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新型コロナ「万能ワクチン」が開発される 将来の変異株まで対策できる可能性

ニューズウィーク日本版 2023年9月29日 22時55分

<英ケンブリッジ大と同大から生まれたバイオテクノロジー企業のDIOSynVax社が、あらゆるタイプの新型コロナ変異株に対して免疫を獲得できる可能性があるワクチンを開発した。その研究概要、現行ワクチンとの違いを紹介する>

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症が第5類に移行してから、まもなく5カ月になります。

政府や自治体は個人に対して緊急事態制限や入院措置などの行動制限ができなくなり、マスクの着用も個人の判断にゆだねられるようになりました。飲食店への営業自粛要請や第三者認証制度はなくなり、スポーツ観戦や音楽ライブでは収容率100%での開催と声出し応援が解禁されるなど、生活や娯楽は新型コロナ前の状況に戻ってきたと言えるでしょう。

世界的に見ても、WHO(世界保健機関)は本年3月末に新型コロナウイルスワクチンの接種指針を改定し、接種の効果は認めるものの先進国では有益性が限定的であるため、健康な成人や子どもには定期的な追加接種を推奨しないとしました。

将来の変異株に対する免疫を獲得できる可能性

新型コロナウイルスには、変異しやすいという特徴があります。ワクチン接種の有益性に疑問を持つ人の中には「ワクチン開発が流行する変異株のスピードに追いつかない」ことを指摘する人もいます。

たとえば、9月20日から始まった「令和5年秋開催接種」では、オミクロン株XBB1.5に対応したワクチンが使用されています。ところが、東京都健康安全研究センターの調べによると、27日現在、日本で主流の変異株はXBB.1.9.1から派生したEG.5やEG.5.1、通称「エリス」です。さらに今月7日には、東京都で新たな変異株BA.2.86(通称「ピロラ」)が国内で初めて発見されました。

既存の新型コロナウイルスワクチンや季節性インフルエンザワクチンなど、現在利用されているワクチンはすべて、過去に発生した特定の分離株や変異株に基づいて作られています。ワクチンによる対策は、変異のスピードが早いウイルスに対しては後手に回るしかないのでしょうか。

英ケンブリッジ大獣医学部と、同大から生まれて独立したバイオテクノロジー企業のDIOSynVax社は、既知だけでなく将来のあらゆる新型コロナウイルス変異株に対しても免疫を獲得できる可能性があるワクチンを開発し、動物実験で良好な成績を収めたと発表しました。研究成果は、応用生物医学分野の学術誌「Nature Biomedical Engineering」に25日付で掲載されました。

日本では、9月に加藤勝信厚労相や東京都医師会の尾崎治夫会長によって「第9波は来ている」という発言が相次ぎました。5類移行後の新型コロナの広まりについて、「最後の接種から1年以上経過して免疫が低下していたり、変異株が大幅に変化していたりして、ワクチンの効果を十分に得られていないこと」を挙げて懸念を示す識者もいます。

ケンブリッジ大チームの新たなワクチンは、すでに人間での最初の臨床試験が進められていると言います。効果が認められれば、将来の変異株についても先取りして対策できる画期的なワクチンとなることが期待されます。研究の概要を見てみましょう。

SARS-CoV-2の電子顕微鏡写真や模式図を見ると、ウイルス表面にたくさんのトゲ(スパイク)のようなものが刺さっていることが分かります。スパイクタンパク質と呼ばれるこの構造は、ウイルスが宿主の細胞に侵入する最初のステップに用いられます。

宿主の抗体の多くはスパイクタンパク質に反応して作られるため、これまでの新型コロナウイルスワクチンの大半はこのタンパク質を標的としてきました。ただし、スパイクタンパク質を構成するアミノ酸の一部は、宿主の免疫システムを回避するために高頻度で変異します。変異が起こると、ウイルスの感染性や病原性、ワクチンの有効性などに影響を与えます。なので、基本的には対応する変異株以外では、期待通りのワクチン効果を得ることは難しくなります。

動物実験で手応え

今回の研究を主導したジョナサン・ヒーニー教授らは、SARS-CoV-2内で、複製に必要で、簡単には変異が起きず、免疫反応を引き起こす可能性のある構造に注目しました。RBD(スパイクタンパク質の受容体結合部位)と呼ばれるこの部位は、ウイルスのスパイクタンパク質が宿主に侵入するときに宿主細胞の受容体(ACE2)に結合する部分です。これまでも2021年に大阪大と日本医療研究開発機構の研究チームが、RBDに対する抗体が作られるとヒトの受容体であるACE2との結合を阻害することによって、新型コロナウイルスの感染を抑えることを報告しています。

ヒーニー教授らは、SARS-CoV-2だけでなく、その類縁ウイルスすべてを防御するワクチンを作成したいと考えました。たとえば、02年に中国を中心にパンデミックを引き起こしたSARS(重症急性呼吸器症候群)の原因ウイルスのSARS-CoV(SARSコロナウイルス) は、SARS-CoV-2の類縁ウイルスです。

新型コロナウイルス、SARSコロナウイルスなどが属するベータコロナウイルス属サルベコウイルス亜属のすべてのウイルスに適用範囲を広げるために、研究チームは合成生物学、タンパク質構造解析、計算生物学、免疫最適化を組み合わせて抗原をデジタル設計し、RBDをベースにして実際に作成しました。

次に、「T2_17」と名付けられた複数のサルべコウイルスを標的とするRBDベースの単一合成抗原は、どのように宿主に送り込めば効果が現れるのかを調べました。DNA免疫原、弱毒化ワクチンを想定した弱毒化ウイルス、mRNAワクチンを作成してマウス、ウサギ、モルモットに投与したところ、いずれも様々なコロナウイルスやSARS-CoV-2の変異株に対して強力な免疫応答を引き起こしたと言います。

本研究で特筆すべきところは、今回の実験で作成されたワクチンの元となった合成抗原は、SARS-CoV-2のアルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、オミクロン株が出現する前のウイルス分離株から設計されたにもかかわらず、これらのすべての変異株に対して効果が確認されたことです。そのため、将来的に現れる未知の変異株にも合成抗原は効果があるのではないかと期待されています。

ケンブリッジ大の広報によると、ヒーニー教授は「野生型や過去に問題を起こしたウイルスを使用する現行のワクチンとは異なり、この技術は未来の未知のウイルスから私たちを守ることを目的としています」と語り、これまでとは非常に異なる技術であり、ワクチン設計のターニングポイントとなる可能性を強調しています。

英国立衛生研究所(NIHR)で進行中の人の臨床試験は、最後の追加予防接種が9月末までに終了する見込みです。成功すれば、これまでよりも汎用性の高い新型コロナウイルスワクチンが期待できるだけでなく、他の感染症のワクチン開発にも応用できる可能性があります。

致死的なパンデミックは落ち着いたとはいえ、新型コロナウイルス感染症は未だ世界に蔓延していますし、いつ強毒型の変異株が現れるとも限りません。個人のワクチン接種の選択の自由は守りつつ、汎変異株ワクチンの開発と実用化はいち早く進めてほしいですね。



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