Infoseek 楽天

中国経済の「日本化」が、日本にもたらす大打撃

ニューズウィーク日本版 2023年9月28日 13時40分

<人口動態などの変化で「日本化」した中国経済が日本に与える悪影響と、それを回避する策とは>

中国経済の悪化が、足元で鮮明となってきた。中国の4~6月期の実質GDP成長率は前期比プラス0.8%、年率換算でプラス3%強と事前予想を大きく下回った。今年の政府目標である「5.0%前後」の成長の達成にも、黄色信号がともってきている。

こうした経済情勢の下、中国の7月の消費者物価は前年比で0.3%減と2年半ぶりのマイナスとなった。他方、住宅価格は2010年代半ばから上昇ペースを強めていたが、不動産への規制が強化された20年頃から足元まで低迷が続いている。

21年には不動産大手の恒大集団(エバーグランデ)の経営危機、社債のデフォルト(債務不履行)が表面化したが、経営不振や債権者との債務再編交渉はまだ続いている。さらに足元では、同じく不動産最大手の碧桂園(カントリーガーデン)も大幅赤字に陥り、その社債もデフォルトの瀬戸際にあるなど、不動産セクターの問題が再び深まっている。

このように中国経済は、物価下落と不動産価格下落が併存する「ダブル・デフレ」の様相を見せ始めている。そうしたなか、同様の特徴が見られたバブル崩壊後の日本経済のように、中国経済も長期低迷に陥るのではないかとの見方も浮上してきた。

バブル崩壊前後の日本経済と現在の中国経済との間には、共通点が多く見られる。以下ではそのうち3点を指摘したい。

リーマン・ショックの再来?

第1は、人口の変化などから、潜在成長率が大きく低下していることだ。日本の人口増加率は1970年代半ばの年間プラス1.4%をピークに低下傾向をたどり、2011年以降はマイナスが定着している。中国の人口も昨年、減少に転じた。

潜在成長率の低下を人々がまだ十分に認識できないなか、低金利環境下で過大な資産価格上昇が生じ、その後に大幅な下落に転じる過程では、経済、金融に深刻な問題が引き起こされる。また、ひとたび潜在成長率の低下が認識されていくと、需要は大きく抑制される一方、供給力を担う労働力、設備はすぐには減らせないため、需給が悪化して物価下落圧力が高まることになる。

第2は、当局が不動産市場の調整を正常化と捉え、一定程度容認する姿勢であることだ。80年代末の日本では、「住宅価格の高騰で一般庶民のマイホームの夢が遠のいた」として、当局は当初、不動産価格の下落を歓迎した。当時の大蔵省は、不動産業を含む特定業種への銀行貸し出しを強く規制した。いわゆる「総量規制」である。それと同時に日本銀行は金融引き締めを進め、「バブルつぶし」が行われた。当局は、資産デフレの真の怖さを十分に認識していなかったのだ。不動産価格の下落は最終的に、日本の銀行システムを大きく揺るがすことになった。

中国政府も、巨額の利益を上げた不動産業者らによる過剰な不動産開発が住宅価格の高騰を招き、個人の住宅購入を困難にさせたことを、格差縮小を目指す「共同富裕」の理念に照らして問題、としている。そのため、不動産業界への本格的な支援には慎重である。

第3は、アメリカとの間の貿易摩擦だ。日本では、アメリカとの貿易摩擦が産業の競争力低下と潜在成長率低下の遠因となったと考えられる。さらに、80年代にはアメリカから内需刺激を通じた輸入拡大を強く求められ、それに応じた過剰な金融緩和がバブルの形成につながった。中国では、近年のアメリカとの激しい貿易対立が、先端分野を中心に経済の打撃となっている。またアメリカとの対抗を意識した政府による民間企業への統制強化が、経済活動を萎縮させてしまった面もあるだろう。

中国では長引く不動産不況の影響から、資産運用商品である信託商品、理財商品などのデフォルトが増えてきており、銀行以外の金融仲介機能であるこうしたシャドーバンキング(影の銀行)の問題が、注目を集めるようになっている。中国国内の金融問題が世界にも波及し「中国版リーマン・ショック」となることを懸念する向きもある。

しかし実際には、シャドーバンキングを中心とする中国の金融問題は、90年代の日本の銀行不安のときと同様におおむね国内にとどまり、世界に大きく波及することはないだろう。この点からも、今後中国で起きることは、リーマン・ショックの再来ではなく「日本化」に近いと言える。

ただし、日本化する中国経済の低迷が、貿易を通じて世界経済に与える悪影響は深刻だ。IMF(国際通貨基金)によると、中国の成長率が1ポイント低下すると、世界の成長率は約0.3ポイント低下する計算だ。

中国の名目GDP(22年)はIMFによると世界の18.5%であり、直接的な影響だけ考えれば、中国経済の成長率が1ポイント低下したときの世界の成長率の押し下げ効果は0.18%程度となる。それを大きく上回る押し下げ効果が生じる計算であるのは、中国経済の下振れが貿易などを通じて他国の経済にもたらす波及効果が大きいことを示している。

主要国の中で最も打撃を受けやすいのは、中国向け輸出が全体の2割を占めるなど、中国経済への依存度が高い日本だろう。内閣府の試算に基づくと、現時点で中国の成長率が1ポイント下振れると、日本の成長率は0.65ポイント下振れる計算となる。実際には、この先数年を展望すれば、中国の成長率の下振れは1ポイントでは済まないだろう。

産業用機械など幅広い分野の日本企業が打撃を受けることが予想される(不二越のロボットアーム、上海) VCG/GETTY IMAGES

リスクを軽減する「代替市場」

昨年の日本の対中輸出の中で、半導体を含む電気機器は22.6%、21.4%は半導体製造装置を含む産業用機械などの一般機械だ。中国経済の下振れは、輸出の減少を通じて日本の資本財メーカー、IT関連メーカーに大きな打撃となる。

さらに、中国経済の減速が日本企業の中国現地ビジネスに与える影響も考慮すれば、自動車、自動車部品、小売りなど、幅広い業種の日本企業に、中国経済減速の悪影響は及ぶことになるはずだ。これは、地政学リスクの高まりを合わせて、日本企業が中国ビジネスを大きく見直すきっかけとなる可能性もある。

中国経済の低迷が日本経済や日本企業に与える打撃は、長期化を覚悟する必要がある。日本では、バブル崩壊の後30年以上にわたって成長率のトレンドが低下を続けている。中国経済の低迷は、長期間、日本の雇用環境を損ね、個人にも中国経済悪化の痛みが実感されていくだろう。

中国ビジネスのリスク、いわゆる「チャイナリスク」については、政治的要素も高まる。今年7月には、スパイ行為を取り締まる改正「反スパイ法」が中国で施行された。スパイ行為の定義が曖昧な下、現地の日本人拘束が増加することが警戒される。また足元では、東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出に反発して、中国国内で日本製品の不買運動も生じている。

そうしたなか、リスクが高まる中国の代替地、いわゆる「チャイナ・プラス・ワン」を模索する動きが強まっている。足元では特にインドへの関心が高まる。今年、インドの人口は中国を抜いて世界一になったとみられ、高い潜在力が改めて注目されているのだ。日本企業では、スズキ、ヤマハなどが従来からインドを重要な生産拠点としてきたが、今後は中国ビジネスで知られてきた資生堂がインドでの販路拡大に本格的に乗り出す。「チャイナリスク」への対応から、日本企業のグローバル戦略の再構築が始まっている。

木内登英(野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)

この記事の関連ニュース