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英保守党は選挙を諦め、中間層を捨てる...その理由と3つの兆候

ニューズウィーク日本版 2023年10月4日 20時40分

<イギリスのスナク首相率いる与党・保守党は、幅広い有権者に受け入れられる政策を放棄して、コア支持層を熱狂させる政策に走り出した>

英首相に就任した当時、リシ・スナクは手堅い選択肢に見えた。いくつかの事態がうまく運べば、2025年1月までに行われる次回総選挙で保守党を勝利に導くチャンスを辛うじて手にしていた。

スナクは何よりもまず力強い経済回復を必要としていた。その間にジョンソン元首相の「パーティーゲート」への怒りと、トラス前首相の瞬間退陣劇の恥を、有権者に忘れてもらう算段だ。だが前任者らの失態を上書きするどころか、今のスナクはさながら先細りの政権を率いる人物に見えている。

多くの課題において、保守党は自らを「ミドル・イングランド(典型的なイギリス人)」の党たらしめ、2010年以降4回連続の総選挙勝利をもたらした政策から次々と撤退している。信頼して保守党に投じていた無党派層も、今は及び腰だ。

まず、ここ最近では、「ネットゼロ」の目標から後退してみせた。環境政策は、必要に応じてイギリス有権者に広く受け入れられるし、アメリカと違って「気候変動を否定する」ような政治勢力はイギリスには存在しない。保守党の環境分野に力を入れてきたのはひとえに、「単純な」右派を超えた広い支持を得られるから、というのが理由だ。

一例として、保守党は2030年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止すると発表していた。だがスナク政権は、この目標を35年に先送りすると表明した。

既定の目標時期(3年前にジョンソン政権が決定した)に向けて着手していた製造業者にとってはゴールポストを動かされるようなものだから、この政策は悪手だ。EU以上に野心的な目標を設定して、ブレグジット後のイギリスは環境分野でのリーダーだと標榜することもできなくなったから、体裁としてもひどい。

対する労働党も存在感なし

2つ目に、政府は高速鉄道「HS2(ハイスピード2)」のマンチェスター接続計画を放棄しようとしているようだ。新たな高速鉄道ネットワークの必要性は、イギリスでは常に賛否両論を呼んできた。イギリスは比較的小さい国だし、ロンドンから北部の大都市にもそんなに時間をかけずに行ける。だから巨額のコストの伴う高速鉄道計画はなかなか正当化しづらい。

それでもHS2は、不振にあえぐ北部地域を「レベリング・アップ」(活性化)して「ノーザン・パワーハウス」(北部振興地域)を生もうとの保守党の政策の重要な部分を占めていた。

これが一因となり、2019年の総選挙では労働党支持が根強い「赤い壁」地域で保守党が多くの議席を獲得できた。バーミンガムからマンチェスターを結ぶ第2段階の支援を打ち切るとしたスナクの姿勢は、こうした地域の有権者への裏切りであるだけでなく、見当外れとの批判も出ている。

内陸部のバーミンガムで高速鉄が打ち止めになることは、中途半端な結果をもたらす。実質的な経済的利益は何も見込めないのにかえってコストが膨大になる。そしてこの場合も、HS2実現を前提に計画を立て、投資してきた企業がはしごを外された形になってしまう。

3つ目に、保守党は何十年も「性悪の党」とのイメージから脱却しようと努めてきたが、その努力も放棄した。国が不法移民に厳格に対処し、真の難民だけ難民認定するというのは理解できる。だがそうするからには、人権を重視し世界全体の利益に積極的に貢献する態度も同時に示さなければならない。

パンデミックのさなか、イギリスはその寛大なODA支出を国民総所得の0.7%(世界最高レベルだった)から0.5%へと縮小させた。その後も、亡命申請中の難民をルワンダなどの「安全国」に移送したり、巨大貨物船に収容したりするなど、冷酷に見える政策を実行・計画している。

とはいえ、これら全ての背後には一定の論理がある。選挙で勝つことを諦めた政党は、中間層を捨ててコア支持層を熱狂させる政策を採用することで、全滅を避けようとしがちだ。例えば今年の補欠選挙では、大気汚染防止のための「超低排出規制ゾーン」をロンドン郊外にまで拡大する計画に保守党候補者が反対を表明することで、この規制に腹を立てていた同地域内のドライバーの心をつかみ、僅差で勝利した。

次回総選挙で保守党の負けはかなり明確になっている。ただし、労働党が勝てるかどうかははっきりしない。世論調査では野党がリードしているが、労働党のキア・スターマー党首は超控えめな戦略を取っている──何もせず何も言わず、不戦勝を狙っているのだ。

だがそれも裏目に出る可能性がある。多くの人々が保守党の退場を望むものの、スターマーの労働党に過半数の票を投じるほどの熱意は、たぶん持ち合わせていない。



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