<多くのゲームがクラシカルなサウンドを採用し、ゲームを通じて交響曲を初めて耳にする若者が増えている>
去る9月6日に発売された米ゲーム開発会社ベセスダの新作『スターフィールド』は、ファンの期待を裏切らなかった。キャラクターも宇宙船も思いどおりにカスタマイズでき、1000以上ある惑星のどこへでも行けて、いくつものストーリーを選べる。
サウンドトラックも同様に壮大で、音響ディレクターのマーク・ランパートに言わせれば、このゲームの音楽は「プレーヤーの旅の道連れ」であり、その「スケール感は前代未聞」だ。
宇宙空間を描く壮大なサウンドスケープ(音の風景)は、『スター・ウォーズ』や『2001年宇宙の旅』などの映画音楽として始まった。だが『スターフィールド』のようなゲームのインタラクティブな楽曲(作曲はイノン・ズール)は次元が違う。瞑想的なサウンドスケープを生み出す音楽言語を駆使し、好奇心をくすぐりながらリスナーを広大な宇宙へといざなう。目を閉じれば、オーケストラの生演奏を聴いているような気分になる。
【動画】新作ゲーム『スターフィールド』公式サウンドトラック
実際、ロンドン交響楽団はこのゲームが発売される前に、立派なコンサートホールで満員の聴衆を前に「スターフィールド組曲」を演奏した。私も指揮者だから、こういう楽曲には心が躍る。一般の人々を、今までになくクラシックの世界に引き寄せるからだ。
遠い昔から、音楽は私たちの暮らしに欠かせないコミュニケーションの手段だった。それがルネサンス期に芸術の1つのジャンルとなり、16世紀には美術と演劇を融合したオペラが成立。そして17~18世紀には音楽専用のホールができ、斬新で壮大な楽曲が作られるようになった。「交響曲」の誕生だ。
しかし19世紀後半になると音楽の聴き方や楽しみ方にも変化が生じた。ジャズのような新しい音楽に人気が集まり、ホールで聴く交響曲は上流階級のたしなみとなった。そして大衆の音楽と、いわゆる「クラシック」の間に越え難い溝ができた。だが『スターフィールド』で使われたような楽曲は、この溝を一挙に埋めようとしている。
ハードウエアの制約もあって、初期のゲーム音楽は電子的な「ピコピコ音」に頼っていた。しかし意欲的なプログラマーは、サウンドを通じてゲームの世界への没入感を高める方法を探り続けた。一方でハードウエアも進化した。
結果、今の作曲家は最先端のハードとソフトを駆使して壮大なサウンドスケープを描き出し、実際に超一流の演奏家を集めてサウンドトラックを録音できるようになった。
ゲーム『スターフィールド』のサウンドトラックを、ロンドン交響楽団は組曲として演奏した TRISTAN FEWINGS/GETTY IMAGES FOR THE LONDON SYMPHONY ORCHESTRA
ピコピコ音の時代は遠く
ゲーム音楽の作曲家で指揮者でもあるエイマー・ヌーンは2021年のインタビューで、「現代ではゲーム機で交響曲を聴いている若者の数は、過去に生演奏の交響曲を聴いたことのある人の総数よりも多いだろう」と語っている。
彼女はおそらく正しい。世界中のゲーマーの数は30億人以上。しかも18~25歳の人々は一日の多くをゲームに費やしている。英ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団が18年に実施した世論調査では、生演奏よりもゲームを通じてクラシック音楽に触れる若者のほうが多かった。
高度な技術と作曲家の研鑽により、今では古代ギリシャにタイムスリップできるタイムマシンのような楽曲も生み出し、その時代にふさわしい音を再現できるようになった。
例えばフロム・ソフトウェアの『セキロ:シャドウズ・ダイ・トゥワイス』では、日本の作曲家の北村友香が伝統楽器を駆使して戦国時代のサウンドを作り上げている。
今の人気ゲームの多くは、クラシック音楽の要素をサウンドに取り入れている。だからボストン・グローブ紙の音楽ライターであるA・Z・マドンナのように、「ゲームのおかげで私はクラシック音楽に恋をした」と言う人もいる。
ゲームの進化につれてゲーム音楽も進化する。生演奏用の曲よりも映画用の曲よりも複雑になり、インタラクティブになり、より重層的になっている。しかも、ゲーム産業の拡大は今後も続く。その市場規模は27年段階で5330億ドルと予想されている。そして新たなゲームが発売されるたびに、ゲーム音楽のストリーミング配信も始まる。
伝統的なクラシックの音楽界も、ようやくこうした変化に気付き始めた。昨年にはイギリスで、夏のクラシック音楽の祭典「BBCプロムス」で史上初めて、ゲーム音楽が演奏された。今年はアメリカのグラミー賞に初めて「最優秀ビデオゲーム・インタラクティブメディア作品スコア・サウンドトラック」部門が設けられた。一流オーケストラがゲーム音楽を生で聴かせるコンサートも、今はたびたび開かれている。
『スターフィールド』の映像は美しく、その世界は実にクリエーティブで、ストーリーも奥が深い。だが、その全てをまとめているのは圧倒的なサウンドスケープだ。
あの「ピコピコ音」の時代に比べたら、思えば遠くまで来たものだ。今のゲーム音楽は交響曲として構成され、ゲーム空間の長い旅路を満たしている。そして『スターフィールド』同様、その音は宇宙の果てまでも響くのだ。
J. Aaron Hardwick, Orchestra Director and Assistant Professor of Music, Wake Forest University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
