<海洋生物では早くから報告されてきたマイクロプラスチックの健康への悪影響だが、哺乳類の健康への影響、とくに神経症状を調査した研究はほとんどなかった。様々な濃度のマイクロプラスチック入りの水を高齢マウスと若いマウスのグループに飲ませた結果...>
20世紀以降、人工物で分解されにくいプラスチックは、生活の中にどんどん増えています。経済協力開発機構(OECD)によると、2019年には世界で約4億6000万トンのプラスチックが消費され、プラスチックごみが約3億5300万トン発生しました。プラスチックごみは2000年の約1億5600万トンから倍以上に増加しています。
プラスチックごみで、とくに問題視されているのが「マイクロプラスチック」です。ペットボトルやビニール袋などは、自然環境中で紫外線などに晒されて劣化すると破砕・細分化され、概ね直径5ミリ以下の微小な粒子となるとマイクロプラスチックと呼ばれます。
微小粒子は海流や大気によって環境に拡散され、食物連鎖で濃縮されるため、生態系や健康に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されています。実際に、海洋汚染の原因として最も注目を集めていますが、陸地でもいたるところに存在するためヒトの体内からも発見されています。
高齢マウスと若いマウス、マイクロプラスチックを混ぜた水を飲ませた結果
この状況を重くみた国連は、22年3月に開かれた国連環境総会(UNEA)で、プラスチック汚染防止の条約づくりのための政府間交渉を24年末までに終えることを決議しました。現在は、5回想定されている政府間交渉のうち2回終わっており、3回目の交渉が年内にケニアで行われる見込みです。
今年5月に広島で行われたG7サミットでも「2040年までに追加的なプラスチック汚染をゼロにする」ことが合意されました。これは、19年のG20(大阪で開催)で合意された「2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにする」という目標を10年前倒しし、汚染ゼロを地球環境全体に広げるものでした。
国連や各国の政治家がプラスチック汚染対策に動くなか、近年は科学者たちも精力的にマイクロプラスチックに関する研究を進め、環境に対する影響や体内での挙動を解明しようとしています。
今回、米ロードアイランド大の神経科学者であるジェイム・ロス博士ら研究チームは、高齢マウスと若いマウスのグループにマイクロプラスチックを混ぜた水を飲ませる実験を行いました。すると、脳を含むあらゆる器官にマイクロプラスチックは侵入し、特に高齢のマウスでは奇妙な行動が見られたと報告しました。研究成果は、国際学術誌「International Journal of Molecular Science」に先月1日付で掲載されました。
マイクロプラスチックの健康に対する影響は、どこまで分かっているのでしょうか。ヒトに関してはどのような報告がされているのでしょうか。近年の研究成果も合わせて見ていきましょう。
プラスチックの健康への悪影響は、海洋生物では早くから報告されていました。たとえば、比較的大きなプラスチック片の場合、イカやクラゲと間違えて食べたアホウドリやウミガメの消化管が傷ついたり、胃に残留することで満腹状態と勘違いした結果、栄養失調が起きたりするといいます。
プラスチックが微小粒子になると、小魚や動物プランクトンも捕食することができます。マイクロプラスチックは、周囲の海水中に存在する有害な化学物質(残留性有機汚染物質[POPs]など)を表面に吸着して運搬するため、海洋生物は物理的な摂食阻害を起こすだけでなく、有害物質を体内に取り込んで健康被害を受ける可能性もあります。
顕著な行動異常を確認
今回の研究を主導したロス博士は、マイクロプラスチックの哺乳類の健康への影響、とくに神経症状を調査した研究がほとんどないことから、様々な濃度のマイクロプラスチック入りの水をマウスに飲ませて、神経行動学的影響と炎症反応を探り、体内のどこに蓄積されているのかを調べることにしました。
