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ロシアの新しい歴史教科書は陰謀論がてんこ盛り...ウクライナに関する嘘が満載──その驚愕の内容とは?

ニューズウィーク日本版 2023年9月13日 12時40分

<残虐の歴史を葬った教科書にのぞくプーチンの世界観>

ロシア(とロシアの不当な占領下にあるウクライナの一部地域)でも去る9月1日に新学期が始まり、高校1年生と2年生に新しい何冊かの教科書が配られた。

【画像】ロシアの新しい教科書は陰謀論がてんこ盛り...その驚愕の内容

なかでも注目すべきは高2の『ロシア史』だ。ウクライナにおける、いわゆる「特別軍事作戦」を正当化するため、クレムリン(ロシア大統領府)の命を受けて、慌てて書き上げたものに違いない。クレムリンは長年にわたり、ロシアとその前身であるソ連の過去を書き換え、史実を隠して愛国心を刷り込もうと努めてきた。その最新版がこの『ロシア史』だと言える。

1945年から今日までを扱う現代史の教科書だが、その意図するところはただ一つ。2022年2月24日に始まった対ウクライナ戦に関するクレムリン流の解釈を次の世代に刷り込むことにある。

その記述がネット上に流出したのは今年8月初旬のこと。西側の専門家や亡命ロシア人からは非難の声が上がった。従来は国内でも許容されていた事実を含め、歴史の改ざんだらけだからだ。

残虐なウクライナ戦を美化する最終章に注目が集まるのは当然として、全体として見ても現政権のウクライナに対する執着が際立っている。

400ページを超す分厚い本だが、ウクライナに対する言及はずば抜けて多い。ウクライナはロシア史の核心にあるという見解を押し出し、ウクライナの独立やヨーロッパとの結託は「論外」で、「文明の終焉」につながるとされる。

陰謀論がてんこ盛り

ちなみに編者のウラジーミル・メジンスキーは歴史家ではない。ウラジーミル・プーチン大統領の下で文化相を務めたプロパガンダのプロで、「ロシアの国益を損なう歴史改ざんに対抗する大統領委員会」の一員として、ひたすらプーチン体制の美化に取り組んできた人物だ。

ロシアは常に外敵に包囲され、悪者扱いされてきたというゆがんだ歴史観は旧ソ連譲りのものだが、この教科書はさらに踏み込んで、第2次大戦(ロシアでは「大祖国戦争」と呼ぶ)でナチス・ドイツを撃破したのは自分たちなのに、その後は西側諸国とその同盟国に裏切られてばかりいると主張する。

その一方、スターリン時代の悪名高い大量虐殺や強制移住、政治犯の収監、大量粛清などにはほとんど触れていない。何らかの言及があっても、必ず残虐行為を否定し、悪いのは犠牲者(または西側諸国)だとする注釈が付く。

歴史の抹殺もある。いい例がウクライナについての記述で、例えばクリミア半島は「昔から」ロシアのもので、その住民の「絶対的多数」は民族的ロシア人だとされている。だがクリミアでロシア人が多数派になったのは占領と「民族浄化」の結果だ。

1944年以降、当時の支配者スターリンは先住のタタール人に「ナチスの協力者」のレッテルを貼り、クリミア半島から追い出して辺境への移住を強いた。推定25万の女性や子供、老人が家畜運搬用の列車に詰め込まれ、中央アジアの各地に運ばれた。その途中、あるいは移住先で命を落とした人も多い。前線でナチスと戦ったタタール人の男たちは武装解除され、強制労働収容所に送られた。

新しい教科書は、この強制移住についてほんの少し触れているだけだ。タタール人の追放後に組織的な入植が行われ、無人になったクリミアの町や村、農地や家屋に民族的ロシア人が住みついた事実は都合よく省かれている。

ゴルバチョフ政権時代の89年には、一連の民族浄化を公式に「スターリン主義者による野蛮な行為」と認めた。しかし、プーチンのロシアは一貫して否定している。今度の教科書でも、政府は移住者に「適切な食事と住居を確保するために最大限の努力をした」とされている。

何もかもが西側の陰謀

60~70年代にかけての反体制運動についてはどうか。一定の検閲があり、息苦しかった事実にはさらっと触れている。しかし悪いのは検閲された芸術家や作家、映画監督や音楽家たちだと論じ、彼らが西側のメディアにこび、「表現の自由」を求めて亡命したせいだと非難している。

ひたすら自国の歴史を美化するだけの教科書だが、とりわけ奇怪なのは64年から70年代にかけてのブレジネフ政権時代へのノスタルジアだ。経済の停滞と過剰な拡張主義でソ連崩壊への道を付けた悲惨な時期だが、今度の教科書では工業化の進展と超大国としての地位向上、そして安定と相対的繁栄の時代として称賛されている。

消費財の慢性的不足で国民のニーズを満たせなかった事実は認めるが、ここでも悪いのは西側陣営で、映画や広告を通じて偽りの「西洋的生活のイメージ」をばらまき、大衆に非現実的な期待を抱かせたとされている。

この教科書を貫くのは、かつての広大なソ連圏の崩壊に対するプーチンの恨みつらみだ。当時のソ連大統領ミハイル・ゴルバチョフが、東西冷戦の終結に当たってソ連の「衛星国」から軍隊を撤収したのは「格別に思慮不足」だったと書いてある。また91年にゴルバチョフ打倒を掲げて決起した強硬派が、当時の民主派を力で抑え込めなかった点にも不満をぶつけている。

全編にわたって強調されるのは、ロシアという国の「見え方」だ。不都合な話題に触れるときは必ず、悪いのはロシア(または当時のソ連)ではないと説き、卑劣な西側諸国がロシアを悪者に仕立てているだけだと教える。

ベルリンの壁の建設もソ連時代の粛清や集団移住も、それがロシアの見え方をどう変えたかという視点で記述される。この世界には自然に起きることなど一つもなく、全ての出来事の裏には何らかの隠された意図がある──そういう陰謀史観だ。

プーチン政権のやること全てを美化して描くこの教科書は、どう見ても暗いロシア経済の先行きと国際的孤立でさえ、明るい未来の先駆けだと説明している。「外国企業が撤退した後には新たな市場が目の前に広がっている」。この教科書は生徒たちにそう告げる。「君たちのキャリアを築き、事業を立ち上げる絶好のチャンスだ。今のロシアにはチャンスがあふれている」

もちろん、卒業後に徴兵令状が来て、どこかの国の焼け野原で占領地を守るためと称して塹壕に放り込まれなければの話だ。しかし戦場に立つ若者は気付くだろう。自分たちが嫌われているのは誰の陰謀でもなく、自国の政府のせいだという事実に。

From Foreign Policy Magazine

Russia has rewritten 50 years of history: its new textbooks are full of lies about Ukraine.The textbook for 11-graders has all the narratives from Putin's speeches, like a copycat. A few selected quotes:"Russia's strengthening in the early 2000s did not suit the US";... pic.twitter.com/hDiLznZCZ4— Anton Gerashchenko (@Gerashchenko_en) August 8, 2023



アレクセイ・コバリョフ(ベルリン在住ジャーナリスト)

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