Infoseek 楽天

地球温暖化とどう向き合う? データと行動で希望を語る「エコリアリスト」に聞く

ニューズウィーク日本版 2023年9月22日 13時0分

<相次ぐ異常気象で未来に絶望する若者が急増中だが、専門家は見通しが好転している兆しを指摘し始めている>

ジョシュ・スペクターは気候変動が人類の存亡に関わる問題だと、早くから理解していた。6歳にして、この難題に対処する必要性を痛感。学生時代はオレゴン大学で地理データ分析を専攻し、無人探査機などの研究開発・運用を行うNASAのジェット推進研究所(JPL)でインターンを経験。2020年に大学を卒業すると、衛星画像サービス会社プラネット・ラボに入社した。

だがコロナ禍が長引き、米西部で熱波や山火事が猛威を振るうにつれ、人生がほころび始めた。クライアントの価値観に幻滅して退職、オレゴン州ポートランドの実家に戻ってNPOのボランティアになった。

「身近で起きている気候変動に過敏になっていた」と、スペクターは言う。「目が覚めるとツイッターで世界各地の異常気象による被害をチェックする日々だった。抑鬱や不安や悲しみや無力感で、何時間も何も手に付かないこともあった」

今夏の異常気象で多くの人が同じ思いを味わっている。カナダで発生した壊滅的な森林火災の煙がアメリカ北東部・中西部に流れ込み、ハワイ・マウイ島の山火事による死者は100人を超えた。カリフォルニア州やアリゾナ州や米南部の大半で史上最高気温を記録。フロリダ州南部では周辺の海水の温度が32度超と温水に近くなった。ペンシルベニア州やニューヨーク州では熱波による豪雨が道路を寸断し、家屋が鉄砲水で流され、計6人以上が死亡した。

ヨーロッパとアジアも記録的な高温に見舞われている。7月中旬、イタリアでは気温が45度を超え、23都市に警報が出された。ギリシャの首都アテネ近郊では山火事が猛威を振るった。中国の首都・北京では28日間連続で気温が35度を超えた。何より衝撃的なのは、統計開始以来の世界の平均気温上位30日のうち21位までを今年7月が占めたことだ。

これでは、人類が文明の終焉に直面しているのではないかと人々が危惧するのも無理はない。アメリカなど10カ国の16~25歳の若者1万人を対象に実施された21年の調査では、59%が気候変動について「とても/極度に不安」と回答。半数以上が悲しみ、不安、怒り、無力感、罪悪感などを感じ、4分の3が未来を「恐ろしい」と感じると回答した。31カ国の人々を対象とした22年の調査では、回答者の40%が気候変動の影響への懸念から子供を持ちたくないと考えていることが分かった。

皆さん、エコ不安の時代へようこそ。アメリカ心理学会の定義によれば、エコ不安とは「気候変動の影響による環境破壊への慢性的な不安と、それに関連して自分と次世代の未来に抱く懸念」だという。

カ氏110度(セ氏43度)の気温表示(7月16日、アリゾナ州フェニックス) BRANDON BELL/GETTY IMAGES

まだ「世界の終わりではない」

だが、もしも実は気候変動による世界の終焉が差し迫ってはいないとしたら? 未来についての長期的見通しが最近、従来よりはるかにましになっているとしたら?

そう問いかけるのは、新しいタイプの気候活動家、自称「エコリアリスト」たちだ。彼らは政府や産業界、一般市民による過去数年間の前向きな行動が従来の予測をはるかに上回っていると指摘。もちろん、まだ十分ではないものの、大勢の人々が希望を失わず前向きに行動すれば、メリットを拡大できるという。

「気候変動について私たちにできることが何もないのなら、落ち込んだり諦めたりして当然だ。だが未来は自分たちが握っていると気付けば、状況は変えられる。それが私たちの希望のよりどころだ」と、エコリアリストの1人である米環境保護団体「自然保護協会」のキャサリン・ヘイホー主任研究員は言う。

エコリアリストは気候変動が現実ではないと言っているわけではない。世界の終わりを予感させるニュースが飛び交うなかで、希望を持てと言うほうが難しいのは確かだ。

例えば国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は今年3月の報告書で、産業革命前からの世界の平均気温上昇を1.5度以内に抑えるという目標値を2030年代前半に突破する可能性が高いと発表。「全ての人々・生物にとって生存可能で持続可能な未来への扉は急速に閉ざされつつある」と主張した。

一方、エコリアリストたちは過去5年間で別の傾向が表れていると指摘する。19年時点では多くの気候学者が、今世紀末には世界の平均気温は産業革命前から5度近く上昇し、世界の広範囲が居住不能になると予測していた。しかし今では、グリーンエネルギーの使用が以前は考えられなかったほど劇的に増加したおかげで、上昇幅は約2.5~3度程度と、いくらかましになる見込みだ。