老齢マウス(21カ月齢)と若いマウス(4カ月齢)のメスマウスを、それぞれ10匹ずつ4グループ作り、①普通の水、②低用量のマイクロプラスチック入り(1ミリリットルの水に対して0.0025ミリグラム)、③中用量のマイクロプラスチック入り(同0.025ミリグラム)、④高用量のマイクロプラスチック入り(同0.125ミリグラム)を3週間飲ませました。マイクロプラスチックは蛍光ポリスチレンを使い、蓄積の状態を見やすくしました。
3週間後、行動調査をすると、とくにマイクロプラスチックを飲んでいた老齢マウスでは明暗の好み(本来は明るい場所を嫌う)が変わったり、奇妙な動きをしたり、移動距離が増えたりするなど、顕著な行動異常が見られました。ロス博士はプレスリリースで、「これは人間の認知症に似た行動だ」「これらの行動はマイクロプラスチックの用量にはよらず、わずかな実験期間なのに変化が起こって驚いた」と語っています。
ロス博士らは、その後研究を進め、マイクロプラスチックが体内に入ると、脳に特異的なタンパク質であるGFAP(グリア線維性酸性タンパク質)が減少することを発見しました。これまでの研究から、GFAPの減少は、アルツハイマー病やうつ病など、いくつかの神経変性疾患の初期段階と関連しているとされています。
さらに、実験終了後にマウス体内のどこにマイクロプラスチックが蓄積されていたかを検査をすると、脳・肝臓・腎臓・消化管・心臓・脾臓・肺など、検査対象だったあらゆる組織と、尿や糞からマイクロプラスチックが見つかりました。消化器以外の組織からも検出されたことは、マウス体内に入ったマイクロプラスチックが血流に乗って全身を循環したことを示唆しています。
とりわけ、脳には血液脳関門と呼ばれるバリアがあり、異物が入り込まない構造になっていますが、マイクロプラスチックは関門を突破して脳にも蓄積していました。脳への蓄積可能性は今年4月にウィーン大の研究チームも検証しており、マウスにポリスチレン粒子を経口投与後、わずか2時間で脳に到達したと報告しています。ウィーン大チームを主導するルーカス・ケナー博士は「プラスチック粒子が炎症や神経障害、あるいはアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患のリスクを高める恐れがあります」と語っています。
もっとも、ロス博士は、22年の先行研究で台湾国立中央大の研究チーム指摘した「ポリスチレン粒子が脳に蓄積したマウスでは、脳細胞の炎症や記憶力の低下が現れた」という結果は今回の実験では見られなかったと説明し、「体内のマイクロプラスチックの挙動はまだ分からないことが多く、人間にそのまま当てはまるとは限らない」と慎重な態度を示しています。
手術に使った輸液や器具から体内に入り込む可能性も
マイクロプラスチックの人体への影響については、21年にイギリスの研究チームがヒト細胞を使って定量化を試みました。実験結果では「細胞の死」や「アレルギー反応」などが見られ、健康被害が出る可能性が示唆されました。
今年7月には、中国の首都医科大学の研究チームが心臓病の患者15人の心臓組織や血液を手術前と手術後に採取し、走査電子顕微鏡やイメージング技術で分析したところ、計9種のマイクロプラスチックが検出されました。サイズは最大で約0.2ミリだったといいます。
中国チームの研究で特筆すべき結果は、血液中のマイクロプラスチックは手術の前後で種類や直径が変わっていたということです。つまり、手術の最中に使っていた輸液や器具に含まれていたマイクロプラスチックが、新たに体内に入り込んだ可能性が高いということです。
マイクロプラスチックは、今からいくらプラスチックの消費やごみを減らす努力をしても、すでに環境中にあふれているため、今後もわたしたちの体内に蓄積され続けるのかもしれません。それでも、蓄積の速度を抑えるためには、国際社会が一丸となってプラスチック汚染を食い止める必要があるでしょう。加えて、研究者はマイクロプラスチックと人体との関係の解明を進め、影響を少なくしたり体内から除去したりする方法を開発していくはずです。恐れすぎずに問題点を理解して、プラスチックごみに対して自分ができることから行動を始めたいですね。
