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韓国消費者の反応は?福島原発処理水の海洋放出に対する賛否は支持政党次第

ニューズウィーク日本版 2023年9月11日 17時55分

<福島原発の処理水放出が韓国で波紋を呼んでいる。与野党の攻防、市民の意識の変化、そして水産物市場の最新動向をまとめる......>

東京電力福島第一原子力発電所の処理水海洋放出が韓国与野党の政争材料になっている。与党・国民の力は容認、野党・共に民主党は反対の立場である。

海洋放出がはじまった8月24日、木浦MBC放送は、処理水の海洋放出に反対する漁民のインタビューを放送した。しかし、インタビューに応じた漁民が野党の政治家だったことが判明した。「自分の子どもに水産物を食べさせられない」とテレビで訴えた漁民は、昨年の選挙で共に民主党から地方選に出馬し、さらには地元選挙区で共に民主党の李在民候補の予備選挙対策共同本部長を務めていた。

与党・国民の力の尹錫悦大統領は7月12日、NATO加盟国会議に出席するため訪れたリトアニアで岸田文雄首相と首脳会談を行った際、処理水放出の点検に韓国専門家を参加させることや放出モニタリング情報のリアルタイムでの共有、放射性物質濃度が基準値を超えた際には即時停止することなどを求め、合意が得られたとして海洋放出を容認する方針を打ち出した。

政府と与党は処理水の公式名称を「汚染水」から「汚染処理水」に改める考えを示している。8月30日の国会予算決算特別委員会で、水産業協同組合会長が「汚染水」を「処理水」に変更すると発表したことについて質問を受けた韓悳洙(ハン・ドクス)首相は、「汚染水が放出されるのではなく、科学的な基準で処理された汚染水が放出される」と回答、「汚染処理水」に変更する意向を示した。

韓首相の答弁に対して、最大野党・共に民主党の李在明代表は、日本が朝鮮半島を統治した時代、朝鮮の姓名を日本風の名前に変えさせたのと同じと批判した。

韓国人の7割が処理水の海外放出に反対

韓国環境団体が発表したアンケート調査によると韓国人の7割が処理水の海外放出に反対しているが、与党支持者は反対を表明していない。

聯合ニュースは9月6日、メトリック・リサーチ社の調査結果を発表した。それによると野党支持者の40.4%が水産物を「食べるのを控える」と回答し、「食べない」という回答も52.3%に上った一方、与党支持者は69.9%がこれまでと同じく食べると回答。

世論調査会社ギャラップの調査でも野党支持者の84%が水産物を食べるのを「ためらう」と答えたが、与党支持者は68%が「ためらわない」と答えている。

一部の野党支持者は、福島産の水産物が韓国市場に輸入されると批判するが、韓国政府は原発事故の発生以降、福島県と周辺海域で水揚げされた水産物の輸入を禁止しており、解除する考えはない。

また海洋放出に先立って、釜山の市民団体が原発処理水の海洋放出禁止を求める訴訟を提起したが、釜山地裁は8月17日、原告の請求を却下する判決を下している。

ロンドン条約と議定書に反すると共に民主党が主張

共に民主党は、処理水の海洋放出が廃棄物などの海洋投棄を禁じたロンドン条約とロンドン議定書に反しているとして、同条約と議定書に批准している88カ国・地域の首脳や政府に宛てた親書を送る計画を発表し、さらに「日本が22兆ベクレルのトリチウムを放出する」として国際海洋法裁判所への提訴を求めた。

一方、政府は「国民の健康と安全を最優先とし、国益の観点からこの問題を扱っている」と述べ、大統領室も「韓国はほぼ安全だと信じている」と反論。加えて「中国は朝鮮半島西側の黄海に年間200兆ベクレル以上のトリチウムを放出しており、韓国も190兆ベクレルを放出している。韓国が提訴すると笑いものになりかねない」と述べるなど国際原子力機関(IAEA)の基準に従った合理的な放出には反対しない立場を改めて強調した。

風評被害の中、水産物の消費に変動が

韓国では処理水の放出に伴う風評被害で、水産物の消費が減る懸念がもたれている。大統領室は8月28日から1週間、庁舎内の食堂で海鮮中心のメニューを提供した。また31日には水産物の消費を促す予算として800億ウォン(約88億円)の予備費を計上し、大統領自ら水産市場を訪問して秘書室長らと刺身などを食べ、水産物を購入するなど水産業者を激励した。

処理水の放出がはじまった8月24日、あるスーパーでは水産物の売上高が前年同日と比べて約35%増加したという。保存が効く干し類は2.3倍、海藻の乾物は2倍増加した。他のスーパーも同様で、海産物の乾物が40%増えた店もある。一時的な買い溜めと考えられたが、水産物の消費が落ち込む気配はない。大手スーパー3社の24日から29日の水産物の売上高は対前週比103%と横ばいで、水産物関連外食店の売上も3.8%の減少にとどまった。ソウル最大の水産市場・鷺梁津水産市場ではカード利用額が前週と比べて48.6%多かった。

8月最終週には各地で水産祭りが開催され、主催者らは処理水放出の影響を心配したが、釜山で29日から始まった「第21回鳴旨市場コノシロまつり」では、準備したコノシロが1~2時間で完売。慶尚南道昌原市で25日に開幕された「第22回馬山魚市場まつり」でも1万5000人が来場し、普段の3倍を超える売上を達成した。

与野党の攻防が続くなか、大統領の肯定評価と否定評価、また与野党の支持率に変化はなく、処理水の海洋放出に対する賛否は支持政党次第というのが韓国世論の反応だ。


佐々木和義

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