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電撃戦より「ほふく前進」を選んだウクライナ...西側はゼレンスキーの反攻「戦術」を信じてよいのか?

ニューズウィーク日本版 2023年9月26日 20時3分

<ロシアが設置した防衛戦「スロビキン・ライン」を突破したウクライナ軍。ゼレンスキー大統領には「全土の解放」以外に選択肢はない>

[ロンドン発]フィンランドに拠点を置くOSINT(オープン・ソースから入手できる画像や映像、位置情報を分析する手法)グループ「ブラック・バード・グループ」の専門家エミール・カステヘルミ氏が24日「ウクライナ軍の装甲車がスロビキン・ラインを突破した」とされる状況を分析してX(旧ツイッター)に連続投稿している。

■【動画】ウクライナ軍が「スロビキン・ライン」を突破...戦況マップと、進軍の様子を捉えた映像

スロビキン・ラインとはロシア軍の「ハルマゲドン将軍」ことセルゲイ・スロビキン上級大将(拘束)が敷き詰めた1平方メートル当たり最大5個という非常に密度が濃い地雷原を含む防御帯のことだ。「ウクライナ軍は南部ザポリージャ州ヴェルボベ村西側地域の支配を拡大し、装甲車は第一スロビキン・ラインを越えて行動している」(カステヘルミ氏)という。

「と同時に東部ドネツク州の激戦地バフムート南側で2つの村を解放した。これで突破口は見えたのか」と問いかけている。「9月、ウクライナ軍はヴェルボベ村西側の野原で主要防御線を越えて数キロメートル前進した。ロボティネ南側で要塞化された敵陣を占領し、さらに南下した。ロシア軍の反撃は失われた陣地を奪還するには至っていない」

「ウクライナ軍はスロビキン・ラインの反対側でさまざまな装甲車を使えるようになった。より大規模なウクライナ軍の集中や動きが上空の映像から確認できる。ウクライナ軍は毎月少しずつ前進しているとはいえ、実際の突破口はまだ見えていない。突破口を開くとは敵陣に侵入するだけでなく、ある地域の敵の防御をより大きく崩壊させることに貢献することだ」

「突破口を開いてはいないが突破口は見えている」

ロシア軍の防御帯はまだ大きくは崩れておらず、制御不能に陥っていない。カステヘルミ氏は「ウクライナ軍は今回の反攻作戦でどの方向にも突破口を開いてはいないが、突破口は見えている。ウクライナ軍は複数の前方戦闘陣地を占領し、『第一スロビキン・ライン』として知られる第一主要防御線の一部を制圧している」と分析する。

年内にウクライナ軍は突破口を開けるのかという誰もが知りたい問いかけには「ロシア軍が賢明な方法で軍隊を使い続け、ウクライナ軍の攻撃を撃退することに集中するならば、突破口を開く可能性は低い。しかし無能は大きな要因であり、少なくとも局地的には大きな影響を及ぼす可能性がある」と答えている。

「重要な変数の一つはロシア軍の損失だ。ロシア軍にとって実際にどの程度困難な状況なのかは明確には分かっていない」。ある時点でウラジーミル・プーチン露大統領は再び国民に不人気な動員をかけなければならないだろう。「この決断を遅らせることはロシア軍にとっては深刻な結果をもたらし、ウクライナ軍にとってはプラスになる」という。

地上部隊による反攻が大きな進展を見せない中、ウクライナ軍は13日、ミサイルと無人艇でクリミア半島セヴァストポリのロシア海軍揚陸艦、キロ型潜水艦、港湾インフラを攻撃。22日にもドローンとミサイルでセヴァストポリのロシア海軍黒海艦隊司令部を攻撃した。ミサイルには英仏提供のストームシャドウ(射程250キロメートル)が使用されたとみられる。

「ゼレンスキーには全土の解放以外の選択肢はない」

ウクライナ軍特殊作戦部隊によると、13日の揚陸艦攻撃で62人が死亡し、22日の黒海艦隊司令部への攻撃では艦隊司令官のヴィクトル・ソコロフ提督を含む34人の将校が死亡したという。「飛び道具」を使った攻撃には出撃・兵站拠点のクリミアを叩いて自軍の地上作戦を支援するとともに、黒海経由でのウクライナ穀物輸出ルートの安全を取り戻す狙いがある。

英戦略研究の第一人者、キングス・カレッジ・ロンドンのローレンス・フリードマン名誉教授は最新の有料ブログで読者の質問に答え、ウクライナの戦争目的について「ウォロディミル・ゼレンスキー大統領にはウクライナ全土の解放を目標に掲げる以外の選択肢はない。それが世論の要求だ。いずれにせよプーチンが約束を守るとは信じていない」と指摘している。

「ロシアがウクライナに『(国土の一部を占領されているという)新しい現実』」を受け入れるよう要求している限り、西側はウクライナを支援し続けるしかない。プーチンはドナルド・トランプ前米大統領が来年の米大統領選で返り咲くのを望んでいる。もしそうなればウクライナだけでなく、米国の同盟国も困惑し、米国内も混乱する恐れがある」

「トランプ氏は紛争を『1日で』終わらせると主張しているが、それは無理だ。彼はプーチンと話し合いたいだろう。プーチンはトランプ氏がゼレンスキー氏を完全に見捨て、自分の運を押し上げるのを期待する可能性がある。一方、ウクライナ軍はロシア軍崩壊に頼るわけにはいかない。長期戦の可能性が高いのであれば兵員や弾薬を節約しなければならない」

すべてはウクライナの決意を信じられるかだ

地雷原について、フリードマン名誉教授は「ロシア軍は地雷原や要塞を素早く構築することに長けているが、その長所を最大限に生かすには兵員や対戦車兵器、大砲などが必要だ。ウクライナ軍は前進しているが、遅々として進まない。より効果的に装甲車を使用するためにはこれまでに築いた侵入口をより広く安全にする必要がある」という。

ウクライナ軍は夏の反攻を開始した6月に大きな挫折を味わった後、大規模な機甲師団の電撃戦を放棄して、精密射撃に支援された小規模な歩兵突撃を使ってロシア軍の防御帯を破る作戦に切り替えた。米シンクタンク「戦争研究所(ISW)」は25日に「西側はウクライナの戦い方を疑うのではなく、受け入れる時だ」と題した報告書を発表している。

報告書によると、ロシア軍が数カ月にわたって防衛力を強化していたため、ウクライナ軍は大きな困難に直面した。西側の武器供与が遅れたこともあってロシア軍が防御帯を深化させる時間を与えてしまい、ウクライナ軍が昨年後半、北東部ハルキウ州、南部ヘルソン州ドニプロ川右岸の奪還に成功したのに続いて同年冬に反攻の第3段階を開始するのを妨げた。

報告書は「一部の西側アドバイザーが好んだ(アゾフ海に近い)メリトポリ方面に攻撃を一本化させるのではなく、前線全体でロシア軍に圧力をかけ続けるというウクライナ軍の決断は良い適応だった。長期にわたって絶え間なく圧力にさらされ続ければ、ロシア軍に亀裂が入り始めるだろう」と予測する。

すべては西側がウクライナの決意を信じられるかどうかにかかっている。


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