20世紀以降、人工物で分解されにくいプラスチックは、生活の中にどんどん増えています。経済協力開発機構(OECD)によると、2019年には世界で約4億6000万トンのプラスチックが消費され、プラスチックごみが約3億5300万トン発生しました。プラスチックごみは2000年の約1億5600万トンから倍以上に増加しています。
プラスチックごみで、とくに問題視されているのが「マイクロプラスチック」です。ペットボトルやビニール袋などは、自然環境中で紫外線などに晒されて劣化すると破砕・細分化され、概ね直径5ミリ以下の微小な粒子となるとマイクロプラスチックと呼ばれます。
微小粒子は海流や大気によって環境に拡散され、食物連鎖で濃縮されるため、生態系や健康に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されています。実際に、海洋汚染の原因として最も注目を集めていますが、陸地でもいたるところに存在するためヒトの体内からも発見されています。
高齢マウスと若いマウス、マイクロプラスチックを混ぜた水を飲ませた結果
この状況を重くみた国連は、22年3月に開かれた国連環境総会(UNEA)で、プラスチック汚染防止の条約づくりのための政府間交渉を24年末までに終えることを決議しました。現在は、5回想定されている政府間交渉のうち2回終わっており、3回目の交渉が年内にケニアで行われる見込みです。
今年5月に広島で行われたG7サミットでも「2040年までに追加的なプラスチック汚染をゼロにする」ことが合意されました。これは、19年のG20(大阪で開催)で合意された「2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにする」という目標を10年前倒しし、汚染ゼロを地球環境全体に広げるものでした。
国連や各国の政治家がプラスチック汚染対策に動くなか、近年は科学者たちも精力的にマイクロプラスチックに関する研究を進め、環境に対する影響や体内での挙動を解明しようとしています。
今回、米ロードアイランド大の神経科学者であるジェイム・ロス博士ら研究チームは、高齢マウスと若いマウスのグループにマイクロプラスチックを混ぜた水を飲ませる実験を行いました。すると、脳を含むあらゆる器官にマイクロプラスチックは侵入し、特に高齢のマウスでは奇妙な行動が見られたと報告しました。研究成果は、国際学術誌「International Journal of Molecular Science」に先月1日付で掲載されました。
マイクロプラスチックの健康に対する影響は、どこまで分かっているのでしょうか。ヒトに関してはどのような報告がされているのでしょうか。近年の研究成果も合わせて見ていきましょう。
プラスチックの健康への悪影響は、海洋生物では早くから報告されていました。たとえば、比較的大きなプラスチック片の場合、イカやクラゲと間違えて食べたアホウドリやウミガメの消化管が傷ついたり、胃に残留することで満腹状態と勘違いした結果、栄養失調が起きたりするといいます。
プラスチックが微小粒子になると、小魚や動物プランクトンも捕食することができます。マイクロプラスチックは、周囲の海水中に存在する有害な化学物質(残留性有機汚染物質[POPs]など)を表面に吸着して運搬するため、海洋生物は物理的な摂食阻害を起こすだけでなく、有害物質を体内に取り込んで健康被害を受ける可能性もあります。
顕著な行動異常を確認
今回の研究を主導したロス博士は、マイクロプラスチックの哺乳類の健康への影響、とくに神経症状を調査した研究がほとんどないことから、様々な濃度のマイクロプラスチック入りの水をマウスに飲ませて、神経行動学的影響と炎症反応を探り、体内のどこに蓄積されているのかを調べることにしました。
