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日本がAI規制を主導? 岸田構想への4つの疑問

ニューズウィーク日本版 2023年10月4日 11時50分

<日本はこれまで何度も形式的な法規制でイノベーションを潰してきた過去がある>

岸田文雄首相は1日、京都市で行われた国際会議の席上、「信頼できるAIの実現に向け、日本が主導して国際ルール作りを進めている」と述べたそうです。具体的には、5月に広島で開かれたG7サミットで設置が決まった「広島AIプロセス」という枠組みを進めるとしています。G7として生成AIに関する国際ルールを年内に策定する方針で、そのイニシアティブを日本が主導するということのようです。

岸田首相は、「イノベーションの推進と、それに伴う社会への負の影響や倫理的な問題などに対し、真剣に向き合うことが重要だ」と述べ、その上で生成AIについて、「フェイク情報や著作権の保護に対する懸念」などへの対応が必要だとしていました。

先端技術に関して総理が関心を示すのは、悪いことではありません。また世界の流れを日本が主導して行うという気構えも大いに結構と思います。ですが、このスピーチを聞いていると、どうしても4つの疑問が湧いてきます。

1つ目は、過去に法律の枠組みに縛られて最先端のビジネスチャンスを、ことごとく潰してきた日本の負の歴史を克服できるのかという問題です。例えば、2008年の著作権法改正までは、ネット上のデータをキャッシュに取り込むことだけでも著作権の侵害、すなわち違法行為だという法解釈から、日本では「検索エンジン」が非合法化されていました。問題に気づいて法改正をしたときには、すでに外資が膨大な投資を進めていて、日本勢が参入する可能性は消えていたのです。

AI生成物の著作権はどうなる

また、MP3の流行はCDの違法コピーであり犯罪だという認識から一歩も進めず、携帯用デジタルプレーヤの分野で遅れを取っているうちに、せっかくソニーが「ウォークマン」で確立していた市場を、完全に外資に奪われたのも同様です。日本が得意としていたラジコン技術も、ドローンが首相官邸屋上で発見された事件を契機とした「ドローン禁止」の世論に押されるうちに、アッという間に中国に市場を奪われてしまいました。

今回のAIの「負の側面」への注目も、モタモタと国内法との形式的な整合性を取ることに時間を費やしていると、アッという間に乗り遅れる可能性があります。岸田首相が世界をリードするという姿勢は評価しますが、結局のところは日本特有の実定法の形式的な束縛のなかで右往左往して乗り遅れる、このパターンをどう克服するのか、道筋は見えていません。

2つ目は、日本の著作権法の運用が世界をリードできるかという問題です。AIに関する現在の日本の法体系には特徴があります。まず、AIが生成した著作物は「機械の生成したものは感情や思想の表現ではない」ので、著作権を認めないという考え方があります。このままでは、オリジナルの著作権の問題をクリアし、社会的認知も受けたとしても、自動生成コンテンツの権利は一切守られない可能性があります。

その一方で、公共の利益になるような一定の場合に著作権がフリーになる「フェアユース」の考え方がないために、極端な話、AIの生成物を分析すると、ごく一部だけがある著作からの引用が残った場合に、全く本質的な意味がなくても、その生成物の利用にはオリジナルの著作権者の許諾が必要になります。

もちろん、現著作権者の利益は保護されなくてはなりませんが、日本の法体系では「誰も幸福にならない」ような純粋に形式的な規制がいつまでも残る可能性があり、このままで世界を主導できるかは分かりません。例えばですが、AIによる著作物の引用を認める代わりに、対価を保証するアプローチも検討すべきです。こうした問題をどうクリアするのかは、岸田発言からは見えません。

3つ目の問題は、フェイク情報の流通を防止するために「オリジネーター・プロファイル(OP)」という技術を使用して、ネット上で発信された文章などに対し、第三者機関が認証した発信者情報を電子的に付与し、ネット利用者が信頼性を確認できるようにするという岸田首相の構想です。

これは、それこそ岸田首相のよく言う「法の秩序に基づく自由と民主主義」には完全に反する発想です。発信者の真正性を確認するだけであっても、特定の機関に「お墨付きを出す権限」を与えるのであれば、言論の自由が保証されるかどうかは分かりません。話が逆であって、フェイク性が確認できたら、そのコンテンツに警告を付与するのが正しく、EUなどはその方向で法制化を進めています。

顔認証データベースの悪質な大規模利用は?

4つ目は、AIが過度に導入されることで、従来は考えられなかったような個人の権利の侵害が起きる可能性です。EUはこの問題にかなり厳格に臨むとしています。例えば、不特定多数を対象とした顔認証データベースの大規模な利用や、潜在意識の操作など、悪質な利用については厳しく考えるべきです。

特に顔認証についてEUでは、法的執行を目的とした公的スペースでのリアルタイムな使用は原則禁止としています。また、商業施設・公共交通機関・学校などでの使用は事前許可を前提としています。日本でも個人情報に関する意識は近年飛躍的に向上しています。EUでは網羅していないような、思わぬAIの暴走を防止する発想を提供することは必要と思います。岸田構想には、こうした観点が入っているのか、検証が必要と思います。

とにかく、AIという新技術を、全体の成長に結びつける一方で、個々人の権利侵害が起きないよう有効な規制を行う、同時に、過去の日本が何度も陥ってきた失敗、つまり形式的に過ぎる法規制で進歩を阻害することのないよう、チェックをかける必要もあります。こうした問題には、人畜無害で総花的な発想では全く対処はできません。従来の岸田首相のイメージを打破する突破力を期待したいと思います。


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