいの傷ができたんです。母は『安定している仕事を辞めて、こんな苦労するなんて』と言いましたが、父は『俺がこんなに熱心に国を守っているから、お前たち家族も安心していられるんだ』と答えました。その時から私も国のために役立つことをしたいという夢ができたんです」とウ・ヒジュンは語った。

チームメイトについていけない......

ウ・ヒジュンはインドから帰国するとすぐに釜山にある韓国カバディ協会に連絡をとって「そんなに好きなら一度習ってみなさい」という返事をもらい、さっそく釜山に引っ越して練習を始めた。しかし、カバディは瞬発力だけで通用する種目ではなかった。カバディを始めて2年後の2015年国家代表チーム入りを果たしたが、チームメイトたちの筋力訓練に付いていけなかった。ベンチプレスではプレートを1枚も付けていないバーだけの状態(20kg)ですら持ち上げられないほどだった。

ウ・ヒジュンは1年間ダンベルを使って筋トレに励み、ベンチプレスでもプレートを60kgまで増やした。筋力がついたことで身長(172cm)に比べて長い足(110cm)を利用したバックキックもそれまで以上に強力な技になったという。こうしてウ・ヒジュンは2016年釜山で開催された第4回アジア女子カバディ選手権大会に韓国代表チームの一員として出場、金メダルを獲得した。韓国女子チームがアジア選手権大会で優勝したのはこの時が初めてだった。

2016年蔚山(ウルサン)大学に入学したウ・ヒジュンは2018年にもカバディ国家代表としてインドネシアで行われたジャカルタ・パレンバンアジア大会に出場、韓国はこの大会で歴代最高成績の5位という結果を残している。

後輩のいたずらでミス・コリアへ

2018年のアジア大会が終わった後、ウ・ヒジュンはまた新しい分野で挑戦を始めた。大学の後輩たちが本人には内緒でミス・コリアに書類を送り、予選を合格したのだ。突然の出来事に戸惑ったウ・ヒジュンだったが「マイナースポーツであるカバディのことを多くの人に知ってもらえるいい機会だ」と考え直して出場を決意した。

普通はミス・コリア出場者は優勝目指して高額な費用をかけてウォーキングやスピーチなどのレッスンを受けるものだが、ウ・ヒジュンはそんなことはまったく知らずに予選前日までカバディの練習をしていた。予選当日もドレスではなく、白いTシャツにジーンズ、肌はカバディの練習でこんがりと小麦色という姿で審査員たちを驚かせたという。しかし、そのひと味違う魅力が好感を与え、見事決勝への出場が決定。

そしてウ・ヒジュンは、決勝では700倍の競争率を勝ち抜いて準優勝に相当するミス・コリア善に選ばれた(ミス・コリアは金メダル相当の「真」、銀メダル相当の「善」、銅メダル相当の「美」という3つの賞がある)。さらに同年、各国のミスコン代表が集まる「ミス・アース」に韓国代表として参加。韓国人としては初めてタレント賞、スポンサー賞の受賞も果たしている。

ミス・コリアから特殊戦司令部の将校へ

さらに、ウ・ヒジュンは「国の役に立ちたい」というかねてからの願いを実現するため大学で予備役将校訓練課程を経て、卒業後は陸軍少尉に任官。2021年から第23歩兵師団飛龍旅団偵察中隊小隊長として服務、その後、陸軍特殊戦司令部国際平和支援団に所属した。2022年9月には通訳将校としてレバノンに派遣されるなどしたが、2023年5月初めに韓国に復帰後、6月30日中尉で除隊した。

除隊を希望した理由はもちろん、カバディのためだ。中国・杭州で開催されるアジア大会に向け完璧な準備をしたいと思っていたからだ。

ウ・ヒジュンは「2018年ジャカルタ-パレンバン大会のとき、父が警察の仲間とプラカードを作って、スマホ越しに応援してくれたことが今も鮮明に記憶に残っている。メダルを獲得できなかった結果には、私より父の方が悔しがっていました。今回のアジア大会では必ずメダルを獲得して、父の首にかけて上げたい」と話している。

ところでカバディって何?

カバディは鬼ごっこ、ドッジボール、格闘技を融合させたようなスポーツだ。攻撃手(レーダー)1人が守備陣地に侵入して相手をタッチした後、自陣に戻ればタッチした相手選手の数ほど点数を得る。タッチされた選手はアウトとなる。守備チームも攻撃制限時間30秒以内に相手のレーダーが自陣に戻ることはできないように防げば、レーダーをアウトさせることができる(1点)。男子部の試合は前・後半各20分、女子は各15分で勝負を決める。

カバディはインドの古代叙事詩「マハーバーラタ」でアビマニュ王子が敵軍7人に包囲されて戦死したという話にルーツをもつ競技だ。そのため1チームの出場選手が7人になっている。競技名の「カバディ」はヒンディー語で「息を我慢する」という意味だ。レーダーは、相手陣営でずっと「カバディ、カバディ、カバディ....」と声を上げなければならない。違反すれば相手に点数(1点)と攻撃権まで奪われる。

アジア大会では1990年北京大会から正式種目になった。韓国のカバディ国家代表チームは男子が2014年仁川大会で銅メダル、2018年ジャカルタ-パレンバン大会で銀メダルを獲得した。女子はまだアジア大会ではメダルを獲得したことがない。

アジア大会で金目指すもパリ五輪には......

アジア大会での金メダルを目指すウ・ヒジュンだが、さらに来年のパリ五輪は......。残念ながら彼女は出場できない。なぜならカバディはオリンピックに採用されていないからだ。インド発祥のカバディのほか、タイやマレーシアで盛んなセパタクローもオリンピックでは採用されていないアジア大会の正式種目だ。もっとも、近年オリンピック、アジア大会ともに競技の入れ替わりが進んでいるので、今後、競技人口が増えればカバディが五輪正式種目になる日が来るかもしれない。

なにはともあれ、中国・杭州でのアジア大会でカバディの試合は10月3日から始まる。ウ・ヒジュン選手の活躍に期待したい。

特殊戦司令部の制服脱いだミス・コリア、ウ・ヒジュン

2019年のミス・コリアで、その後韓国陸軍の特殊戦司令部(米軍のグリーンベレーに相当)に将校として服務していた異色の経歴をもつカバディ国家代表ウ・ヒジュン選手が注目を集めている。

 SBS News / YouTube


ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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