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「巨象」インドのヒンドゥーな実像...3週間の滞在で見た「真の顔」

ニューズウィーク日本版 2023年9月19日 16時10分

<モディ政権はファシストでナショナリスト? 新興大国の誇りと野心と少しの危うさを知る>

本当はヒマラヤの山麓を3週間かけて歩き回るつもりで、インド軍の元将校2人に案内役を頼んでいた。ところがムンバイのホテルに着いて2日目の朝、部屋の電話が鳴った。

「カール様、お車が来ております。それに2人の......ガイドさんも」

「車? ガイド? 何の話だ?」

「お車は1階で、待っています」

ああ、と私は思った。これが元CIA工作員の宿命か。仕方ない。私は階下へ向かった。

どうやらナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)政権の高官の誰かが私のインド入りに気付き、せっかくだから見学ツアーに「招待」しようと決めたらしい。後に彼らは、私にこう告げた。アメリカ・メディアの描くBJP像やモディ首相像には大いに不満だと。だから私に「本当のインドがどんなか」を見せ、BJP政権の目指すところを教えてやろうというわけだ。

自分たちは一部の有識者が言うほど不寛容な政府ではないし、ファシスト的でも反イスラムのナショナリストでもないと彼らは主張した。そうした見方は、社会主義者でエリートで英語を話す野党・国民会議派による偏見に満ちた言い分だとも。

彼らは3週間にわたって私をインド西部と北部のあちこちに案内した。外交官でも見ることができないような権力の回廊を私に見せ、インドの権力層がインドをどう見ているのか、そしてモディ政権が国のために何を望んでいるかを説明した。

「ヒンドゥトバ」とは何か

インドは1000年もの間、イスラム教徒やムガール帝国、次いで大英帝国に支配され、ヒンドゥー教徒は従属を強いられてきた。だがモディ率いるBJP政権にとってのインドはヒンドゥー教徒の国だ。

それは「ヒンドゥトバ(ヒンドゥー至上主義)」と呼ばれる思想で、ヒンドゥー教こそインド文化と社会の基盤と見なす。20世紀前半の独立闘争の時期に芽生えた思想だが、BJPは1980年代以降、このヒンドゥー至上主義を掲げ、これこそが「インドの魂であり国家の基盤」だと位置付けている。

ライバルの国民会議派は、この思想をインドの多文化主義や寛容性、独立後に採用した民主主義に反する危険なものと捉えている。だが多数派のヒンドゥー教徒はこの思想によって力を得たと感じているようで、モディとBJPは世論調査で一貫して50~68%の支持を得ており、来年の総選挙ではモディが3選を果たす可能性が高い。

だがナショナリズムは危険な不寛容を生む可能性もある。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、モディの首相就任以降、インド政府による人権侵害に対する抗議行動が増えているとし、反対意見を抑え込むために政府が暴力を使う例も増えたと指摘している。ただしBJPはそんな批判を意に介さない。

インド経済の活力を見せつける証拠は至る所にあった。高速道路や高層ビルの建設はあちこちで進められている。教育を受けたインド国民の大半は、今や「新興大国の市民」を自認している。

私は何度も、人口14億人強の同国で近年で「2億5000万人以上の」国民が極度の貧困を脱したと聞かされた。BJPの支持者に言わせれば、モディ政権の経済自由主義と産業政策のおかげだ。ただし世界銀行の報告には、極度の貧困は30年前に比べて33%減ったとある。そうであれば、BJPだけの手柄ではない。

G7はインドを加えてG8に

多くの国民は昔ながらの官僚主義が経済発展の足を引っ張っていると感じているが、それでも世界銀行の「ビジネス環境ランキング」を見ると、インドは15年の142位から63位まで順位を上げている。もはや貧困まみれで前近代的な国ではなく、急成長する世界の経済大国だという自負を、私はあちこちで感じた。

野党陣営には、国内メディアがBJPの圧力に屈し、単純で好戦的なナショナリズムをあおっているとの批判がある。時代遅れな思考方法も残っている。私自身、ロシアは「信頼に足る友人」だとか、アメリカは搾取的で60年以上にわたって宿敵パキスタンの味方をしてきたという主張を何度も聞かされた。

しかし、そうした声は独立を果たしたばかりで欧米嫌いの国民会議派が国を率いていた時代の「名残」にすぎない。私が会った現在のエリート層は、インドが世界の大国としての自信を深めつつあることを繰り返し強調していた。

今のインドは非同盟諸国で固めたグローバルサウスで指導力を発揮し、BRICSの一員として存在感を示すと同時に、アメリカ主導のクアッド(日米豪印戦略対話)やインド太平洋地域での合同軍事演習にも参加している。いずれも自国を強化し、アメリカや中国、ロシアと並ぶ独立した大国になりたいという願望の表れだろう。しかしインドが何よりも重視しているのは、中国に対抗できる勢力となることだ。

スブラマニヤム・ジャイシャンカル外相がインドを、グローバルサウスを構成する「南西の大国」と位置付けつつも、西側諸国やその規範との「極めて強固な結び付き」を強調する理由はそこにある。

インドは長年、国連安保理の常任理事国入りを求めてきたが、国連の機構改革は不可能に近い。世界の大国は今後、世界の諸問題に対処する上で国連に代わる別な枠組みを構築していくだろう。ロシアによるウクライナ侵攻を受けてG7(主要7カ国)の戦略的重要性が増しているなか、遠からずインドがG7に加わり、新たなG8が誕生する。私はそう予想している。

3週間の滞在で、ヒマラヤの壮大な山並みを拝む機会は一度もなかった。その代わり別のインドを見た。今や世界第3位の経済大国にならんとし、月面着陸に成功した4番目の国となったことを誇り、国際舞台で自信たっぷりの姿勢で重要な役割を果たそうとし、グローバルサウスに影響力を持ちつつ西側陣営に接近して中国を牽制し、植民地時代と社会主義時代の硬直した官僚制の残渣を、そして西洋に対する歴史的な敵意を捨て去ろうと努めるインドの姿だ。

BJPはインドを、1000年にわたる外国資本と3世代にわたる社会主義的同族支配の悪しき遺産から解き放ちたいらしい。その過程で非ヒンドゥー系住民を疎外し、多数派による不寛容な支配と独裁政治に陥るようでは困るが。



グレン・カール(本誌コラムニスト、元CIA工作員)

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