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ナゴルノカラバフ紛争再燃で米露が抱えるジレンマ

ニューズウィーク日本版 2023年9月20日 18時14分

<紛争当事国のアゼルバイジャンにもアルメニアにもいい顔をしてきたロシアとアメリカは今度こそ二手に分かれることになる>

<動画>アゼルバイジャンの「対テロ作戦」

アゼルバイジャンは9月19日、ナゴルノカラバフ地域で「対テロ作戦」を開始したと発表した。攻撃対象はアルメニア軍部隊だという。アメリカのジョー・バイデン大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領の双方にとって、政治的に悩ましい状況だ。

地元当局やメディアは、ナゴルノカラバフの中心都市ステパナケルトで、複数回の爆発音やサイレンが聞こえたと報じている。ナゴルノカラバフは、国際的にはアゼルバイジャンの領土とされているが、実際にはアルメニア人の居住地となっている。アゼルバイジャンとアルメニアは、この係争地の領有権をめぐり何度も戦火を交えており、直近では2020年7月に軍事衝突があった。

プーチンは近年、アゼルバイジャンとの関係を深めており、2022年2月、ウクライナ侵攻を開始するわずか数日前に、政治軍事協定にも署名した。一方のアルメニアも、ロシアにとって長年の友好国だ。

「全面的な侵略」

アゼルバイジャンの「対テロ作戦」が開始された9月19日には、アルメニア外務省が、アゼルバイジャンの行動を「全面的な侵略」と呼び、ロシア政府に対して平和維持部隊の介入を要請した。ロシアの平和維持部隊は、すでにナゴルノカラバフで2000人規模で駐留している。

プーチンと同様にバイデンも、アルメニアとアゼルバイジャンの両方と利害関係がある。アメリカは、1992年にアルメニアが旧ソ連から独立したのを機に外交関係を樹立した。2022年にアルメニアとアゼルバイジャンとの間で小規模な衝突が起きた際には、当時のナンシー・ペロシ米下院議長がアルメニアを訪問。「法に背いた」攻撃を行ったとして、アゼルバイジャンを非難した。

アメリカはその一方でアゼルバイジャンとも1992年に外交関係を樹立し、近年は貿易関係のパートナーシップを強化している。アゼルバイジャンからアメリカへの最大の輸出品は原油だ。この原油は、プーチンのウクライナ侵攻を受けて、バイデンがロシア産原油の禁輸に踏み切って以来、ますます重要性を増している。

ただし、アゼルバイジャンとの関係強化を、アメリカ議会の全員が認めているわけではない。上院外交委員会の委員長を務めるボブ・メネンデス上院議員(民主党、ニュージャージー州選出)は9月に入り、上院の議場において、「ナゴルノカラバフで現在も継続中の民族浄化」について、アゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領を名指しで批判する発言をしている。

メネンデスは9月19日、上院外交委員会のX(旧ツイッター)アカウントが投稿した、同日のアゼルバイジャンの行動に関するメッセージをリポストした。

「ナゴルノカラバフに対するアゼルバイジャンの厚顔無恥な攻撃は、アルメニア系住民をこの地から一掃しようとするアリエフの邪悪な意図を裏付けるものだ」とこのメッセージは綴り、こう呼びかける。「アメリカと国際社会は、行動を起こさなければならない」

プーチンもこの紛争によって、自国の2つの同盟国の離反を招くリスクを抱えている。しかも、プーチン政権下でのロシアとアルメニアとの関係は、すでにほころびを見せている。アルメニアのニコル・パシニャン首相は、ナゴルノカラバフの領有権をめぐる争いに関してロシア政府からの支持がない、と批判してきた。

パシニャンは2023年に入り、ロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO)からアルメニアが離脱する可能性もあると警告した。CSTOは6カ国からなる軍事同盟で、北大西洋条約機構(NATO)の小型版とも呼ばれている。

ウクライナ戦争で余裕がないロシア

ジョージ・メイソン大学のマーク・N・カッツ教授は本誌の取材に対し、ロシアは、これまでの紛争ではアルメニア側を支持してきた実績はあるものの、プーチンは「最近になって、アルメニアに対するアゼルバイジャンの動きに関して比較的寛大になっている」と指摘する。

「これにはいくつかの理由があるとみられる。第一に、西側寄りの傾向を増しているアルメニア政府にプーチンが不満を抱いている。第二に、ウクライナでの戦争により、ロシアのアルメニア/アゼルバイジャン戦域での展開能力が低下している。第三に、この紛争でアゼルバイジャンを支援しているトルコの(レジェップ・タイップ)エルドアン大統領との対立を避けたいと考えている、の3点だ」と、カッツは指摘した。

ロシア政府のドミトリー・ペスコフ報道官は9月19日、ロシアはアゼルバイジャンとアルメニア両国の政府関係者と連絡をとりつつ、交渉を促していると述べた。ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官もナゴルノカラバフの状況に触れ、ロシア政府は、同地域の「紛争の急速な激化を深く懸念している」と述べた。

ザハロワは記者会見で、「ロシアは対立する両国に対し、流血の事態をやめるよう強く呼びかけている」と述べた。「ただちに軍事行動を中止し、政治的・外交的な解決に立ち返るべきだ」
(翻訳:ガリレオ)



ジョン・ジャクソン

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