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カニエ・ウェスト、数々の暴言や奇行を振り返る...それでも「キャンセル」されない理由とは?

ニューズウィーク日本版 2023年9月19日 16時30分

<差別発言の連発で提携企業に見放された大物ラッパーを私たちが求め続ける理由>

カニエ・ウェスト(現在はイェと改名)の暴言や奇行は今に始まったことではない。だが近年、その問題行動がエスカレートし、「キャンセル」を求める声が増している。

ウェスト(46)はヒップホップのプロデューサーとして名を成した後、自身もマイクを握り、史上最高レベルに多作なラッパーとなった。

2014年にリアリティー番組のスター、キム・カーダシアンと結婚してからは、音楽を超えてその名を世界にとどろかせた。ファッションビジネスに乗り出し、アディダスと共同でスポーツブランド「YEEZY(イージー)」を立ち上げて大いに儲けた。

だが最近は孤立を深め、昨年10月にはアディダスが契約を解消。今後ウェストが「キャンセル」される──社会的に抹殺される──ことはあるのだろうか。

保守派の黒人政治評論家キャンディス・オーウェンズは、その可能性はないとみる。「カニエ・ウェストは決してキャンセルされない」と、彼女は8月8日、X(旧ツイッター)に投稿した。「この事実を受け入れ難い人もいるだろう。恵まれた人間は、ゼロからたたき上げた人間を理解できない。ウェストをつくったのは恵まれた白人の支配層ではないから、彼らにウェストをつぶすことはできない」

「キャンセル」の概念は黒人文化から生まれた。

最初にこの表現が使われたのは1991年の映画『ニュー・ジャック・シティ』とみられ、2014年にリアリティー番組『ラブ&ヒップホップ』で、ある出演者が恋人に「おまえをキャンセルする」と言ったのをきっかけに広まった。不祥事を起こした有名人をSNSなどでつるし上げて社会的に抹殺する現象は、今では「キャンセル・カルチャー」と呼ばれている。

オーウェンズとは視点が違うが、人間関係が専門のコンサルタントでライフコーチのシラーニ・パタクも、キャンセルはないと予想する。

「ウェストはドナルド・トランプと同じく、人気が衰えず、『キャンセル不可能』なアイコンとして歴史に残るだろう。人はアイコン級の有名人と下世話なゴシップに目がない」と、彼女は言う。

「カルチャーアイコンであり、ゴシップを提供してくれる。だから干されて消えることはない。私たちの社会は、ウェストのような有名人に夢中なのだ。彼らを悪役に仕立てて攻撃すれば気が紛れるし、自分の問題に目を向けないでいられる」

ウェストは00年代に入ってラッパーとして称賛を集めるも、間もなく問題行動の代名詞となった。05年にはハリケーン・カトリーナの被害者救済イベントで、「(ジョージ・W・ブッシュ大統領は)黒人のことなど気にかけちゃいない」と述べて物議を醸した。

09年にはMTVビデオ・ミュージック・アワーズで最優秀女性アーティストビデオ賞に輝いたテイラー・スウィフトのスピーチに乱入。マイクを奪い、ビヨンセが受賞すべきだったと暴言を吐いた。16年にはシングル「フェイマス」のミュージックビデオに、スウィフト似の人形とベッドにいる場面を盛り込んだ。

自分のルーツである黒人社会も標的にし、18年に「奴隷制は(黒人の)選択だったように思える」と発言。BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動に火を付けたジョージ・フロイド殺害事件について、フロイドは警官に殺されたのではなく薬物の過剰摂取で死亡したと口にしたこともある。

21年にリリースした10枚目のスタジオアルバム『ドンダ』では、性暴力で告発されたマリリン・マンソン、同性愛者への差別発言を批判されたダベイビーと共演。ポッドキャスト「ドリンク・チャンプス」で、「俺たちをキャンセルすることはできない」と豪語した。

昨年10月には「白人の命は大事」のスローガンをあしらったTシャツを着てイージーのファッションショーに登場し、世間を騒がせた。名誉毀損防止連盟(ADL)はこのスローガンを、白人至上主義団体が使う「ヘイトスピーチ」に指定している。

騒ぎはさらに過熱した。ウェストは反ユダヤ主義的な発言を連発し、アドルフ・ヒトラーが好きだと言い放った。陰謀論者アレックス・ジョーンズのポッドキャストに出演した際には、「ナチスはいいこともした」と述べた。

メンタルヘルスに不安も

パートナー企業も我慢の限界に達したようだ。既に見限っていたGAPのほか、アディダスとバレンシアガが契約を打ち切り、取引銀行のJPモルガン・チェースも関係を解消した。

ツイッター(当時)も昨年10月にウェストのアカウントを凍結。同社を買収したイーロン・マスクが凍結を解除したが、反ユダヤ発言を受けて再び凍結した(現在は解除されている)。

だがパタクによれば、問題はウェストがキャンセルされるか否かよりもキャンセル自体にある。「キャンセル・カルチャーは人を辱めるだけだ」と、彼女は言う。「自分の言動の責任を取らせたいなら、排除しても効果はない。人をキャンセルするのは悪さをした子供に何が悪いのかを説明せず、言い分も聞かずに、ただ反省しろと言って部屋に閉じ込めるのと同じ。そうした行動は相手の心に恥辱の種をまく。種はやがて芽を出し、排除され、つるし上げられるたびに大きくなる」

排除する前に「その人の考え方、メンタルヘルス、人生と言い分を考慮するのが大切」だとパタクは説く。「ウェストの発言を聞くと、私は深刻な精神疾患を抱えた人々をケアした若い頃の体験を思い出し、胸が痛む。行動の裏にいる人間を理解しようと努力すれば、思いやりのある関係を築く機会になる」

ウェストは16年に双極性障害と診断されたが、薬を飲まないほうが創造性を発揮できるから服用をやめたと数年後に述べている。

差別発言は悪いとした上で、パタクは「ウェストの人生を知るように努め、彼を人として理解すること」を勧める。

そもそも、ウェストほどの大物を社会的に抹殺するのは不可能かもしれない。

「奴らに俺のラップをやめさせることはできない。そうだろ?」。03年のデビュー曲「スルー・ザ・ワイヤー」で、ウェストはうそぶいた。交通事故で粉砕されたあごをワイヤーで固定した状態でレコーディングしたこの曲がヒットし、そこから彼はスターになったのだ。

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