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世界一幸福な国はSDGsでも達成度1位 フィンランド、気候変動対策へ行政の取り組みは?

ニューズウィーク日本版 2023年10月5日 12時0分

<小国ながら教育水準が高く経済力もあり、市民は生活に満足している。そんな国の温暖化対策は......>

SDGs達成度3年連続1位 古着屋が総売上7億円に急成長

サウナやムーミンを生んだ北欧のフィンランドは、世界で最も幸福度が高い国としても有名だ。経済的安定性やデジタル競争力、男女平等や自由度など、幸福度以外の様々な国際的指標でもトップクラス。SDGs達成度ランキングにおいても2021、22、23年と3年連続1位に輝き、社会面や経済面だけでなく、環境の分野でも他国より一歩抜きん出ている。

先日、筆者は駐日フィンランド大使館より招待を受け、気候変動解決策をテーマにした視察ツアーに参加した。今回から3回に分けてレポートをお届けする。

カフェを併設した中古ファッション店「relove」は、再利用の取り組みの一例。ヘルシンキ・ヴァンター国際空港店は国内5店舗目で、2023年夏にオープンした。空港内の古着屋は世界初だという。

筆者は今回がフィンランド初訪問。ヘルシンキ国際空港の到着ゲートで、お洒落な雰囲気の古着屋が目に留まった。エレガントなカフェを併設した「リラブ」だ。個人から買い取った衣類を販売し、有機食品を使った食事も提供している。2016年に1号店が開店すると、フィンランド人が従来もっていた古着に対する暗いイメージは一新された。以来、急成長しており、総売上高は今年450万ユーロ、来年は600万ユーロの見込みだという。

「空の玄関口の空港に古着屋?」と少し驚いたが、このような斬新な取り組みに挑戦することで新しい道が大きく開けていくのだろう。

今回はフィンランド政府や首都ヘルシンキ市の気候変動対策について見ていく。

国の目標は「2035年カーボンニュートラル」

日本やEUは、2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現を目指している。なかでも、フィンランドは世界のどの国々よりも早く、「2035年までにカーボンニュートラル達成」という野心的な目標を設定している。実質ゼロへの推移は、表中のオレンジの折れ線だ。しかし、排出量と吸収量のバランスが現状のままだと、その達成は難しいと見られる。

2023年7月発表の『年間気候報告書2022』に示された、フィンランドのカーボンニュートラルへの工程表。報告書は議会に提出され、討議が行われる。(出典:フィンランド環境省サイト)

実質ゼロ達成は、温室効果ガス排出量(表中の上の黒い折れ線)を下げつつ、温室効果ガス吸収量(表中の下の緑の折れ線)をいかに増やせるかにかかっている(マイナスに向かうほど、吸収量増加)。両者の数値が等しくなれば、実質ゼロになる。環境省を訪問した時、環境保護課シニア環境アドバイザーのマグヌス・セーデルロフ氏は、次のように説明した。

「石炭火力を全廃したり(フィンランドでは2029年までに実施予定)、再生可能エネルギーでは特に風力発電などの割合を現在よりも高めたりして、2030年までに排出量をさらに削減できると見込んでいます。ですが、吸収量のほうはここ数年大幅に減少しています。2035年までにカーボンニュートラルを実現するためには、吸収量を増やしていかないといけません。吸収量の面でも追加対策が必要です」

吸収量とは、フィンランドの国土の70%以上を占める森林(18万以上ある湖は除く)、そして農場などがCO2を吸収する量だ。土地を利用したCO2吸収量の伸び悩みは、森林の成長が予測通りに進まなかったり、伐採が増加したりといったことが要因とのこと。同国では、2022年6月に新・気候法が施行され、CO2吸収を増加できるよう積極的に土地を活用することも定められた。森林の成長を促しつつ損傷を抑える研究やプロジェクトは、すでに始まっているという。加えて、世界で研究が進んでいる、大気中のCO2を直接回収する技術のダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)に新たに力を注いでいく意向だ。

セーデルロフ氏は、世界初のカーボンニュートラル2035年実現に向け、国内の産業界が協力的であることも強調していた。

個人のCO2削減のヒントをデジタルで可視化「Sitraライフスタイルテスト」

画期的なカーボンフットプリント計算アプリ「Sitraライフスタイルテスト」は住居、移動、食事、消費の4分野にまたがる。筆者が試した結果、飛行機使用のインパクトがとても大きいとわかった。

気候変動を抑えるには、企業活動の改善とともに、個人が生活のなかでアクションを取っていくことも大切だ。しかし、生活スタイルを大幅に変えたくない人もいる。省エネ、マイバッグ持参、肉食の低減などを実践している人であっても、更なる改善点についてよくわからない場合も多いはず。