エコリアリズムの急先鋒がハナ・リッチーだ。オックスフォード大学が運営するアワ・ワールド・イン・データ(世界の変化をデータで読み解くウェブサイト)の主任研究員で、新著『世界の終わりではない』でも持論を展開している。

「記録的な猛暑と山火事と洪水が続くなかでも、最悪の気候変動を避けられるかもしれないという一筋の希望の光が見えてきている」と、リッチーはワシントン・ポスト紙への最近の寄稿で記した。「温室効果ガス排出量と石炭消費量が世界最大の中国が、再生可能エネルギーへの転換を猛烈なペースで進めている」

大雨で道路が冠水(7月11日、バーモント州モントピリア) KYLIE COOPER/GETTY IMAGES

リッチーによれば、中国で今年導入される太陽光パネルは、アメリカに設置されているパネルの総量を上回る見通しだ。加えて、中国で昨年販売された自動車の3台に1台は電気自動車(EV)だったという。この割合は、20年には15台に1台にすぎなかった。

5年前に悲観的な予測を示していた人たちが見通せなかったのは、世界で再生可能エネルギーへの転換が進むペースの速さだ。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、商業レベルの太陽光発電の発電量当たりのコストは、10年から21年の間に88%低下した。発電コストは、陸上風力発電で68%、洋上風力発電でも60%下がっている。

目を見張る再エネシフト

米エネルギー情報局(EIA)によると、目覚ましいコスト低下を背景に、アメリカでは昨年、再生可能エネルギーの発電量が石炭火力発電を初めて上回った。アメリカの発電所がつくり出す電力に占める石炭火力発電の割合は、この10年間で半減し、19.5%まで低下している。

世界全体の石炭消費量も、13年を境に減少に転じたとみられている。以前の予測では、石炭消費量は21世紀末まで増え続けるとされていた。

5年前にはほぼ予測できていなかった展開がもう1つある。それは、世界中でEVの販売台数が飛躍的に増加したことだ。世界の道路を走っているEVの台数は、20年の1000万台から3000万台に跳ね上がった。昨年、世界のEV販売台数は前年比で60%増えている。

しかも、EV革命はまだ始まったばかりだ。米環境保護局(EPA)はこの4月、自動車メーカーがアメリカ国内で販売する新車の3分の2以上をEVとするよう求める規制案を発表した(昨年のアメリカの新車販売台数に占めるEVの割合は5.8%にすぎなかった)。

再生可能エネルギーへの転換が進み、温暖化に歯止めがかかれば、好影響は極めて大きいと考えられる。

地球の平均気温が産業革命前より5度上昇した場合、海水面は90センチ程度上昇するとも予測されているが、気温上昇が2度の場合は、海水面の上昇が30センチ程度に収まる可能性がある。また、平均気温が3度高くなれば、干ばつが続く期間は平均10カ月長くなるとみられるのに対し、気温上昇が1.5度なら、その期間は2カ月にとどまるという。

動植物への影響も見落とせない。平均気温の上昇を産業革命前と比べて2度に抑えられれば、脊椎動物の8%が現状の生息域の半分以上を失う。しかし、平均気温の上昇が4.5度に達すると、その割合は42%になるという。植物の場合、この割合はそれぞれ16%と68%だ。

あまりの暑さに体調を崩した観光客(7月18日、ローマ) STEFANO MONTESIーCORBIS/GETTY IMAGES

「最悪のシナリオは実現可能性が低いという認識が広がり始めている」と、コロラド大学ボールダー校のマシュー・バージェス助教(環境学)は言う。「それでも人々は、気候変動が現実に起きていて、深刻な問題である半面、それが人類にとって最大の脅威とは限らないという可能性をなかなか理解できないらしい」

気候変動に関する今後の見通しが以前よりも明るくなっていることを人々に伝えるべきだと、ヘイホーは主張する。「10年前には、そのままいけば平均気温が4~5度上昇する世界が訪れる可能性があった」と、彼女は言う。「現在では、平均気温の上昇幅は3度程度にとどまるとみられている」

悪夢よりも「希望」を語る

気候科学者たちは長年にわたり、最悪のシナリオを強調することで気候変動問題への人々の関心を高めようとしてきた。しかし、そうしたやり方が裏目に出かねないと、ここにきて考え始めている。極度の不安を抱くあまり、直ちに行動を取るべきときに行動できなくなっている人がとても多いのではないか、と考えるようになったのだ。

気候変動について警鐘を鳴らした初期の有力な論者の中にも、若い世代に希望を持たせることの重要性を指摘する人たちが現れている。

ジェームズ・ハンセンもその1人だ。NASAゴダード宇宙研究所の所長を務めていたハンセンは1988年、米議会の公聴会で証言。気候変動が現実に起きていて、しかも状況が悪化しつつあると発言し、大きな反響を呼んだ。