老齢マウス(21カ月齢)と若いマウス(4カ月齢)のメスマウスを、それぞれ10匹ずつ4グループ作り、①普通の水、②低用量のマイクロプラスチック入り(1ミリリットルの水に対して0.0025ミリグラム)、③中用量のマイクロプラスチック入り(同0.025ミリグラム)、④高用量のマイクロプラスチック入り(同0.125ミリグラム)を3週間飲ませました。マイクロプラスチックは蛍光ポリスチレンを使い、蓄積の状態を見やすくしました。
3週間後、行動調査をすると、とくにマイクロプラスチックを飲んでいた老齢マウスでは明暗の好み(本来は明るい場所を嫌う)が変わったり、奇妙な動きをしたり、移動距離が増えたりするなど、顕著な行動異常が見られました。ロス博士はプレスリリースで、「これは人間の認知症に似た行動だ」「これらの行動はマイクロプラスチックの用量にはよらず、わずかな実験期間なのに変化が起こって驚いた」と語っています。
ロス博士らは、その後研究を進め、マイクロプラスチックが体内に入ると、脳に特異的なタンパク質であるGFAP(グリア線維性酸性タンパク質)が減少することを発見しました。これまでの研究から、GFAPの減少は、アルツハイマー病やうつ病など、いくつかの神経変性疾患の初期段階と関連しているとされています。
さらに、実験終了後にマウス体内のどこにマイクロプラスチックが蓄積されていたかを検査をすると、脳・肝臓・腎臓・消化管・心臓・脾臓・肺など、検査対象だったあらゆる組織と、尿や糞からマイクロプラスチックが見つかりました。消化器以外の組織からも検出されたことは、マウス体内に入ったマイクロプラスチックが血流に乗って全身を循環したことを示唆しています。
とりわけ、脳には血液脳関門と呼ばれるバリアがあり、異物が入り込まない構造になっていますが、マイクロプラスチックは関門を突破して脳にも蓄積していました。脳への蓄積可能性は今年4月にウィーン大の研究チームも検証しており、マウスにポリスチレン粒子を経口投与後、わずか2時間で脳に到達したと報告しています。ウィーン大チームを主導するルーカス・ケナー博士は「プラスチック粒子が炎症や神経障害、あるいはアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患のリスクを高める恐れがあります」と語っています。
もっとも、ロス博士は、22年の先行研究で台湾国立中央大の研究チーム指摘した「ポリスチレン粒子が脳に蓄積したマウスでは、脳細胞の炎症や記憶力の低下が現れた」という結果は今回の実験では見られなかったと説明し、「体内のマイクロプラスチックの挙動はまだ分からないことが多く、人間にそのまま当てはまるとは限らない」と慎重な態度を示しています。
手術に使った輸液や器具から体内に入り込む可能性も
マイクロプラスチックの人体への影響については、21年にイギリスの研究チームがヒト細胞を使って定量化を試みました。実験結果では「細胞の死」や「アレルギー反応」などが見られ、健康被害が出る可能性が示唆されました。
今年7月には、中国の首都医科大学の研究チームが心臓病の患者15人の心臓組織や血液を手術前と手術後に採取し、走査電子顕微鏡やイメージング技術で分析したところ、計9種のマイクロプラスチックが検出されました。サイズは最大で約0.2ミリだったといいます。
中国チームの研究で特筆すべき結果は、血液中のマイクロプラスチックは手術の前後で種類や直径が変わっていたということです。つまり、手術の最中に使っていた輸液や器具に含まれていたマイクロプラスチックが、新たに体内に入り込んだ可能性が高いということです。
マイクロプラスチックは、今からいくらプラスチックの消費やごみを減らす努力をしても、すでに環境中にあふれているため、今後もわたしたちの体内に蓄積され続けるのかもしれません。それでも、蓄積の速度を抑えるためには、国際社会が一丸となってプラスチック汚染を食い止める必要があるでしょう。加えて、研究者はマイクロプラスチックと人体との関係の解明を進め、影響を少なくしたり体内から除去したりする方法を開発していくはずです。恐れすぎずに問題点を理解して、プラスチックごみに対して自分ができることから行動を始めたいですね。