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虐殺を逃れて「暗闇」で6年間...厳しい経験から生まれた「すべての人に明かりをもたらす」新アイデア

ニューズウィーク日本版 2023年9月21日 12時31分

<ルワンダでの大虐殺を逃れた元難民の男性が、AIを活用した送電プロジェクトによって生み出した「未来の明かり」>

1998年、アフリカのボツワナに広がるカラハリ砂漠の難民キャンプで、10歳のロバート・カベラはランプの明かりを頼りに高校の科学の教科書を読もうとしていた。しかし火を何度付けても、すぐに砂漠の強い風に吹き消される。「6年間、(難民キャンプの)暗闇で暮らして、明かりのことばかり考えるようになった」と、カベラは言う。

彼の言う「暗闇」には、きっといくつもの意味がある。ルワンダに生まれたカベラは94年に大虐殺が起きたとき、5人の家族と17人の隣人と共に自宅地下の小さくて暗いトンネルに何週間も隠れていた。その後、一家はカラハリ砂漠の難民キャンプに何とかたどり着いた。

砂漠での明かりのない夜が将来の仕事を決めたと、カベラは言う。その仕事とは、電気を使えない人々に明かりをもたらすこと。そして気候変動のせいで大嵐が送電網を破壊するような事態が頻発しても、その明かりを決して絶やさないことだ。

「送電網の耐久力を高めるためには、テクノロジーを活用して自然を保護し、再生させる必要がある」と、カベラは語る。「うまくいけば、気候変動によるリスクに対処できる」

やがてカベラの一家は、米ジョージア州アトランタに移住。カベラはスタンフォード大学で工学を学び、2011年に卒業した。その後、信用格付け会社を起業し、アフリカの農家が肥料や水利施設の費用を賄うための融資を提供し始める。

アフリカ農村向け送電プロジェクトで米政府と協力

さらにカベラは当時のオバマ政権と協力して、電力供給が不安定な(あるいは皆無な)アフリカの農村部向けの送電網を改良するプロジェクトに取り組んだ。この仕事が16年に終わる頃、彼は洪水や熱波、干ばつに見舞われても電力を安定供給する方法を確立したいと考えていた。

地球温暖化が進めば、こうした極端な気象現象は増える一方だ。送電網のトラブルの大半は、おおむね情報の分析不足による。電力会社には自然災害による電線などへの損傷の防止や、危機の際に送電ルートを見直すための人材やノウハウはある。だが被害がいつどこで発生するかを予測する材料はなく、事前に対策を講じられない。

カベラは、これらの問題の対策にはAI(人工知能)や機械学習の進歩が役立つと確信していた。そこで彼は20年、シンク・エナジーAI社を共同設立する。

送電網の危険度を示すシンク・エナジーAI社のマップ(SYNC ENERGY AI提供)

災害やトラブルが起こる前に対処が可能

同社が力を入れているのは、AIを使ったプログラムの開発だ。目的は気象全般のデータと、都市における樹木の位置や地域の送電網の詳細などを示す政府のデータベースを統合すること。極端な気象現象が起きたときに、どの系統に損傷の恐れが高く、どの地域の利用者が最も影響を受けるかを予測できるようにする。

この予測ができるなら、危機が起こる前に対処が可能だ。送電線周辺の木の刈り込みや、被害を受けやすい地点の電力系統の運用見直しのほか、トラブルが予想される場所へ事前に人員を配置することもできる。

シンク・エナジーAIは、樹木による送電網へのリスクを監視するAIシステムを既に米ノースカロライナ州シャーロットに配置し、ほかの自治体とも導入に向けて協議中だ。嵐による電力系統の損失について保険会社との提携も進めている。

カベラは、ほかの気候リスクについても取り組みたいと言う。社会はAIを積極的に導入し、柔軟に問題に対応すべきだと、彼は語る。明かりに事欠く人たちに、少しでも光をもたらすための第一歩だ。


デービッド・H・フリードマン

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