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イラン製「カミカゼドローン」に日米欧の電子部品が...G7の「経済力低下」で制裁は穴だらけ 逆噴射の恐れも

ニューズウィーク日本版 2023年9月28日 20時41分

<過去3カ月間に西側技術を使ったロシア側のドローンによるウクライナへの都市攻撃は600回以上。なぜ制裁は簡単に回避されてしまうのか>

[ロンドン発]ウクライナ政府が西側支援国に送った機密文書によると、ウクライナ攻撃に使用されているイラン製カミカゼドローン(自爆型無人航空機)シャヘド136/131に日本をはじめ米国、スイス、オランダ、ドイツ、カナダ、ポーランドに本社を置く西側企業の集積回路などの電子部品が使われているという。

英紙ガーディアン(27日付電子版)が機密文書を入手して特ダネとして報じた。

それによると、ウクライナ政府が8月に先進7カ国(G7)各国政府に送付した47ページの機密文書には「過去3カ月間だけでも西側の技術を使ったドローンによる都市への攻撃が600回以上もあった」と記されている。西側企業が製造した52の電子部品がシャヘド131に、57の電子部品がシャヘド136に使われていたという。

シャヘド136の重量は約200キログラム。航続可能距離は約2500キロメートル、時速約185キロメートルだ。イランは黒海に面したロシアのノヴォロシースク港に搬入しているシリアの工場でも生産しているが、生産拠点はロシア国内に移りつつある。機密文書は「イラン政府もロシアの需要とウクライナでの過度の使用頻度に対応できない」と分析している。

機密文書でウクライナ政府はG7各国政府に「イランやシリアにあるドローンの生産工場やロシア国内の潜在的な生産拠点へのミサイル攻撃」を呼びかけ「パートナー国が必要な破壊手段を提供してくれればウクライナ軍によって実行可能」という代替策を提案している。冬に向けロシア軍が再びカミカゼドローンによるインフラ攻撃を強化してくる恐れがある。

西側、ロシア側、第三勢力に3分割される世界

ドローンや精密誘導兵器の製造に必要な西側の先端技術は市販商品を通じて容易に入手できる。カミカゼドローンの輸出国イランもトルコ、インド、カザフスタン、ウズベキスタン、ベトナム、コスタリカなど第三国経由で西側の制裁を逃れたり、その影響を和らげたりできる。

ウクライナ戦争で世界は(1)米欧を中心にウクライナに軍事支援する西側50カ国以上(2)ロシア側に立つ中国、イラン、北朝鮮、シリア、ベラルーシ(3)インド、ブラジル、サウジアラビアなど第三勢力――に三分する。西側諸国もウクライナがロシアに負けないように支援しても、全領土を奪還できるだけの武器弾薬は供与していない。それが冷徹な現実だ。

冷戦終結後、西側と中露の協調が進み、制裁もそれなりに意味があったが、これだけ世界が分断すると制裁を回避する手段はいくらでもある。米実業家イーロン・マスク氏傘下の民間企業スペースXが運用する衛星インターネットアクセスサービス「スターリンク」がウクライナ戦争で果たした役割を見れば、先端技術の官民格差は完全に逆転したことが分かる。

独統計会社スタティスタによると、G7対BRICS(中国、インド、ロシア、ブラジル、南アフリカ)の国内総生産(GDP)が世界経済に占める割合は、冷戦終結後の1995年は45%対17%だったが、世界金融危機後の2010年には34%対27%とその差は縮まり、ウクライナ戦争勃発後の23年には30%対32%と逆転している。

ウクライナ戦争は21世紀の覇者を占う前哨戦

ウクライナ戦争は、21世紀は中国が支配するのか、それとも西側が中国の横暴を阻止できるのかを占う重要な「前哨戦」だ。第二次世界大戦は米国が核兵器の開発競争を制して連合国が勝利した。冷戦では、競争や研究開発を促す西側の自由経済システムが非効率な東側の共産主義経済を打ち負かした。

平時ではドル安=原油高、ドル高=原油安の法則が成り立つ。しかしウクライナ戦争で地政学上のリスクが増し、狡猾なウラジーミル・プーチン露大統領がサウジアラビアと結託して原油供給制限を年末まで延長すると9月5日に発表。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「サウジとロシア、原油削減のギャンブルで大勝利」と報じた。

同紙によると、世界的な景気後退と中国の成長鈍化への懸念、ドル高にもかかわらず、ブレント原油は1バレル=100ドルに向かって上昇する。サウジとロシアはここ数カ月で生産量が減少したものの、膨大な追加収入を手にした。余剰資金はサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の投資キャンペーンを後押しし、プーチンのウクライナ戦争を継続可能にする。

パトリオットなど西側の防空システムで強化されたウクライナの"空の盾"はロシア軍の長距離ミサイルに対して首都キーウの空は守れても、地方都市にまで手が回らないのが現状だ。だから空爆を行うロシア軍機を遠ざけられる米国製F-16の供与は焦眉の課題だ。ウクライナ軍のドローン撃墜技術も格段に向上したが、数が多いとすべてを撃ち落とすのは難しい。

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はこれまで何度も「ロシアはミサイル製造のための重要部品を一部のパートナー国企業を含む世界中の企業から入手する能力を持っている。完全な制裁が世界的に科されるべきだ。新しい防空ミサイルにお金をかけるよりテロ用部品の供給を断ち切る方が安上がりだからだ」と訴えてきた。

制裁が効かないどころか「逆噴射」も

しかし現実は厳しい。北朝鮮の金正恩総書記はウラジオストクを訪れ、プーチンに砲弾や対戦車ミサイルを売り込んだ。プーチンは「北朝鮮の指導者は宇宙開発やロケットに大きな関心を示しており、宇宙開発に取り組もうとしている。私たちは新しいものをお見せする」と、北朝鮮が独自の衛星やロケットを打ち上げるのを手助けすることを否定しなかった。

ロシア、イラン、北朝鮮の「悪の枢軸」が核とミサイルの脅威を拡散するのを西側は阻止できるのか。欧州のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)の上級政策研究員アガテ・ドゥマレ氏は新著『バックファイアー』の中で、1970年以降の米国の制裁を検証したところ、対象国が米国の思惑通りに行動を変えた割合は13%に過ぎなかったことを明らかにしている。

「制裁は効果がある場合もあるが、そうでない場合も多く、いつ効果が出るかを正確に予測するのは難しい」という。苦痛を味わう対象国の国民を敵に回してしまう恐れもある。米国の制裁に怒ったロシア国民は軍隊に入隊するため列をなしているとも伝えられる。制裁の効果が限定的である理由の一つに制裁がしばしば簡単に回避されることも挙げられる。

米国を筆頭とする西側が過去の教訓から学べなければ、「悪の枢軸」を隠れ蓑にする中国に付け入られる恐れが膨らむ。


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