気候科学分野の世界的権威とされるハンセンが、09年に発表した初の著書『私の孫たちの嵐──迫りくる気候的破滅の真実と人類救済の最後のチャンス』は、タイトルからして不吉だった(邦訳は日経BP刊『地球温暖化との闘い──すべては未来の子どもたちのために』)。

一方、近く刊行予定の新著『ソフィーの惑星』はどうか。「ハンセンは楽観主義を捨てていない。本書は解決策に目を向け、気候観察を必要な政策にどうつなげるか、後に続く若い世代のために、いかに地球を守れるかを問いかける」と、出版元のブルームズベリー社は解説する。

「若者は失望してはならない」。ハンセンは電子メールで本誌にそう述べた。「彼らは難題を抱えているが、それは刺激的な挑戦であり、第2次大戦やベトナム戦争といった過去の多くの問題ほど危険ではない」

大洪水の爪痕(7月10日、ニューヨーク州ハイランドフォールズ) FATIH AKTASーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

ジャーナリストのビル・マッキベンも同様だ。89年に刊行した『自然の終焉──環境破壊の現在と近未来』(邦訳・河出書房新社)は一般向けに危機を説いた先駆的著作だが、19年に発表した著書『揺らぎ』では、いつもながらの暗い見方に希望ムードが入り交じる。

「若かった頃と比べて、悲観的でなくなった点が1つある。こうした危機への抵抗は、少なくとも可能だという確信。それが本書の結論だ」と、マッキベンは記している。

何に希望を感じているのか。マッキベンは電話でこう説明した。

「講演の際には、いつも『状況を改善するために、私に何ができるか』と聞かれる。これは、現在の状況への心理的反応として非常に健全だ。いくつかの点で(気候変動は)ほかの緊急事態と変わらない。自宅が火事になったら、どうする? 火を消そうとするはずだ。行動こそが、絶望に対する最良の解毒剤だ」

NASAのJPLのデータ科学者で環境活動家のピーター・カルマスは昨年4月、化石燃料事業投資への抗議として、ロサンゼルスのJPモルガン・チェース社屋の入り口に自分を鎖でつなぎ、逮捕された。捨て身の行動に出た彼も、絶望は解答にはならないという。

「あまりに多くの人が気候変動に不安や絶望を感じ、どうしたらいいか分からずにいる。私たちはつながり合い、コミュニティーづくりを始めるべきだ。自分は独りではないと知ろう。友人と一緒に、変化を生み出せる何かに協力して取り組めば、ずっと乗り越えやすくなる」

台頭し始めたエコリアリズムの担い手のうち、最も意外な存在は「ブロズ・フォー・デカーボニゼーション(脱炭素化を求める野郎ども)」と名乗る団体だろう。マッチョ感あふれる名称のせいか、同団体のX(旧ツイッター)のプロフィールには「パロディーではない」とのただし書きまで付いている。

太陽光パネルなど、再生エネルギーの活用が急増(ドイツのリンゴ園) ANDREAS RENTZ/GETTY IMAGES

エコ不安から抜け出すには

ブロズは当初、真面目な組織と受け止めてもらえず苦労していた。だが今年4月、ニューヨーク・タイムズ紙に「気候変動と闘うには、旧来の環境保護の陰気さを捨て去り、新たなテクノロジーの可能性に焦点を合わせるのが一番だ」と考える団体と評されたことをきっかけに、そのメッセージに注目が集まっている。

6歳で環境保護に目覚めた冒頭のスペクターは、気候変動を原因とする不安や鬱から抜け出すために、ポートランドを拠点とする心理学者で「エコセラピー」専門家のトマス・ドハティーに助けを求めた。

ドハティーがエコ不安の治療を始めたのは10年以上前だ。この問題への認知が広がるなか、今では「気候意識」の高いセラピストたちによるNPOの北米気候心理学同盟といった仲間も誕生している。

不安は正当なものだと安心させることが役目の1つだと、ドハティーは言う。「クライアントは多くの場合、こう感じるのは自分だけだと孤独感を募らせている。懸念を共有する人々との交流を促している」

現在25歳のスペクターが治療を受け始めたのは昨年の春だ。「本当に助けになった」と、彼は話す。「差し迫った事態だとの意識にとらわれていたが、実際には何十年もかかると気付くことができた。常に最前線で闘わなければと感じていたが、持続可能であるためには、時によって立ち位置を変えられると認識すべきだと言われた。前に出ることも、後ろに下がることもできる。自分を責めすぎていた」

気候変動による惨事のニュースばかり読まず、環境に優しいとは限らない企業に勤める旧友を含めて、友人と会うことも勧められた。「以前より確実に気分が明るくなった」と、スペクターは言う。「陰鬱な環境活動家として生き続けるわけにはいかない、と理解したのだと思う」

気候変動のせいで絶望に陥っても意味がない。それでなくとも、事態は十分深刻なのだから。



ダン・ハーリー(サイエンスライター)

この記事の関連ニュース