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「特急オホーツク」「寝台特急北斗星」がタイを走る...地元でも愛される、中古車両の幸せな「第2の人生」を追う

ニューズウィーク日本版 2023年9月17日 9時52分

<日本の「テツ」もクラウドファンディングで支えた、ディーゼル機関車「DD51」。日本の技術者による支援と、「平和の証」としての鉄道について>

※前編:インドネシアを走る「都営地下鉄三田線」...市民の足を支える日本の中古車両の行方は? から続く。

アジア各地で、日本の中古車両が第2の人生を送っている。キハと呼ばれるディーゼルカー、ブルートレイン、客車――。なぜ、古い車両が活躍する物語は「テツ」の心をつかむのだろうか。𠮷岡桂子著『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』(岩波書店)より一部抜粋する。

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DD51がつなぐ日タイ交流

私が20年秋まで3年半を過ごしたタイでも、日本の中古車両が現役で走っていた。客車、ブルートレイン、そして80年以上前に製造され、観光用に使われている蒸気機関車まで、種類も豊富だ。日本からわざわざ乗りに来る愛好家は少なくない。

タイ国鉄が21年末、JR北海道からディーゼルカーキハ183を輸入した。製造から40年が過ぎた車両だ。日本では特急オホーツクとして走っていた。

バンコクで改造、つやつやに再塗装された。22年12月、観光列車として第2の人生をスタートした。主なお客は地元の人々だ。

SNSでは当初、輸入に好意的な意見ばかりではなかった。製造から40年も過ぎた車両で、「本当に走れるのか」「鉄くず」という声もあがった。16年にも中古の客車10両を日本から輸入しながら5年以上も放置してきたこともあったからだ。心配は、もっともだ。

タイに住み、乗りテツとしてユーチューブで発信している鉄道愛好家の木村正人は言う。

「高速鉄道計画が持ち上がったり都市鉄道や地下鉄の路線が増えたりすることで、タイでも鉄道にかかわる報道が増えています。鉄道に対する関心が以前より高まっています。ユーチューバーなど鉄道愛好家として個人で発信する現地の人も増えました。中古車両に対して、いろんな角度からこれまで以上に反応があったのも、そのせいではないでしょうか」

タイで再出発した日本の機関車DD51=2019年9月20日 タイ・ノンプラドク 筆者提供

北斗星 タイで輝く

複線化を進める工事用の車両として輸入された中古のディーゼル機関車DD51を取材したことがある。北海道で寝台特急北斗星を牽引していた鉄道愛好家に人気のある機関車だ。

輸入したAS社によれば、1両あたりの価格は輸送費こみで4000万円。日本の鉄道愛好家らがクラウドファンディングで約180万円を集めて、技術指導者を日本からバンコクへ派遣した。

輸入にあたって日本語の資料しか添えられておらず、整備に苦労していたからだ。運転席の表示も耐雪、空転、停止と表示も日本語のままだった。

中心となったのは、木村のほか、長崎の吉村元志、北海道の小林涼太郎らだ。

「長く使ってもらえるように協力したい」と話す日本側に対して、AS社のポンサック・スティーブンは「会社じゃなく、ひとりひとりの有志としての支援がほんとうにうれしい」と応じた。

自分の祖父が日本で運転していた機関車だといって、わざわざ見にきた日本人もいた。「大事にされていたんだなあ、と愛着がわきました」。スティーブンは笑顔をみせた。

この会社がある辺りは戦中、日本軍が多くの施設を展開していた。「戦争で亡くなった人の幽霊が出るってうわさもあるのですよ」。そう付け加えた。

負の歴史を抱える地で、温かな交流が生まれている。吉村は日本から持参した北斗星のプレートを手渡した。

その後も、日本の技術者による相談や指導をこつこつと続けている。吉村は言う。

「中古車両が活躍できるかどうかは、車両の善し悪しだけでなく、いかにメンテナンスするかが大きい。技術者の交流などソフト面の支援があってこそ、より長く使えます」

中古車両が心を通わせるきっかけになるとしたら、第2の人生、これほどの輝きはない。

ミャンマーに協力が戻る日

ミャンマーでもヤンゴンの環状線をはじめ、日本の中古車両があちこちで活躍する。とはいえ、民主化指導者アウン・サン・スーチーが「中古ばかりではいやだ」と日本の援助関係者に話したことがあり、日本政府は新車も投入する方針で計画を進めていた。

ただ、21年2月に国軍によるクーデターが起き、23年5月現在も国軍の統治下にある。鉄路の爆破も起きている。

民主主義に銃弾で背を向けた国に援助ができるはずがない。日本政府は鉄道を含めて新たな協力を止めた。ヤンゴン近郊で見かけたキハ11を思い出す。

行き先のプレートが「高山」という日本語表記のままで走っていた。家族3人で乗り鉄していた英語講師の男性は、「10歳の息子が列車に乗ると喜ぶんだ。いつか環状線を家族で1周したい」と話していた。

ミャンマーの政治が1日も早く人々の手に戻り、日本の鉄道専門家が再び現場に赴く日を心待ちにしている。

𠮷岡桂子(Keiko Yoshioka)
1964年岡山県生まれ。岡山大学法学部卒業後、山陽放送アナウンサーを経て朝日新聞記者。北京・上海特派員として約8年間、中国に駐在。2020年9月まで3年半、バンコクを拠点に20カ国以上を訪ねて中国の影響力を取材した。新刊『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』(岩波書店)をはじめ、著書に『人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢』(小学館)、『問答有用 中国改革派19人に聞く』(岩波書店)、『愛国経済 中国の全球化』など。ユーラシアから中国を見ようと、23年秋からブダペスト在住。

 『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』
  𠮷岡桂子[著]
  岩波書店[刊]

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タイでDD51とキハ183系の感動の再会の瞬間

タイ国鉄 キハ183系とAS社DD51-1137が本線上で奇跡の再会。かつての北海道を彷彿とさせる光景に感動/鉄道走行動画チャンネル

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SRT-キハ183系/Kiha 183 series passing Makkasan 24/6/2023/Trains and Stuff


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