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ロシアの裏庭でアゼルバイジャンが「対テロ戦争」を開始、孤立したアルメニア人住民に民族浄化の危機

ニューズウィーク日本版 2023年9月20日 18時15分

<ロシアの制止も聞かなくなった旧ソ連国アゼルバイジャンが、同じく隣国のアルメニアに3度目の領土紛争を仕掛けた。そのアルメニアは米軍と軍事演習をする軍事同盟国だ>

<動画>アゼルバイジャンの「対テロ作戦」

アゼルバイジャンは9月19日、アルメニアとの間の係争地、アゼルバイジャン西部ナゴルノカラバフ地域への攻撃を開始した。もともと不安定な旧ソ連地域の外交関係はますます緊張を増し、ロシア、EU、アメリカの介入を求める声が高まっている。

アゼルバイジャン国防省は19日、アルメニア人勢力が実行支配するナゴルノカラバフ地域で「対テロ対策」を開始したと発表した。攻撃前の数週間、アゼルバイジャンは前線付近の軍備増強を続けていた。

この地域をめぐるアゼルバイジャンとアルメニアの緊張の高まりは、今に始まったことではない。アルメニア人が「アルツァフ共和国」と呼ぶナゴルノカラバフ共和国はアルメニア系住民が大多数を占めているが、国際的にはアゼルバイジャンの一部として承認されている。ソ連崩壊後、両国は2度に渡ってこの地域の領有を争う戦闘に突入した。

2020年には大規模な衝突が起き、兵士7000人以上が死亡した。アゼルバイジャンはソ連時代のナゴルノカラバフの約3分の1と隣接する7つの領土の大部分の支配を取り戻した。

ロシアにも青天の霹靂

ここ数カ月、紛争の再燃が懸念されていた。アゼルバイジャンが昨年12月にアルメニアとナゴルノカラバフをつなぐ唯一のルートであるラチン回廊を封鎖し、人道的危機が起きる恐れが高まったからだ。目下の最大の争点は、ナゴルノカラバフのアルメニア系住民の安全確保だ。

ナゴルノカラバフの人権オンブズマンであるアルタク・ベグラリアンは、X(旧ツイッター)に「長い間、血に飢えていたアゼルバイジャンは、アルツァルフの人々を虐殺する血なまぐさい段階」を開始した、と投稿した。

「ロシア、アメリカ、EUよ、これが権利と安全の保証なのか?」と、ベグラリアンは付け加えた。

国際危機グループ(ICG)の南コーカサス地域担当上級アナリスト、オレシャ・バルタニャンは、国連総会でアゼルバイジャンとアルメニアの外相に対し、アメリカ、EU、ロシアその他の世界の指導者たちが国際的な調停者として、「戦闘を止め、話し合いで目的を達成することが最善の道だとし、アゼルバイジャンを納得させるために最大限の努力をすることが重要だ」と述べた。

ロシアは2020年の紛争では停戦を仲介する役割を果たしたが、アゼルバイジャンの今回の攻撃は数分前に知らされただけだったと、ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は語った。そして紛争当事者に既存の和平合意を尊重するよう促しただけだった。

 

ナゴルノカラバフ在住のジャーナリスト、マルト・バニャンは19日、ナゴルノカラバフの中心都市であるステパナケルトの病院付近から爆発の音が聞こえ、煙が上がる様子をXに投稿した。「砲弾の音がひっきりなしに聞こえている」と彼は書いた。夜には自分の家のすぐ近くで砲弾や銃弾が炸裂。バニャンはその恐ろしい動画も投稿している。

BBCによると、街では防空サイレンと迫撃砲の音が鳴り響き、地雷の爆発などでアゼルバイジャン人警察官と民間人11人が死亡した。

ロシアの平和維持軍の管理下にある地域でも爆発事件が2件発生し、軍人4人と民間人2人が死亡した。アゼルバイジャン政府はアルメニアの破壊工作グループの仕業だと非難した。

「アゼルバイジャンは、2020年のナゴルノカラバフ紛争を終結させた停戦合意に従ってロシアの平和維持軍が守っている地域も支配下に入れようとしているようだ」と、ICGのバルタニャンは述べた。「今回の戦闘で、この地域に住むアルメニア人は逃げ出すかもしれない」。

大国間の緊張を生む

その後2022年にも衝突はあったが、2023年1月に作成されたICGの報告書によれば、外交努力によって戦争に発展せずに済んだ。

だがICGは「衝突が再燃するリスクは依然として高い」とし、両国間の戦いは「多大な人的犠牲を伴う」だけでなく、「EU、ロシア、アメリカの地域的緊張を高める」戦争になると警告している。

ICG南コーカサス・アナリストのザウル・シリエフによると、アゼルバイジャンは、アルメニアとの30年に渡る対立に関する不満が、これまでの和平プロセスでは十分に解決されていないと感じている。最近の会談でも同様の苦情を申し立てていた。

「アゼルバイジャンは2020年の衝突で地図を塗り替え、現在はアルメニアとの和平解決を模索しているが、あくまでも自国に都合のいい条件を求めている」と彼は本誌に語った。

シリエフによれば、アゼルバイジャン政府はNATOの同盟国であるトルコなどの外部からの圧力にも関わらず、その姿勢を変えるつもりはなさそうだ。

 

「アメリカ、EU、ロシアは停戦交渉を仲介したにもかかわらず、たいした影響力を持っていないようだ」と、シリエフは言う。

アゼルバイジャンとアルメニアはどちらもロシアと緊密な関係があり、アルメニアはモスクワ主導の集団安全保障条約(CSTO)に加盟している。ICGによれば、アゼルバイジャンも一時加盟したことがあったが1999年に脱退。最近は戦場だけでなく、交渉の場でも力を増している。

アメリカにはロシアに次いで、国を追われたアルメニア人住民が多い。9月11日にはアルメニアとの合同軍事演習「イーグル・パートナー2023」を行い、アルメニアのロシア離れを一層印象づけた。

 

<動画>アゼルバイジャンの「対テロ作戦」

<動画>ナゴルノカラバフ、夜中の砲撃
Our kids don't deserve even a calm sleep according to the genociders https://t.co/qP3TbclJrX— Artak Beglaryan | #StopArtsakhGenocide (@Artak_Beglaryan) September 20, 2023

<動画>大規模な戦争が始まった音
BREAKING:Large scale fighting has just started in Nagorno-Karabakh.Artillery and suicide drones are in action by both sides.It's possible that another war between Azerbaijan and Armenia is starting in front of our eyes. pic.twitter.com/xXC0Er8fCj— Visegrád 24 (@visegrad24) September 19, 2023



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