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校舎が崩壊、医療サービスは1年以上の待ち、国内最大の自治体が自己破産...英国、債務危機の深刻すぎる現状

ニューズウィーク日本版 2023年9月7日 17時30分

<欧州最大の地方自治体バーミンガムの市議会が「事実上の自己破産」を表明。国家的な財政危機がイギリスを襲っている>

[ロンドン発]英国最大の自治体バーミンガム(イングランド中部、人口約115万人)で財政危機が明らかになった。バーミンガム市議会は女性職員からの同一賃金請求の和解金として最大7億6000万ポンド(約1400億円)を請求され、弱者保護と法定サービスを除くすべての新規支出を直ちに停止すると宣言した。「事実上の自己破産」である。

中央議会では野党の労働党が運営するバーミンガム市議会は、101人の議員で構成される欧州最大の地方自治体。和解金の支払いは38億ポンド(約7000億円)の予算を逼迫させる。ここ数カ月、同市議会は財政管理と同一賃金を巡って話し合いを続けてきた。保守党は「労働党主導の同市議会は『財政はバラ色』と市民にウソをついてきた」と非難している。

2012年の最高裁判決は教育助手、清掃員、給食スタッフなど女性職員のほとんどがごみ収集員や道路清掃員など男性職員に与えられていたボーナスを支給されていなかったと指摘した。訴訟を起こした女性職員は「過小評価され、無価値であるかのように扱われていると感じた」と英BBC放送に語っている。年収2万2000ポンド(約407万円)で昇給は止まったという。

性差別的な給与体系を改善し、女性職員にも男性職員と同じ給与を支払うようになると、今度は財政が逼迫し始めた。バーミンガム市議会の議長と副議長は共同声明で「全国の地方自治体と同様、わが市議会は福祉ケア需要の大幅な増加や事業税(ビジネスレート)収入の激減、インフレの影響など、前例のない財政難に直面している」と釈明した。

中央政府交付金が10年で40%も削減

地方自治体の主な収入源は中央政府交付金、カウンシルタックス(住宅に課される固定資産税)、事業税(事業所に課税される固定資産税)の3つだ。中央政府と異なり地方自治体は日々の支出を賄うため借金することができない。年間歳入を超えないよう均衡予算を編成するか、予備費(前年度の支出を抑えた積み立て資金)を取り崩さなければならない。

中央政府交付金は09年度からの10年間に実質ベースで40%も削減された。バーミンガム市議会は同一賃金の請求、新しいIT(情報技術)システムの導入、過去10年間で10億ポンド(約1850億円)も削減された中央政府交付金が原因と釈明する。その一方で、年率6.8%のインフレ、生活費の危機の中で公共サービスの需要は高まっている。

バーミンガム市議会の議長と副議長は「本日の手続きは健全な財政基盤を取り戻し、住民のためにより強い都市を築くために必要なステップだ。現在、直面している困難にもかかわらず、最も弱い人々を支援するという私たちの価値観に沿って、住民が依存している中核的な公共サービスを優先する」と話した。

財政見通しが甘かったり、ズサンだったりしたため、破産に追い込まれた地方自治体は過去にいくつもある。英紙ガーディアンは「このような状況に陥ったほとんどの地方自治体はその後、公共サービスの支出削減を含む修正予算を可決したり、不動産やその他の資産を売却したりして帳尻を合わせる他の方法を見出している」と解説している。

「地元選出の市議会が自らの予算を管理するのは当然」

最大野党・労働党に20ポイント前後の差をつけられる保守党のリシ・スナク首相にとっては願ってもない巻き返しのチャンスだ。首相報道官は「中央政府は23年度、地方自治体に対する交付金を51億ポンド(約9440億円)増やした。バーミンガム市議会でも9%の増額になった。地元で選出された市議会が自らの予算を管理するのは当然だ」と突き放した。

ガーディアン紙によると、バーミンガム市議会は公共施設、高速道路、維持管理、緑地、地域団体への助成金など法定外の公共サービスの支出を削減せざるを得なくなる。バーミンガム空港の株式を保有し、105平方キロメートルの不動産を所有する同市議会には売却できる資産がある。

