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イングランド代表の熱心なファンが、そろいもそろって「弱小クラブのサポーター」なわけ

ニューズウィーク日本版 2023年9月25日 14時55分

<成り行きで滞在したポーランドのマイナー都市で偶然行われていたユーロ予選のイングランド対ウクライナ戦で、ある法則に気付いた>

僕はサッカーを見るのが心底好きだが、専門家と言えるような立場ではないから、サッカーについてあまり頻繁に書かないようにしている。たくさんしゃべるがなんの洞察もない、いわゆる「パブによくいる退屈な専門家かぶれ」にならないよう注意している。でも僕は先日、サッカー関係のある社会現象について、語るにふさわしいと思うような奇妙な出来事に出くわした。

僕は今、ヨーロッパを旅しているが、計画では(まだ計画があったうちは)フランスに行ってラグビーワールドカップ(W杯)の試合をいくつか観戦するかもしれないと思っていた。別々の友人グループ2組がちょうどフランス旅行をしていて、どこかで彼らと落ち合うことも考えていた。

でも「複数の事件」が降りかかった。まず、僕の出発日に鉄道のストライキが発生。そこで列車でフランスに行く代わりに、フェリーでオランダに向かわざるを得なくなった。それで、ラグビーが始まる前に時間を取ってドイツにも旅行しようと決めた。僕はヨーロッパ全土を巡れる鉄道パスを買っていたから、行きたくなったところどこにでも行ける自由を手にしていたのだが、そのとき既に僕は間違った方向に向かっていた。

次に、フランスと南欧の天候は概して容赦ない猛暑だった。それだけに、試合チケットや、ラグビーファンでごった返した街のホテルに高いカネを支払うことに気が引けてきた。

だから、当初の予定とは反対に、僕はドイツのさらに東に向かった。それからさらにポーランド北部へ、ラグビーをテレビで見ることすらできない土地へと入った(ポーランドはラグビーに熱心な国ではない)。ドイツのドレスデンから電車で「ほどよく」近く、何年も前から訪れたいと思っていた労働組合「連帯」発祥の地である北部グダニスクに向かう途上の立ち寄り先としても都合がいいから、僕は西部ブロツワフに行くことにした。

ブロツワフの人々には失礼で申しわけないが、僕はここに来る5日前でさえ、その名を聞いたことすらなかった。実際、何と発音するかも見当がつかなかった(ブロツワフの綴りはWroclaw)。厄介なことで有名だが、ポーランド語はしばしば英語話者の予想と正反対の発音をすることがある。だからZywiecビールは「ジワイク」と読むのかと思いきや「ジヴィエツ」だし、Wroclaw市は「ロックロウ」と読まずに「ブロツワフ」となる。

ブロツワフに着くと、イングランド人の多さに驚いた。彼らは興味深い博物館や史跡を訪れるのではなく、昼下がりから中心街の広場で飲んだくれているから、簡単に見分けられる。それに彼らはイングランドのTシャツなど何かしらイングランド人と分かるものを着ていたり、果てはイングランド国旗を持ち歩いたりしているから一目瞭然だ。

どうやら僕は、2024年欧州選手権(ユーロ)予選のイングランド対ウクライナ戦が、ウクライナでは開催できないので中立のブロツワフで行われていたのに気付いていなかったようだ。

お気に入りの選手が「敵」になる可能性も

1週間前、イングランドのラグビーを見るためにフランスに行こうとしていたのに、いつの間にやらイングランドのサッカーの試合が行われていたポーランドに偶然にも降り立っていたという皮肉な展開に、僕はもちろん衝撃を受けた。

ブロツワフにいたイングランドのファンが、そろいもそろって「イケてない」場所から来ていて、「イマイチな」国内クラブのサポーターだったことにも衝撃を受けた。ダービー・カウンティ、コベントリー・シティ、ピーターバラ、サウスエンド・ユナイテッド、レイトン・オリエント......。

僕はけっこうな数のイングランド人と話をしたが、プレミアリーグを応援している人には誰も遭遇しなかった。偶然にも僕はその日、アーセナルのキャップをかぶっていたが、誰ひとりそれに否定的反応をしなかった(肯定的反応も)。たとえばマンチェスターユナイテッドやスパーズ(トッテナム・ホットスパー)、あるいは他のアーセナルファンとすれ違ったりしたら、確実に反応があるだろう。ヤジが飛んでくるか、喝采が飛んでくるか、だ。

だから僕は、最も献身的なイングランド代表ファン(代表の試合のために海外に飛ぶようなファン)は、強豪クラブのファンではないということに気付いた。例えばマンチェスター・シティのファンなら、チャンピオンズリーグでのマンチェスター・シティの試合に金を払う可能性の方がずっと高い。それに正直に言えば、多くのプレミアリーグファンは、イングランド対ウクライナの試合を見るよりアーセナル対マンUの試合を見るほうに興味がある。

プレミアリーグの強豪チームは大抵、イングランド代表入りしている選手が1人か2人はいる。でもイングランド代表には「大嫌いな」チームの選手も混ざっているだろうから、応援する気になれない場合もある。

また、プレミアリーグの大好きなチームのお気に入りの選手が、対戦相手国の代表チームで出場しているかもしれないが、そのせいで「複雑な気持ち」になる場合もある。僕も今回のイングランド対ウクライナの試合をパブで観戦してこの気持ちを味わった。ウクライナ代表で出場したアーセナルの選手(オレクサンドル・ジンチェンコ)がイングランドからゴールを奪い、僕も嬉しくなってしまったのだ。彼がわがアーセナルにとって良い選手であり、同時にいいヤツでもあるからだ(母国が侵略される恐怖について発言していた彼は、思いがけずイギリスで「スポークスマン」的な役割を担わされている)。

だから僕は、「イングランド代表ファン」が、そこらじゅうの「イングランドのサッカーファン」とどの程度違うかに気付かされた。他の国の状況はどうなのだろう。Jリーグのファンはサムライブルーの「あまりに多くの」選手が海外チームに所属していることは気にならないのか? バルセロナのファンはスペイン代表を嫌うのだろうか? 多くのドイツ人は代表チームにバイエルン・ミュンヘンの選手が史上最高レベルに「多すぎる」ことに怒りを感じるのだろうか?などだ。

僕の場合は、わがアーセナルへの関心はイングランド代表への熱意を上回ることに気付いた。もしも自分が旅行する予定の都市でアーセナルが試合することになっていたら、気付かないということはなかっただろう。



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