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今、ジャニーズを切るより企業がすべきこと...必要なのは懲罰ではなく「影響力の行使」

ニューズウィーク日本版 2023年9月26日 18時0分

<性加害を受け契約を解除する広告主が相次ぐが、安易なリスク回避はかえって問題の温存につながる。また広告代理店やメディアにも講じるべき具体的な再発防止策がある>

日本のエンターテインメント業界に長年、影響を与えてきたジャニーズ事務所が揺れている。8月末、外部専門家による再発防止特別チームの調査が創業者、故ジャニー喜多川の長年にわたる少年たちへの性加害を認めた。9月7日にはそれを受け喜多川の姪、藤島ジュリー景子が社長の座を退き、所属タレント最年長の東山紀之が後を継ぐ人事を発表した。

7日の東山らによる4時間超にわたった記者会見は、少なくとも過去にはないレベルで事務所が問題に向き合ったものだったことはひとまず認めなければいけない。疑惑の段階からジャニー喜多川の性加害問題を報じ続けた週刊文春、日本共産党の機関紙である「赤旗」、批判的な見解を持つジャーナリストら、出席した多くのメディアからの質問に生中継の場で答えた。

この会見をもって問題は次のフェーズへと移行した。ジャニーズ事務所のタレントを広告に起用してきた企業が続々と起用を取りやめる動きを見せたのだ。一連の動きに対する社会の反応を簡単に整理するとおおむね3つの立場に分けられるように思える。

第1にジャニーズ事務所の解体、所属タレントも含めた厳しい社会的制裁を求める層がいる。東山が「鬼畜の所業」とまで断じた性加害行為を事実認定しながら、事務所が今までのような形で利益を出すことは許されないという考えは一つの筋ではある。

第2に事務所を擁護する従来からのファンクラブ会員など熱烈なファン層が存在している。一般的に、批判が集まる時期にこそ結束するという心理はさまざまな社会、団体で観察されるものだ。

第3にジャニーズ事務所、および現在のメディアや広く芸能界に対して状況の改善を求める人々だ。改善には事務所からの適切な補償案、契約関係にある企業からも再発防止策を求める責任が含まれる。

私の見解では同事務所の再発防止特別チームの調査報告書や、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」、および彼らに助言する弁護士も第3の立場を取っているように思える。

本稿も同様に、潮が引くように次々と契約企業がジャニーズとの関係を断っても問題は解決しないという立場を取る。キーワードは後述する「ビジネスと人権」だ。これは契約企業だけでなく、メディアや広告代理店も変化に応えていくべき問題だ。

私と本誌編集部はジャニーズ所属タレントを起用した有名企業に対して質問状を送り、起用した経緯や起用に当たってどこまで調査したかの回答を求めた。その中にはジャニーズ所属グループの「嵐」のアメリカ進出計画などに密着したオリジナルドキュメンタリーを制作・配信したネットフリックスも含まれる。同社や、同じくジャニーズタレントを起用した作品を配信しているアマゾン、広告キャンペーンを展開したセブンイレブンは回答しなかった。だが国内飲料メーカー各社などからは回答を得た(9月23日までの情報に基づく)。

「当事者の会」も企業の契約解除を望んでいない(9月の記者会見) KIM KYUNG-HOONーREUTERS

「責任ある広告主」とは

「過去にさまざまな報道があったことは耳にしていましたが、それが事実であるかどうかを確認せず事実認定に至りませんでした。今回の調査や記者会見によって明らかになったことで、重大な事実であることを認識したため、報道内容を精査した上で当社として確認すべきだったと感じています」(アサヒグループホールディングス)

「タレントの起用については広告代理店を通して行っています。今年大きく報道されるまでは、詳細を把握しておりませんでした」(キリンホールディングス)

「8月29日の再発防止特別チームによる調査結果の報告および9月7日のジャニーズ事務所の記者会見で事実を知りました」(サントリーホールディングス)

現段階でタレントの広告起用はないものの、過去にジャニーズのグループと大々的なキャンペーンを展開していたローソンは「同事務所の過去の報道や訴訟記録について調査には至っておりませんでした」と回答した。

アサヒのように過去の調査不足を明確に認めた上で所属タレントの起用見直しを早期に表明した企業もあるが、起用を続けながら「責任ある広告主」として、再発防止に向けて行動計画の提出を求める(朝日新聞、9月14日)P&Gのような対応もある。

当事者の会にも助言をする弁護士、蔵元左近は「ビジネスと人権」問題における国内の第一人者である。企業の責任の取り方をどのように評価するか。蔵元は従来型の「リスクマネジメント」と「ビジネスと人権」ではアプローチが異なると語る。

「国連が出した『ビジネスと人権に関する指導原則』でも、取引停止(=契約終了)は最後の手段だ。ジャニーズ事務所との取引は経営上のリスクだから早急に切ればいいというやや乱暴な考えが横行しているように見える。それでは問題は解決しない。

影響力を適切に行使し、相手に対して『当社はこういう問題意識を持っている。この時期までにこれこれの改善策の実施を求める。改善できないのなら必要な措置を取る』と具体的な改善策を求めるなど段階を踏んでいくのがスタンダードな手法だ」

正義や善意で解決しない

契約の終了でかえって監視の目が届かなくなることで問題が温存されたり、タレントたちの働く場を奪って生活基盤が脅かされたりするという新たな人権問題が生じるリスクがある。それを避けるのが「ビジネスと人権」アプローチだ。一連の対応を見る限り、一見すると穏健なP&Gの対応が最も国連の指導原則にのっとっているといえそうだ。

興味深いのは当事者の会もまた懲罰的な契約終了、個別の番組出演やドラマや映画への出演の取りやめを求めていないことだ。彼らや社会にとって望ましいのは「エンタメ業界全体での再発防止」に向けて動き出すことにある。

ジャニーズ事務所単体の再発防止策はさほど難しいものではないだろう。喜多川のような人物が再び現れる可能性はゼロではないが、性加害が起きた原因と隠蔽体質は調査報告で指摘されており、体制変更の基本的路線は調査委が敷いている。彼らに必要なのは早急に補償や被害者へのメンタルケアの具体策、通報窓口の設置、新たな経営体制と人権指針を示すことに尽きる。

いま最も改善が必要なのはスポンサー以上に「ジャニーズ事務所と距離が近く問題を知り得る立場にあった大手広告代理店、メディア企業だ」(蔵元)。メディアは「これまで報道が足りなかった反省」を重視しがちだが再発防止は正義感や善意任せではできない。蔵元は「代理店もメディアも一企業としてできることはある」と強調する。

例えばエンタメ業界で起きるハラスメントをなくすため、起用するタレントや役者からの相談や通報を受け付ける独立した窓口を設置する、法人として人権についてより踏み込んだ文書の発表、個人・所属事務所を含め人権問題に抵触する可能性があった場合は改善が見られるまで出演を打ち切ることを明記した新たな契約書を出演前に交わす──。ジャニーズに限らず他の芸能事務所とも対話を重ね、蔵元が指摘するような具体策を制度化して初めて「再発防止」という一歩が踏み出せる。

この先「芸能界は特別だから......」という言い訳は通用しない。取引を打ち切れば解決する単純な問題ではない以上、広い意味で性加害、ハラスメントをなくすために何ができるのかが問われている。各社が影響力を行使し、動くタイミングは今しかない。

石戸 諭(ノンフィクションライター)

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