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金正恩一家の聖地が、若者の「映えスポット」化...露骨な「愛の行為」にふけるカップルには厳罰も

ニューズウィーク日本版 2023年9月27日 18時34分

<金日成夫人の金正淑氏の故郷であり、革命の伝統の故郷と呼ばれている咸鏡北道の会寧での追悼行事で当局が異例の「警告」を発した>

北朝鮮で「革命史跡地」と言えば、故金日成主席など金氏一家がかかわっていた抗日パルチザン運動や、建国後の歩みなどにちなむ場所を指す。文化財扱いされており、その保護が法で定められている。2021年4月に採択された革命史跡事業法の第2条は、次のように定めている。

第2条(定義)
革命史跡事業は、偉大なる首領金日成同志と偉大なる領導者金正日同志、敬愛する金正恩同志の栄養燦然たる革命の歴史と不滅の革命の業績を代々しっかりと擁護、固守して、継承、発展させていくための聖なる事業であり、人民のチュチェ(主体)の革命の伝統でしっかりと武装させるための栄誉かつ重要な事業である。

また、第6条では次のように定めている。

第6条(革命史跡の神聖不可侵原則)
革命史跡は誰であろうとも毀損してはならず神聖不可侵だ。国はわれわれの革命の万年財宝である革命史跡をあらゆる手段で決死擁護しなければならない。

人々が飢えに苦しむ中でも、革命史跡地の整備予算を食糧購入に回すなどということは、考えられない。電気が供給されず、人々が真っ暗闇の中で暮らしていても、金日成氏の銅像だけは、煌々と光り輝き、その光を絶やすことは絶対にあってはならないのだ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の会寧(フェリョン)には、そんな革命史跡地が多数存在する。金日成夫人の金正淑(キム・ジョンスク)氏の故郷で、革命の伝統の故郷と呼ばれている。建国直後の1949年9月22日に、死産に伴う出血多量で亡くなったが、その日は哀悼の日とされている。彼女の生家は、革命史跡地として保存されているが、その趣旨からまったく外れた用途で地元の若者たちに利用されているという。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

追悼行事で発された若者たちへの「警告」

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、金正淑氏が亡くなってから74年となる今月21日と22日の2日間、会寧製紙工場に務める社会主義愛国青年同盟のメンバーが、生家の前で追悼行事を行った。

生家を見学し、その生い立ち、抗日パルチザン活動に身を投じて、金日成氏を命がけで守りぬいたという革命活動に関する解説を聞き、前庭で、彼女の忠誠心に学び、最高尊厳(金正恩氏)を命がけで守りぬこうという教育を受けるという内容だった。

行事を主催した朝鮮労働党咸鏡北道委員会の幹部は、若者に対してこんな警告を発した。

「若者たちの思想が変質し、生家と銅像の周辺で平気で手をつないだり、露骨な恋愛をしたりする現象が増えている。今後このような行為が摘発されれば、反党、反革命分子として厳罰に処する」

革命の聖地のデートスポット化は、地方都市では決して珍しい光景ではなかった。比較的よく整備・管理されている建物を、男女が「逢瀬の場」として使い、当局に摘発された例が他の地方でも報告されているのだ。

(参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命)

夜のデートに適した場所はここしかない

世界中どこに行っても「映える」スポットは大抵存在するが、朝鮮戦争で破壊され、再建後も無機質な住宅が立ち並んでいるだけ、というのが北朝鮮の地方都市だ。中国との国境に接し、外国人観光客が多く訪れる会寧だが、それでも大きな公園などは存在しない。

そんな会寧で、青々とした森、美しい芝生、夜中でも煌々と灯る明かりが存在する場所が、金正淑氏の生家とその周辺だ。電力不足が深刻で、犯罪が多発している今の会寧で、夜のデートに最適な場所はここしかないのだ。

「革命史跡地は神聖不可侵」という国の考えとは異なり、若者にとっては「お上がきれいに整備した史跡地」で、特に神聖な場所という考えは持っていないというのが、現地の別の情報筋の説明だ。

「会寧で国からの投資で花や木が植えられ、芝生があり、夜にも照明があるところは、金正淑氏の生家や銅像のある鰲山徳(オサンドク)の丘しかない。若い男女の出会いの場にあるのは当たり前だ」(情報筋)

当局は「資本主義遊び人文化の場所に成り果てた」として、違反者には厳罰を予告しているが、当の若者たちからの不満は大きい。

「小人閑居して不善をなす」というのが北朝鮮当局の基本的な考えだ。常に組織生活に縛り付けてプライベートの領域を少なくするのである。

革命をほっぽりだして、よりによって革命史跡地で二人だけになるのは不道徳極まりないということだろうが、上から押し付けられる思想より、韓流ドラマ、映画に描かれた世界に憧れる若者は、プライベートを大切にしたいという、正反対の考えを持っているのだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...)

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。




高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

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