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EVの未来を変える夢の「全固体電池」...トヨタが放った「重要なメッセージ」とは?

ニューズウィーク日本版 2023年9月8日 11時30分

<10分の急速充電で1200キロ走る。未来の電気自動車に欠かせない、全固体電池の実用化への期待と課題>

BEVと呼ばれるバッテリー式電気自動車(EV)で目下、航続距離が最も長いのは、米新興メーカーのルシードのセダン、ルシード・エアだ。米環境保護局(EPA)によれば1回の充電で最長約830キロ。しかし6月13日、トヨタ自動車がついにそれを超える可能性に言及した。全固体電池の実用化により、未来のトヨタ車はわずか10分の急速充電で約1200キロの走行が可能になるという。

トヨタなど自動車メーカー各社は自社のエンジニアに次世代EVにとどまらず、その先──電池の性質から航続距離や充電能力まで、未来のEV用の電池技術に目を向けさせている。

現在市販されているBEVは世界中のさまざまな企業から調達したリチウムイオン電池やニッケル水素電池を使用。これらの電池は重くて大きいため搭載車のホイール間のスペースのほとんどを占めるし、車両重量が内燃機関積載車を上回る。重い車両ほど道路にダメージを与える確率が高くなりがちで、電池も搭載車の重量を超えるパワーが必要だ。全固体電池は次なるフロンティアで非常に有望だが、実用化にはまだ時間がかかる。

「全固体電池は待望の技術。量産車に搭載するだけの実用性と拡張性と手頃さを備えたものにするべく、何千人ものエンジニアとベンチャーキャピタルの何十億ドルという資金が投じられてきた」と、米自動車専門誌カー・アンド・ドライバーやエコカー情報サイトのグリーンカーリポートなどのEV専門記者ジョン・ボルカーは言う。「だが、研究段階では有望に思えても現実にはうまくいかない場合が多い」

従来のリチウムイオン電池やニッケル水素電池には、液体や高分子ゲルの電極が使われている。その組み合わせはメーカーごとに異なり、それぞれ自社ブランドに最適の結果を得られるようにしている。全固体電池は電極も電解質も固体で、エネルギー密度がより高く、電池を小型化・軽量化してBEVの航続距離を延ばすように設計されている。

充電スピードが問題

固体技術自体は新しいものではないが、自動車に大々的に使われるようになったのは最近だ。1990年代、米オークリッジ国立研究所の研究者たちが考案した新しいタイプの固体電極に自動車業界は注目。フォード、BMW、トヨタ、メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲン、日産などが全固体電池の開発に投資してきた。

多くのメーカーがエネルギーイノベーション企業と提携。固体技術の開発関連コストは1社当たり数億ドル、場合によっては数十億ドルに上る。

全固体電池の実用化までに自動車メーカーと電池メーカーが解決すべき課題は多い。急速充電用のインフラの整備もその1つだ。

自動車メーカー各社は全固体電池の開発を加速させているが実用化には充電インフラ整備や現行品との互換性など課題も多い。(写真)現在多くのメーカーはテスラの北米充電規格を採用 TOM WILLIAMSーCQ-ROLL CALL/GETTY IMAGES

「トヨタの主張で興味深い点の1つは10分で充電できるところ」だと、調査会社S&Pグローバル・モビリティーのステファニー・ブリンリー首席アナリストは言う。「多くの点で、より迅速な充電能力とそれを支える強固なインフラのほうが、1100キロ超の航続距離より重要。消費者が知りたがっているのは充電インフラと充電時間だ。『必要なときに安全かつ確実に充電できるか、時間はどのくらいかかるか』と聞かれて、消費者が信頼できる答えを返せるなら、航続距離はそれほど重要ではない」

多くの自動車メーカーは2030年か35年までに全固体電池を実用化することを目指している。その一方で、カーボン・オフセット(炭素の吸収と排出の相殺)によって気候の安定化を図る「気候ニュートラル」を実現できると喧伝するメーカーもある。要するに、サステナビリティー(持続可能性)に重点を置いて、50年かそれ以前に、車の開発・製造・耐用年数を通じて気候ニュートラルを実現する、というわけだ。

現行品との互換性も必要

これらの取り組みに全固体電池は一役買っている。とはいえ、恐らく現行の自動車も置き去りにはならないだろう。それは現行のEVや充電インフラについても同じだ。

「全固体電池の充電の迅速化の恩恵をフル活用するには充電用の新たなハードウエアが必要になりそうだが、未来の車は現行のハードウエア、特にほとんどの自動車メーカーが採用している北米充電規格(テスラ充電コネクター)と互換性がなければならない」と、EV情報サイトのEVパルスのチャド・キルシャナー・コンテンツ担当副社長は指摘する。

「将来アップデートが必要になるかもしれないが、それはかなり先だろう。今ではみんな1台の車に10年以上乗り続けるからなおさらだ」。S&Pグローバルによれば、アメリカの自動車平均使用年数は20年前の9.7年から現在は12.5年に延びている。

「限定的ではあれ、全固体電池が20年代末に登場すると期待するのは無理もないが、注目すべきは世界で最も大きく、評判が高く、利益を上げている自動車メーカーの1つにおいて、全固体電池開発の道のりが平坦ではなかったことだ」と、EV専門記者のボルカーは言う。「トヨタは17年時点で全固体電池を20年までに実現できると言ったが、今では6年以上後にずれ込んでいる。全固体電池が2030年より前にEVに搭載されるとは思えない」

それでもトヨタのメッセージは重要だとS&Pグローバルのブリンリーは言う。「内燃機関主流の市場からEV主流の市場へのより大規模な移行はたった1つの開発や技術の飛躍的進歩によって決まるわけではない。トヨタの発表は移行に向けた新たな一歩──その一歩一歩が重要なのだ」

アイリーン・ファルケンバーグハル(自動車業界担当)

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