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死してあらわになった、ロシアにおける「プリゴジン人気」の虚像と実態

ニューズウィーク日本版 2023年9月12日 15時42分

<プーチンに反旗を翻し「英雄」となったワグネル創設者プリゴジンが、実は生きている? そんな説を信じるロシア人が16%という根深い理由>

民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジンの死は、ロシア社会に存在する2つの亀裂を浮き彫りにした。第1に、エリートと庶民の間の大きな断絶。第2に、モスクワ市民とそれ以外のロシア人が相手に見せる恩着せがましい態度と妬みだ。

ロシアはひどく不平等な社会だが、それに対する見方も構造もアメリカとは異なる。アメリカ人は通常、自分もいつかは上に行けると信じて嫉妬心を抑える。だがロシア人は、エリートがシステムを不正操作して自分たちの富を盗むと考える。

プリゴジンはロシア西部のインテリ一家の出身で億万長者だが、エリートの策略に反旗を翻し、地方出身者が多いロシア兵のために行動する英雄的な偶像へと駆け上がりつつあった。だがウクライナとの戦争中に火が付いたプリゴジン人気は、どちらかといえば一過性の現象だった。

今年4月、「あなたは誰を信頼するか」という自由回答式の世論調査がロシアで実施されたとき、プリゴジンの支持率は1%そこそこだった。だが5月には4%に急増。さらに4人の政府高官(プーチン大統領、ミシュスチン首相、ラブロフ外相、ショイグ国防相)に次ぐ5位に浮上した。

理由の大半は、プリゴジンがショイグと軍首脳を公然と非難し、名指しは避けたもののプーチンにも批判の矛先を向けたからだ。ソーシャルメディアでの支持は強固だったが、必ずしも圧倒的ではなかった。

メッセージアプリ「テレグラム」のフォロワーは100万人を超えていたが、この数字はロシアの全人口の約2%にすぎない。一部の軍事ブロガーやコメンテーターのほうが、彼より人気を集めていた。

プリゴジンが反乱を起こす前は、国民の19 %が2024年大統領選に出馬すれば支持すると答えていた。だが反乱収束後は10%に半減した。ロシア政府の御用メディアが攻撃を続けていたので、その後も支持は減少の一途をたどっただろう。

プリゴジンがプーチンから裏切り者の烙印を押された後も処分を受けなかったとき、プーチンは秩序の安定を維持できないほど弱体化したのかと、ロシアのエリートたちは公然と疑問を唱えた。だがプリゴジンの死によって、表向き、秩序は回復した。

かつて何度も出ていた「死亡説」

プリゴジンがまだ生きていると信じるロシア人が16%いるという事実は、人気者の生存を願う人々の感情よりも、この出来事をめぐる興味深い状況の影響が大きい。

私のある友人は、19年にアフリカで飛行機が墜落した際、当初は死者の中にプリゴジンが含まれていたという報道があったと語った。別のロシア人は、22年にウクライナの激戦地ルハンスク(ルガンスク)州でプリゴジンが殺されたという噂がソーシャルメディアを駆け巡ったと教えてくれた。

あるジャーナリストによると、今回の墜落事故で死亡したとされるプリゴジンらワグネルの最高幹部3人は、これまで一度も同じ飛行機に乗ったことがなかったという。もし何かあれば、ワグネルが一気に崩壊してしまうからだ。

同僚のロシア人教授は、ロシア人は神話や陰謀の種を探すのが好きだと言った。プリゴジンの墓の近くには、旧ソ連の詩人ヨシフ・ブロツキーの謎めいた詩の一節が掲げられていた。「何も分からず、心も決まらない/お前は私の息子か、それとも神か/つまり、死んだのか、生きているのか」

ある識者は、プリゴジン生存説を信じるロシア人が16%と比較的少ないのは、プーチンに反旗を翻した直後に、彼は死ぬだろうと誰もが考えていたからだと言った。「王を襲うなら、ゆめゆめしくじるな」ということだ。もし失敗すれば、自分の命で代償を支払うことになる。


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