少なくとも26の地方自治体が今後2年以内にバーミンガム市議会と同じように自己破産する恐れがあるという。

英国では目を覆いたくなるような公共サービスの惨状が伝えられている。製造コストが安いものの、耐用年数が約30年と限られる「軽量気泡コンクリート」が使われた古い学校156校やその他の公共建築物で安全性を巡る懸念が膨らみ、次々と閉鎖されている。18年にはケント州の小学校職員室で軽量気泡コンクリート製の屋根が突然崩壊する事故が起きている。

英国家医療サービス(NHS)は税金と国民保険料で運営され、原則無償だが、5月末時点でイングランドだけで待機患者は750万人近くにのぼる。このうち子どもは41万6000人で、2万1000人以上が1年以上も待たされている。医師や看護師は賃上げを求めてストを打つ。学校も医療現場も予算不足に苦しんでいる。

「大きな政府のツケをどうやって払う?」

英紙フィナンシャル・タイムズ(9月5日付電子版)は「大きな政府が戻ってきた。そのツケをどうやって払うのか?」という特集記事を掲載した。世界金融危機とコロナ危機で積み上がる膨大な政府債務は当面、大幅に減少することはあるまい。「各国は国防、福祉、温暖化対策に多大の出費をしている。債務レベルはすでに高く、増税は確実のようだ」とみる。

借金できないバーミンガム市議会には公共サービス削減か、資産売却の選択肢しかない。国家は国債を発行して借金できる。日本の政府債務残高は国内総生産(GDP)比264%、イタリア145%、米国129%、カナダ113%、フランス112%、英国101%。主要7カ国(G7)ではドイツだけが66%と健全だ(データ会社トレーディング・エコノミクス)。

財政を破綻させないよう、有権者はインフレという事実上の税金を支払うのか、それとも痛みを伴う増税か、教育や医療、福祉など公共サービス削減を受け入れるのか。緊縮財政による公共サービス削減は世界金融危機後に実施され、人種・性差別的なドナルド・トランプ前米大統領や英国の欧州連合(EU)離脱という急激な反動を引き起こした。

英国財政の信認を支える予算責任局(OBR)のリチャード・ヒューズ局長は4日に行われた英シンクタンク、政策研究所の討論会で「私たちは50年先を見据えた財政の長期見通しを示している。英国の政府債務残高はGDP比で100%を超えており、政府が現在の政策を据え置いた場合、300%程度まで上昇する」との懸念を繰り返した。

高水準の負債は現在の世代にも負担を強いる

経常収支が黒字の日本と違って赤字の英国は債務を膨らませる予算を組んだだけでリズ・トラス前英首相のように市場から国債を売り浴びせられ、長期金利がアッという間に暴騰する。

ヒューズ局長は「昨年から金利が上昇し始めたため、私たちの予測は常に長期的に債務が増加することを示している。高水準の負債は将来の世代に潜在的な負担をもたらすだけでなく、現在の世代にも負担を強いている。1960年代にも100%の負債を抱えたことがある。フランスや米国に比べ英国の負債は短期である割合がはるかに高い」と指摘する。

英国の政府債務残高の約4分の1は直接、インフレに連動している。かつて国債の約13%を外国人が保有していたが、今では約25%に達している。60年代はベビーブーマー(日本で言う団塊の世代)が労働市場に参入したばかりだった。さらに多くの女性が労働参加し、税収を押し上げたが、高齢化が進む現在、そんな追い風(人口ボーナス)は期待できない。

ウクライナ戦争で「平和の配当」は消失した。「高齢化社会、安全でない世界、金利の上昇、気候変動といった新たな課題もある。現在の政策を放置したままでは債務の持続可能性の問題を解決するのは難しい。そのうえ、さらなるリスクに直面するのではないかと心配する理由もある」とヒューズ局長は警鐘を鳴らしている。


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