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警察すら動かない「日本の沈黙」が助長させた...「堕ちた帝国」の進むべき道とは?

ニューズウィーク日本版 2023年9月11日 14時0分

<業界、メディア、社会全体の長年にわたる沈黙がジャニー喜多川の犯罪を助長してきた。独立機関の設立や現体制の問題など、同じことが二度と繰り返されないための施策と覚悟について>

米音楽雑誌ビルボードの東京支局長を2020年まで12年余り務めていた私は、ジャニーズ事務所の亡霊が、ハゲワシか不吉な流星のように音楽業界に影を落とすのをつぶさに見てきた。

この国でなぜ一企業が音楽業界を、ひいてはエンターテインメント業界全体をこれほど強力に支配し得たのか。この問いを発するのが、外国人音楽ジャーナリストの務めだろう。そのためには業界全体の深部、そして1人の男の生の軌跡を見つめなければならない。

日本の音楽事情を知っている人なら誰でも、この国ではJポップがポップミュージックの主流で、その売り上げが圧倒的なシェアを占めることを知っている。

1950年代末に誕生し、80年代頃までに不動の地位を確立したこのジャンルの発展に、ジャニー喜多川こと喜多川擴(ひろむ)は大きく貢献した。

私が取材活動を始めた90年代には、ジャニーズ事務所による業界支配は明らかだった。喜多川はキングメーカーとして君臨。取材をすれば、業界関係者が異口同音に語ったものだ。ジャニーズ事務所はエンタメ業界、さらには日本社会に大きな影響力を及ぼしている、と。

喜多川が「あるタレント」をテレビに出したければ、すぐにどこかの局が応じるといった話も聞いた。喜多川の触手は業界の隅々まで伸びているようだった。

ある音楽レーベルのスタッフは、ジャニーズ事務所と仕事をするときは非常に気を使うと漏らした。事務所のやり方と少しでも行き違いが生じようものなら、すぐに喜多川の元に飛んでいき謝罪するよう促されるというのだ。

ジャニー喜多川の性加害疑惑は、私が取材を始めたときから公然の秘密だった。実際、喜多川が週刊文春を相手取って99年に起こした名誉毀損訴訟では、セクハラを伝えた文春の記事の重要部分は事実であると認められた。

だが警察は動こうとせず、「合宿所」に多数の未成年者を宿泊させていた喜多川とジャニーズ事務所が捜査の対象になることはなかった。日本のメディアもこの深刻な性加害疑惑に対し沈黙を貫いた。まるで喜多川とジャニーズ事務所は触れてはならない存在であるかのように......。

日本の音楽業界に君臨した喜多川は2019年7月に死去 YUICHI YAMAZAKI/GETTY IMAGE

喜多川のインタビュー

こうした空気を感じていたから、2012年に喜多川にインタビューすることになったとき、正直なところ私は不安だった。

取材を手配したのはジャニーズ事務所の社員ではなかったが、インタビューでは喜多川自身と事務所に関する性加害・パワハラ疑惑には一切触れないようにとクギを刺された。それが取材の条件だった。

しかも相手は業界に君臨する帝王だ。威圧的で傲慢な男で、外国人記者をなめてかかるかもしれない。アメリカのCEOはたいがいそうだし、アメリカ生まれの喜多川もそうだろうと思った。

私は事前に業界関係者や有力な幹部らから喜多川と事務所について情報を得ようとした。褒めたいならいくら褒めても構わない。だが、まるで箝口令が敷かれたように誰もが黙り込む。

喜多川と事務所は沈黙の壁に守られているようだった。メディアも含め、この沈黙こそが喜多川の犯罪を許したのだ。彼は正常な社会の枠外に置かれていた。

もっとも実際に会ってみると、喜多川は私の予想を完全に裏切る人物だった。優しい雰囲気で、気弱かと思うほど、尊大さのかけらもない。気取らず、威張らず、物柔らかで礼儀正しい。

ただ、コミュニケーションがうまくいかない場面もあった。私は日本語で質問し、日本語で答えてもらおうとしたが、喜多川は英語で答えることにこだわった。

若い頃と違って、彼はだいぶ英語を忘れたらしく、良くてもカタコト、場合によっては意味不明な返答しか得られなかった。認知能力の衰えもあったのかもしれない。これといった理由もなく、話の途中で言葉が途切れ、何の話か分からなくなることもあった。

インタビューでの喜多川の印象は意外なものだったが、この点は事務所運営の実態を知る手がかりと言えそうだ。ジャニーズ事務所は、ドラマの出演者から主題歌までありとあらゆることを指示、もしくは「強く推薦」してきたように見えるが、喜多川自身は黒子に徹していた。

