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「パンダ大使」に長いお別れ...米中友好の象徴、両国関係の冷え込みで今後はどうなる?

ニューズウィーク日本版 2023年9月14日 17時0分

<ワシントンの国立動物園の人気者に迫る返還の日、2国間対立の冷酷な現実に翻弄される現場の愛>

月曜日午前9時。こんな時間に始まる誕生日パーティーは珍しいが、それでも200人以上がやって来た。

【画像】スミソニアン国立動物園で暮らすパンダの親子

歓声が広がったのは、パーティーの主役が登場したときだ。お気に入りの木からはい下りて、リンゴやサツマイモ、竹の枝、ハチミツでできた特製ケーキのほうへ歩いていく。ケーキを飾るのは、凍らせたフルーツジュースでかたどった「3」の数字だ。

「ハッピーバースデー」の歌声が上がり、ケーキに顔を突っ込もうとしていた主役は動きを止めて、不思議そうに観衆を見つめた。自分に向けられた多くのカメラに向かって、ポーズしているかのようだ。

米ワシントンのスミソニアン国立動物園で暮らす雄のジャイアントパンダ、シャオチージー(小奇跡)が3歳になった。

当人はその重みを理解していなかっただろうが、この動物園で生まれたシャオチージーにとって、今回が「故郷」で祝う最後の誕生日だ。動物園と中国側の合意が期限を迎えるため、母親のメイシャン(美香)と父親のティエンティエン(添添)と共に、12月上旬には中国に返還される予定になっている。

中国は長年、自国にしか生息しない野生パンダを外交のツールにしてきた。外国に貸し出す際には大抵、レンタル料として1頭当たり年間最大100万ドルを請求し、そのDNAは全て中国が独占的に所有する契約を結んでいる。

この愛すべきベジタリアンの哺乳類は、少なくとも70頭が世界各地の動物園に貸与されている。より敵対的な地政学分野での「戦狼外交」と裏腹に、かわいいパンダはまさに中国のソフトパワー大使だ。

友好の象徴だったのに

「どんなに嫌なことがあってもパンダの動画を見れば吹き飛ぶ」。そう話すジーナ・クーは、8月21日に行われたシャオチージーの誕生日会へ、パンダモチーフのバッグにパンダのTシャツ姿でニュージャージー州から駆け付けた。

クーは常連のファンの1人だ。彼らは全員、パンダずくめの格好をして、親しげに挨拶を交わしていた。

ワシントンの親子パンダは長い伝統の最新の例にして、最後になる可能性がある。

半世紀以上にわたって、パンダは国立動物園の目玉であり、米中友好の象徴であり続けてきた。きっかけは、米中国交正常化への道をつけた1972年のリチャード・ニクソン米大統領による訪中だ。中国滞在中、北京動物園でパンダに感嘆した大統領夫人パットに、中国の周恩来首相は「何頭か差し上げましょう」と告げたという。

国立動物園にリンリンとシンシンが到着したのは、その数週間後だ。それぞれ92年と99年に死亡するまで、同動物園で飼育された。カップルの間には赤ちゃんパンダ計5頭が誕生したが、いずれも生後数日で死亡している。

一方、2000年12月に国立動物園にやって来たメイシャンとティエンティエンは、運に恵まれていた。05年7月に誕生した最初の子、タイシャン(泰山)は10年に中国に返還。13年にバオバオ(宝宝)、15年にはベイベイ(貝貝)が生まれ、それぞれ17年と19年に中国へ送られた。

3頭がワシントンで誕生したのは、メイシャンとティエンティエンの貸与に関する国立動物園と中国野生動物保護協会の合意が定める期限が、2度延長されたおかげだ。新型コロナのパンデミック期間中の20年8月には、シャオチージーが思いがけず誕生(そのため「小さな奇跡」と命名された)。同年12月、さらに3年間の返還延長が決まった。

だが、延長措置はこれが最後だ。代わりのパンダが来年、国立動物園に送られるという知らせもまだない。

「当園は3頭の個体を日々飼育することに専念している」。国立動物園のブランディ・スミス園長は、シャオチージーの誕生日のお祝いを見守りながら、筆者にそう語った。中国へのパンダ返還は「複雑なプロセス」で、当面はそれが最優先課題だという。「その後で、未来に向けて次の段階に集中することになる」

国立動物園のパンダ飼育をめぐる不確実性は、ニクソン訪中以来、最悪ともいえる米中関係の冷え込みと同時に発生している。両国間には相互不信が根を張り、対中追加関税や輸出規制、投資削減、中国のスパイ気球によって悪化。パンダという大使は、米中対立に巻き込まれた新たな被害者になるかもしれない。

摩擦の兆候は既に表れている。テネシー州のメンフィス動物園の雄パンダ、ローロー(楽楽)が今年2月に死亡し、痩せ細った雌のヤーヤー(YY)の画像が出回ると、中国のネットユーザーや国営メディアでは動物虐待を疑う声が噴出。動物園は疑惑を否定し、20年間に及ぶ取り決めが期限を迎えた今年4月、ヤーヤーを返還した。

地政学vsパンダ保護

アメリカ側も黙ってはいない。ナンシー・メイス下院議員(共和党)は昨年、米国内で誕生したパンダはアメリカに所有権があると主張する法案を提出した(もっとも貸与契約は通常、動物園が中国側と直接交渉するため、米議会は発言権を持たない)。

地政学がパンダ保護にもたらす影響を、国立動物園のスミスは重視していない。「実際に話し合いをしているのは、動物や野生生物、保護活動に携わる人々だ」と指摘する。

「私たちは誰も、より大局的な地政学的状況について語る資格はないが、話し合いの中身はどれも非常に前向きだ。とても協調的で、最善の結果を目指している」

国立動物園は今のところ、3頭をベストな形で送り出すことに注力している。7月にはメイシャンの25歳の誕生日を祝福し、8月の終わりにはティエンティエンの26歳の誕生日も祝った。さらに、近く「ジャイアントなお別れイベント」を開催する予定だ。

「(返還されるのは)分かっていても認めたくない」と、パンダ好きのクーは嘆く。「ベイベイのときのように泣いてしまうと思う。しかも、3頭ともいなくなるなんて」

代わりのパンダが来なかったら? 米中間の緊張を考えると、あり得る話だ。

「そんな事態は考えられない」と、バオバオの誕生当時、パンダ飼育員だったスミスは話す。パンダの所在にかかわらず、中国側との対話は継続するものの、ワシントンとパンダの長い絆は簡単には切れないという。

「とてもうまくいっているプログラムだ。ジャイアントパンダのいない国立動物園は想像もできない」

From Foreign Policy Magazine

Papa Panda Tian Tian, Mama Panda Mei Xiang & their young Xiao Qi Ji are coming home to #China by end-2023, Chinese FM spokesperson said Tue, noting relevant procedures are under discussion.The #giantpanda family now remains at Smithsonian's National Zoo in Washington, D.C., US. pic.twitter.com/sujTs0MAGR— People's Daily, China (@PDChina) August 22, 2023

リシ・アイエンガー

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