アーロン・ハードウィック(指揮者)
去る9月6日に発売された米ゲーム開発会社ベセスダの新作『スターフィールド』は、ファンの期待を裏切らなかった。キャラクターも宇宙船も思いどおりにカスタマイズでき、1000以上ある惑星のどこへでも行けて、いくつものストーリーを選べる。
サウンドトラックも同様に壮大で、音響ディレクターのマーク・ランパートに言わせれば、このゲームの音楽は「プレーヤーの旅の道連れ」であり、その「スケール感は前代未聞」だ。
宇宙空間を描く壮大なサウンドスケープ(音の風景)は、『スター・ウォーズ』や『2001年宇宙の旅』などの映画音楽として始まった。だが『スターフィールド』のようなゲームのインタラクティブな楽曲(作曲はイノン・ズール)は次元が違う。瞑想的なサウンドスケープを生み出す音楽言語を駆使し、好奇心をくすぐりながらリスナーを広大な宇宙へといざなう。目を閉じれば、オーケストラの生演奏を聴いているような気分になる。
【動画】新作ゲーム『スターフィールド』公式サウンドトラック
実際、ロンドン交響楽団はこのゲームが発売される前に、立派なコンサートホールで満員の聴衆を前に「スターフィールド組曲」を演奏した。私も指揮者だから、こういう楽曲には心が躍る。一般の人々を、今までになくクラシックの世界に引き寄せるからだ。
遠い昔から、音楽は私たちの暮らしに欠かせないコミュニケーションの手段だった。それがルネサンス期に芸術の1つのジャンルとなり、16世紀には美術と演劇を融合したオペラが成立。そして17~18世紀には音楽専用のホールができ、斬新で壮大な楽曲が作られるようになった。「交響曲」の誕生だ。
しかし19世紀後半になると音楽の聴き方や楽しみ方にも変化が生じた。ジャズのような新しい音楽に人気が集まり、ホールで聴く交響曲は上流階級のたしなみとなった。そして大衆の音楽と、いわゆる「クラシック」の間に越え難い溝ができた。だが『スターフィールド』で使われたような楽曲は、この溝を一挙に埋めようとしている。
ハードウエアの制約もあって、初期のゲーム音楽は電子的な「ピコピコ音」に頼っていた。しかし意欲的なプログラマーは、サウンドを通じてゲームの世界への没入感を高める方法を探り続けた。一方でハードウエアも進化した。
結果、今の作曲家は最先端のハードとソフトを駆使して壮大なサウンドスケープを描き出し、実際に超一流の演奏家を集めてサウンドトラックを録音できるようになった。
ゲーム『スターフィールド』のサウンドトラックを、ロンドン交響楽団は組曲として演奏した TRISTAN FEWINGS/GETTY IMAGES FOR THE LONDON SYMPHONY ORCHESTRA
ピコピコ音の時代は遠く
ゲーム音楽の作曲家で指揮者でもあるエイマー・ヌーンは2021年のインタビューで、「現代ではゲーム機で交響曲を聴いている若者の数は、過去に生演奏の交響曲を聴いたことのある人の総数よりも多いだろう」と語っている。
彼女はおそらく正しい。世界中のゲーマーの数は30億人以上。しかも18~25歳の人々は一日の多くをゲームに費やしている。英ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団が18年に実施した世論調査では、生演奏よりもゲームを通じてクラシック音楽に触れる若者のほうが多かった。
高度な技術と作曲家の研鑽により、今では古代ギリシャにタイムスリップできるタイムマシンのような楽曲も生み出し、その時代にふさわしい音を再現できるようになった。
例えばフロム・ソフトウェアの『セキロ:シャドウズ・ダイ・トゥワイス』では、日本の作曲家の北村友香が伝統楽器を駆使して戦国時代のサウンドを作り上げている。
今の人気ゲームの多くは、クラシック音楽の要素をサウンドに取り入れている。だからボストン・グローブ紙の音楽ライターであるA・Z・マドンナのように、「ゲームのおかげで私はクラシック音楽に恋をした」と言う人もいる。
ゲームの進化につれてゲーム音楽も進化する。生演奏用の曲よりも映画用の曲よりも複雑になり、インタラクティブになり、より重層的になっている。しかも、ゲーム産業の拡大は今後も続く。その市場規模は27年段階で5330億ドルと予想されている。そして新たなゲームが発売されるたびに、ゲーム音楽のストリーミング配信も始まる。
伝統的なクラシックの音楽界も、ようやくこうした変化に気付き始めた。昨年にはイギリスで、夏のクラシック音楽の祭典「BBCプロムス」で史上初めて、ゲーム音楽が演奏された。今年はアメリカのグラミー賞に初めて「最優秀ビデオゲーム・インタラクティブメディア作品スコア・サウンドトラック」部門が設けられた。一流オーケストラがゲーム音楽を生で聴かせるコンサートも、今はたびたび開かれている。
『スターフィールド』の映像は美しく、その世界は実にクリエーティブで、ストーリーも奥が深い。だが、その全てをまとめているのは圧倒的なサウンドスケープだ。
あの「ピコピコ音」の時代に比べたら、思えば遠くまで来たものだ。今のゲーム音楽は交響曲として構成され、ゲーム空間の長い旅路を満たしている。そして『スターフィールド』同様、その音は宇宙の果てまでも響くのだ。
J. Aaron Hardwick, Orchestra Director and Assistant Professor of Music, Wake Forest University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
アーロン・ハードウィック(指揮者)