ある大手音楽レーベルの元幹部によれば、電話してきて、誰を起用すべきかを「強く推薦」するのは、姉のメリー(故・藤島メリー泰子)だったという。

「強権的だったのはメリーのほうだ」。この人物いわく、「そうしたDNAを受け継いでいたのは、ジュリー(メリーの娘で、19年のジャニーの死後、社長を務めた藤島ジュリー景子)よりも、飯島さん(元幹部の飯島三智)だった」ということだ。

メリーの強権ぶりは、映画プロデューサーの奥山和由も最近、X(旧ツイッター)への投稿で振り返っている。

奥山が1989年の映画『226』にジャニーズ事務所を退所した俳優の本木雅弘を起用しようとすると、メリーから電話があり、再考を促された。奥山はそれでも本木を起用したが、それ以降、ジャニーズ事務所からは「出禁的待遇」になった。

35年前の話。「226」ジャニーズをやめたばかりの本木雅弘をキャスティング。メリー喜多川さんより「よく考えて」と。「ダメならハッキリそう言ってください」と返事。「ダメとは言わない、もう一度よく考えて」と。熟考して魅力を感じての配役、本木で決行。あれ以来ジャニーズ事務所、出禁的待遇。— 奥山和由 Okuyama Kazuyoshi (@teamokuyama2017) August 29, 2023

喜多川の性的虐待が報道され始めて以降、日本の音楽業界関係者は(依然として匿名だが)この問題について強い思いを私に語るようになった。

そうした業界関係者の見方はもっぱら、事務所が喜多川の性的虐待を隠蔽してきた可能性が高いというものだ。

しかし、日本社会で権力を握っている人たちの協力がなければ、隠蔽は不可能だっただろう。「日本のメディアは報道する義務を怠ってきた......沈黙し続けた。そうやって、ほかのあらゆる罪が犯される土壌をつくった」と、ある業界幹部は言う。

9月7日にジャニーズ事務所が行った記者会見には多くの報道陣が詰めかけた KIM KYUNG-HOONーREUTERS

私も全く同感だ。そして、この点は日本のメディア全般の問題点を象徴しているように思える。

この業界幹部は、国際NGO「国境なき記者団」の2022年版「報道の自由度ランキング」で日本が71位だった(23年は68位)ことにショックを受けたと述べたが、私に言わせれば71位でも高すぎるくらいだ。

「なぜメディアが沈黙していたのか、誰の命令で沈黙していたのかについて、政府が調査すべきだ」と、ある音楽業界幹部は言う。この人物は、権力層が共謀して、力のある人たちが守られるようにしているのではないかと示唆する。

この音楽業界幹部は、喜多川の問題とは別に、性的暴行事件の刑事捜査が中止されたケースがあったことに言及した。例えば、週刊新潮の報道によると、ジャーナリストである伊藤詩織に対する性的暴行事件の捜査は、中村格警視庁刑事部長(当時)の指示によって打ち切られた。

過ちを繰り返さないため

日本では最近、性犯罪に対する罰則が厳格化されたが、それで十分かは疑わしい。

ここで私が提案したいのは、性的虐待、レイプ、パワハラなどの被害申し立てについて調べる独立機関を設けることだ。この機関の監督と運営は、人権活動家や研究者など、警察と結び付きのない人物に担わせる必要がある。

最後に、ジャニーズ事務所の今後に触れておこう。藤島が社長を辞任しただけでは、とうてい不十分だ。喜多川と同族関係にある人物は会社の株式を保有すべきでない。藤島は株式を全て売却して、その売却益を被害者への補償と、前述の独立機関の設置資金に充てるべきだ。

事務所の幹部だった人物は、ひとり残らず辞めさせなくてはならない。また、幹部たちは全員、隠蔽の実態を明らかにするために、メディアの取材を受けるべきだ。

藤島に代わる新社長には、所属タレントで最年長の東山紀之が就任したが、東山自身にも性加害疑惑が指摘されていることを考えると、適任ではない。

事務所の新しい舵取り役は、これまで事務所と関わりがなく、あらゆる加害やハラスメントを指摘されていない人物に任せなくてはならない。

「ジャニーズ」という社名も変更する必要がある。ジャニー喜多川がもはや日本の音楽業界の指導者ではないとはっきり示すためだ。そして、事務所と契約しているアーティストやダンサー、俳優は全て、ほかの芸能事務所に移籍する機会を与えられるべきだ。

これらの措置を実行に移すことによって初めて、ジャニーズ事務所は自らが引き起こした痛みと苦しみを実感し続けることができる。

日本の音楽業界を支配していたジャニーズ王朝は、ついに崩壊した。いま求められているのは、その誤りを正して、同じことが二度と繰り返されないようにすることだ。

    

記者会見

【ノーカット】ジャニーズ事務所が会見 新社長の東山紀之氏、ジュリー氏、井ノ原快彦氏らが出席(2023年9月7日)| TBS NEWS

ロブ・シュワルツ(ビルボード誌記者、元東京支局長)

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