フィンランド政府イノベーション基金(Sitra、1967年設立)は、2021年秋、市民に「行動変化の気づきを与え、自己分析してもらう方法」の開発に着手した。そして、自分の生活スタイルについて26の質問に答えることで、現在のカーボンフットプリント(CO2総排出量)を算出してくれるアプリ「Sitraライフスタイルテスト」を作成した。テストは無料で、何度でも、匿名で受けられる(年齢や収入などを匿名で提供することも可能)。回答内容はデータバンクに送られ、社会全体の持続可能性の進展に役立てられるという。

テストは選択式。分野は住居、移動、食事、消費の4つに渡る。カッコ内が質問内容。① 住居(住まいの広さ、暖房の方法、シャワーや入浴の回数)② 移動(車を所有している場合の使用状況、公共交通機関の使用状況)③ 食事(食志向、1週間の食品廃棄量)④ 消費(買い物習慣全般、中古の衣類や家電製品の購入状況)

このテストは自分のカーボンフットプリントをひと目で把握できるうえ、「飛行機を使わなければ、988kgCO2e(4.4%)を削減できます」など、CO2排出量削減のヒントをリストにして教えてくれる点も優れている。筆者は、飛行機使用をやめることは無理でも、リストのほかの削減項目にトライしようという気持ちになった。こうして項目を少しずつクリアしてくことが、より環境に優しい生活につながっていく。

実際に成果は出ている。人口約550万人のフィンランドで、このテストは約140万回使われ、使用者の80%が自分の削減項目を実行に移せると感じたそうだ。実際、50%が行動し、その人たちのカーボンフットプリントは、フィンランド人平均と比べて35%も下がった。

SitraはこのテストをEU諸国をはじめ世界に広げる計画だ。日本でも類似のアプリは少しずつ開発が進められているが、Sitra担当者は「ぜひ、このテストを日本の生活事情に合わせて普及させてほしい」と語っていた(無料で提供可能とのこと)。

フィンランド政府イノベーション基金(Sitra)の担当者

市の主導で地中熱発電を住居に導入 住民が100%暖房自給

フィンランドの自治体は持続可能な交通を促進したり町の清掃を徹底するなど、様々な取り組みを進めている。首都ヘルシンキでは、エネルギー問題を改革しようと市が動き出した。ヘルシンキ市のCO2排出量は、暖房(給湯を含む)が最も多いという。冬が厳しいフィンランドでは、必然的に暖房の使用量が多い。市民の暖房は「地域暖房」と呼ばれる、道路下に張り巡らされた温水パイプのシステムが支えている。

地域暖房の課題の1つは、温水のための燃料だ。現在、半分をまだ石炭が占めており(Origin of district heatのグラフ参照)、市は石炭からグリーンなエネルギー源に切り替える予定だ。

もう1つの課題は、地域暖房の消費を全体的に減らすこと。市は「一般住宅に再生可能エネルギー導入を促し、地域暖房の利用を減らしてもらおう」と考えた。そして2021年、「エネルギー・ルネッサンス」プログラムと名付け、ほぼ全員が技術者というエネルギー専門家10人のチームを結成した(10人とも市の職員)。

チームは、太陽光や地中熱(土地表面に近いところの熱)、建物の排熱などの再生可能エネルギー設備を住居に設置するためのアドバイスを無料で行う。どの再生可能エネルギーが最適かは、条件(建物や地域の状況、資金)によって変わってくる。設置には補助金が支給される。投資額は、だいたいの場合10年~15年で元が取れるそうだ。

チームのメンバー、エンマ・ベルグ(サービス・デザイナー兼エネルギー専門家)さんによると、地中熱発電の人気はうなぎ上りだという。これまでに600の住民協会(アパートやマンションの居住者たちで結成する自治会)から相談を受け付けた。一軒家所有者や住宅管理会社も相談に来る。地中熱暖房に移行したある住民協会長は、「少ない購入エネルギーで十分な暖房が得られる」と話す。

自分たちで、分譲マンションに地中熱発電を設置した居住者たち。地中熱発電の設備(10本のパイプで地下300mから温水――地中の熱をくみ上げている)も見せてもらった。地中熱発電のみの費用は30万ユーロ(約4700万円)で、3分の1は補助金でまかなった。

筆者は、市内で地中熱発電を使い始めたばかりの、築50数年の大型分譲マンションを訪問し、住民協会長と副会長にも会えた。チームに支援してもらいながら、最適な再生可能エネルギーの選択の段階から皆でじっくり検討を重ね、2021年秋に地中熱発電の導入を決定した。地中熱発電以外にも工事が必要だったため、総工費は350万ユーロ(うち地中熱発電のみの費用は30万ユーロ)となった。マンションの保有面積によって各世帯の支払い分を決めた。

「地中の熱をくみ上げるパイプが、ここに埋まっている」という表示が、マンションの随所に付いている。

このマンションの住民は、これから、地中熱発電で2年目の冬を迎える。 環境面だけではなく、(戦争の影響で)公的なエネルギーの価格上昇を心配しなくていいという点でも、建物の価値が上がって自分たちの資産になる点でも、導入したメリットは大きい。

100%自給の「自分たちのエネルギー」を実現したことに、住民の多くが非常に満足している様子がとても印象的だった。

[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com



岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

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