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韓国ソウル大が「自己消滅できるロボット」を開発 将来的に偵察・監視で活躍か

ニューズウィーク日本版 2023年9月7日 19時45分

<自ら溶けて液体だけが残るロボットはどのようなメカニズムで実現したのか。ソウル大チームが主張する研究の意義と将来的な活用の可能性について、他にも最近話題となったスパイロボットの事例とあわせて概観する>

諜報ミッションは、相手に自分の活動を悟られないことが最も重要です。スパイをする者がヒトであれロボットであれ、自分がその場にいたことや、何を知ったのかを相手に知られないことは、重要な情報を入手すること以上に重大かもしれません。

韓国ソウル大のロボット工学者たちは、使用後に自ら溶けて液体だけが残るロボットの開発に成功しました。スパイロボットなどへの応用には時間がかかりそうですが、遠隔操作などを必要とせずにボディを溶かす方法を考案したことは、大きな意義があります。

研究成果は、世界で最も権威のある学術誌の1つである「Science」誌などを刊行する米国科学振興協会(AAAS)のオープンアクセス学術誌「Science Advances」に先月25日付で掲載されました。

「自己消滅ロボット」は、どのようなメカニズムで実現したのでしょうか。この韓国のロボット以外にも、最近、話題となったスパイロボットやロボットの消滅方法にはどんなものがあるのでしょうか。概観しましょう。

Amazonは自爆できる配達用ドローンを開発

近年、偵察や監視に活用が期待されているロボットには、超小型、環境一体型、生物機能模倣型などがあります。

米ハーバード大は、20年ほど前から小さな昆虫型飛行ロボットを研究しています。07年には重量60ミリグラム、翼長3センチのハエ型ロボット、15年には飛ぶだけでなく泳ぐ機能も持った重量100ミリグラム、翼長3センチのハチ型ロボットの開発に成功しました。カメラを搭載すればスパイ活動だけでなく、被災地で超小型ドローンとして役立てられると考えられています。

また、「スパイロボット」のカテゴリーに入れられていますが、軍事目的とは一切関係なく、自然動物の監視に特化したロボットも話題となっています。英放送局BBC Oneは動物ドキュメンタリー番組『Spy in the Wild』のために、カメラとマイクを搭載した動物型スパイロボットを30種類以上も開発しました。たとえば、ゾウの皮膚に付いた虫や皮脂をついばんで掃除する「アマサギ」にそっくりのロボットを使って、ゾウの群れに大接近して貴重な映像を撮影し、生態を明らかにすることができました。

今回、ソウル大チームが開発に用いたのは、生物のように繊細でしなやかな動きができるソフトロボットです。素材に柔軟性のあるものを使用し、センサーやプログラムで高度な制御をすることで、従来のハードロボットでは入り込めないような隙間に潜ったり、物体を優しくつかんだりすることができます。

ソフトロボットは、単に柔らかいというだけでなく、生物の様々な機能を模倣しています。これまでも環境に対応した臨機応変な動きをしたり、自己増殖や自己修復などをしたりする生物機能模倣ロボットはありましたが、「生物の死(死体の分解による風化・消滅)」を真似ることは困難でした。

「必要なときに機械装置を自己破壊させる方法」自体は、これまでにも様々な手法が考案されています。偵察や監視といったスパイ活動だけでなく、回収が難しい場所で調査した後に環境への負担が少ない形に分解したり、輸送中に故障した場合に周囲の安全や個人情報を保護したりするためには、重要な配慮と考えられてきたからです。

たとえば、米ヒューストン大学の研究者らは2017年に、装置が水分子にさらされると自己破壊する回路を考案しました。18年には、米コーネル大とアメリカに拠点を置く多国籍企業のハネウェル・エアロスペース社が協力して、遠隔操作で「キルシグナル」を送信すると構成するすべてのチップが溶解する自己破壊プログラムを開発し、現在もブラッシュアップしています。

世界的にインターネット小売業を営むAmazonも、17年に自爆できる配達用ドローンを開発しました。故障が発生すると、ドローンが市街地から遠隔地に飛び、小さな破片に分解されるため、地域への危害を最小限に抑えられ、個人情報も守られると言います。

四本足の動物のような形のロボットが「油性の液だまり」に

ソフトロボットに「死」を迎えさせる方法としては、何らかのトリガーでボディが溶けるようにすることが考えられます。けれど、ソフトロボットのボディ素材に使われる「熱硬化性エラストマー」は熱や酸、化学薬品に対する耐性が強く、溶解で自己消滅させる(高分子をつなぐ鎖を切断してバラバラにする)ことには向いていません。

エラストマーとはゴムのような弾性を持つ高分子材料の総称で、熱を加えても軟化しない「熱硬化性エラストマー」と、熱を加えると軟化し冷やすと硬い状態に戻る「熱可塑性エラストマー」があります。熱硬化性に対して、熱可塑性のエラストマーは熱によって簡単に変形しますが、高分子をつなぐ鎖は切れずに距離が離れるだけであるため回復可能な状態であり、やはり自己消滅には結びつきません。

研究チームは約2年間かけてソフトロボットを自己消滅させる方法を検討し、エラストマーを作るシリコン樹脂に、紫外線にさらされるとフッ化物イオンを放出する物質(ジフェニルヨードニウムヘキサフルオロホスフェート、DPI-HFP)を添付する手法にたどりつきました。フッ化物イオンには、エラストマーの高分子を切断する作用があります。

彼らは、市販のシリコン樹脂(Ecoflex 00-30およびSylgard-184)とDPI-HFPを混ぜ合わせて型に流し込み、60℃で30分間硬化させてソフトロボットを作成しました。できあがったのは5センチ× 2センチ× 1センチほどの大きさを持つ、四本足の動物のような形のロボットです。ロボット内部には電気信号や熱、紫外線を受信できるセンサーがあり、外部から信号を送ると歩行させることができます。

自己消滅試験では、まず365ナノメートルの紫外線を30分間照射して、フッ化物イオンの放出を促しました。次にソフトロボットの内部で120℃の熱を発生させて加熱し、溶解を進めさせました。すると、加熱後90分ほどでロボットは回復不能な状態まで溶けて、後には「油性の液だまり」だけが残されました。液体の中には細かい電子部品の残骸も含まれていましたが、もはや再現は不可能でした。

研究者たちは、運動が可能なボディ素材を用いながらソフトロボットに自己消滅の機能を持たせられた点に価値があるとして、実用化には課題が多いが非常に大きな成功を収めたと主張しています。

「溶けるロボット」に関する懸念は、歩行や飛行機能、軍事利用にも耐えられる精密性を持たせるには開発に時間がかかりそうですが、定点設置の小型カメラに機能を搭載するのであれば比較的早く実用化しそうに思えるところです。つまり、盗撮用カメラなどに悪用され、目的達成後や発覚しそうになった時に証拠隠滅される恐れがあるということです。

さらに、各国の軍事機関は、研究者が論文として公表している技術以上のスパイロボットを開発していることは間違いありません。これまでも、軍事技術は一般社会でGPSや電子レンジなどに転用されて、人々は多くの恩恵を受けています。スパイロボット技術も、ヒトに対する偵察・監視ではなく、地球環境や災害時での平和利用に応用されることを願いましょう。

韓国ソウル大チームが開発した、自ら溶ける四本足のソフトロボット

英放送局BBC Oneが動物ドキュメンタリー番組『Spy in the Wild』のために開発した、カメラとマイクを搭載した動物型スパイロボット



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