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「中国化」ではなく「中国式化」...中国の「大どんでん返し」をどう捉えたらいいのか?

ニューズウィーク日本版 2023年10月18日 11時25分

<習近平の掲げる「中華」に共感できない違和感の理由とは? そして中国研究にこれから必要な視点について> 

※上編:「中国とは付き合いきれない」傾向が強まる時代に、「中華」をどう考えるか から続く。

論壇誌『アステイオン』98号の特集「中華の拡散、中華の深化──「中国の夢」の歴史的展望」をテーマに行われた、阿南友亮・東北大学教授、野嶋剛・大東文化大学教授、森万佑子・東京女子大学准教授とアステイオン編集委員の岡本隆司・京都府立大学教授による座談会より。

◇ ◇ ◇

「中国化」より「中国式化」

森 歴史を見ると、韓国(朝鮮半島)は東アジアで中国(清朝)の影響力が弱くなっている時期に独立しています。しかし、香港は中国が劣位に置かれたときにクローズアップされる。そして現在は中国が「中国式現代化」を強くアピールしています。

韓国(朝鮮)にとっては、中国との関係や独立という問題は、非常に敏感で難しい課題であったにもかかわらず、ある意味でうまく切り抜けたのだと思いました。

その意味で、倉田徹先生の「香港の『中国式現代化』は可能か?」はとても興味深いものでした。

岡本 中国との関係をうまく切り抜けたあとの朝鮮半島はその後、どうなったのでしょうか。

森 日清戦争で日本が勝利すると、日本は朝鮮を清朝中華から切り離し、下関条約で朝鮮を「独立自主」の国と取り決めました。朝鮮は「独立自主」国として、1897年に大韓帝国を成立させ、清朝と並び立つ帝国となります。

しかしながらその後、大韓帝国は日本の植民地統治を受けたため、日本帝国主義と闘わなければなりませんでした。そのため、朝鮮半島における「中華」という概念は記憶から消えて、代わりに「抗日」が近代史の主要なテーマとなる、ある意味で記憶の上書きが起こりました。

解放後は、国共内戦で中国が混乱している時期に、朝鮮半島で南北2つの国家が成立します。冷戦構造下の韓国は「反共」を掲げ、中華人民共和国と国交を持たない期間に経済発展と民主化を遂げました。

岡本 香港と韓国の対比の話が出ましたが、多角的に中国を考え直していきたいというのが今回の特集の本当の狙いでもありました。香港、そして台湾については、野嶋先生はいかがでしょうか。

野嶋 香港で起きていることは「中国化」より「中国式化」であるという倉田先生のご指摘は卓見だと思いました。中国式化、あるいは「中国共産党式化」と言ってもいいかもしれませんが、これは習近平の掲げる「中華民族」「中華」に呼応します。

しかし、「中華民族の偉大なる復興」は台湾では全く共感されていません。それは中国が主張する「中華」というものが空っぽで、中身が全く見えてこないからです。そもそも台湾の価値を発見したのはオランダ人や日本人で、元々完全には中華世界の一部ではありませんでした。

一方、中台関係が緊張する前の馬英九政権期に台湾を訪れた中国人は「本当の中華文化はここにあった」と驚いていました。

実際に台湾の人々は非常に濃厚な中華的な感性、習慣の下に生きています。ただ、その台湾にある「中華」と中国が掲げる「中華」が全く違うものであることが、今の大きな問題なのだと思います。

岡本 倉田先生の「中国式化」というのは印象的な言葉です。拡散した中華の文明と考えると、やはり漢語、漢字は重要です。日本人も使っていますし、韓国語もベトナム語も漢語がベースの言語です。

ある「中華」を自分のものとしつつも、他方で中国とどう距離を取っていくのか。阿南先生はいかがでしょうか。

阿南 野嶋先生が「台湾で『中華』は限りなく透明になる」でご指摘されているように、本来中華の概念は、血統ではなく文化というソフトパワーです。

しかし、今の中国は文化の輝きがなく、経済や軍事というハードパワーで弱い者を従えることしかできない。これはかなり本質的な問題で、文化を自由に、好きな方向に発展させるような政治的な枠組がありません。

倉田先生のご論考に、「中体西用」という言葉が出てきます。19世紀後半に、皇帝を中心とする独裁体制を守るために、軍備とその関連産業の近代化を集中的に進めた時期がありました。その後、体制・実用ともどもマルクス主義という西洋に由来する普遍的な価値を受容して、中体西用の時代は終わったと考えられてきました。

しかし、よく見てみると今も基本的に中体西用なんですね。海外からいろいろと技術を取り入れるけれど、独裁を基調とする政治・社会体制には大きなメスを入れない。「中華」が普遍的価値と対峙し続ける独裁体制およびそれを支える閉鎖的な文化を守るための免罪符あるいは象徴的な盾となって、普遍的価値の浸透をはねのけています。

中国近現代政治研究が直面するもの

阿南 現在の中国近現代政治研究の分野では、中国で起きている「大どんでん返し」とどう向き合うかが大きな論点となっています。

長らく日本の中国政治研究では、毛沢東の個人独裁から集団指導体制を経て、険しい道を経ながらもやがて民主化に向かうという大前提がありました。これはアカデミアに限らず、70年以降の日中・日米関係もこの前提の上に築かれてきました。

ところが昨年の党大会で、習近平は権力行使にかけられていた様々な制度的な安全装置を全部取っ払ってしまいました。1つ目に集団指導体制、2つ目は定年制、そして最後に1期5年、最大2期までという任期制です。

野嶋 まさに習近平政権下における中国の変質は、ジャーナリズムにも影響を与えています。私がかつて籍を置いた朝日新聞は日中友好の神輿を担いで成長した新聞です。しかし、2010年頃には、これではいかんと路線変更しています。

しかし、世の中はそうは見てくれず、朝日新聞は今も親中という言説で叩かれ続け、現在の朝日新聞の部数減にも相当の影響を与えているはずです。

岡本 その習近平による「大どんでん返し」を、どう捉えたらいいのでしょうか。

阿南 毛沢東時代には権力行使が恣意的に乱用され、文化大革命という悲劇を生みました。その経験から「民主化はできないけれど、せめて一定程度権力行使を制度化しよう」ということで改革開放が始まりました。

ところが約40年かけて定着させてきた制度的安全装置をすべて取っ払うことが昨年宣言されました。要するに、個人独裁から集団指導体制を経て、また個人独裁に戻ってしまったということです。これは中華人民共和国の歴史を考える上で大きな転換点といえます。

岡本 私自身の研究を対比させながらお話しすると、かつて中国は国を閉ざしていたので、現代中国の研究ができませんでした。ですので、中国に関心のある知識人の多くは、代わりに歴史を学んできました。ですから、ある時期までは中国の歴史研究はとても盛んでした。

ところが改革開放以後になると、中国に関心のある人は雪崩を打って現代中国研究に行ってしまい、今度は歴史研究が空白になりました。こうした経緯もあり、日本の中国研究は歴史研究と現状研究を真っ二つに、ほとんど没交渉でやってきた背景があります。

しかし、これからの中国研究やアジア研究は、歴史を考えて現代を考える、逆に現代を考えながら歴史の意味するところを考えるという時節に来ているのではないでしょうか。

今回の特集が、そのことを再考するきっかけの1つになるのであれば、私としては大変嬉しく思います。

※下編:三国志にキングダム...中国文化への「巨大なリスペクト」がある日本だからこそ、「勘違いモード」に警告する資格がある に続く。

阿南友亮(Yusuke Anami)
東北大学大学院法学研究科教授。1972年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。東京米国ハーバード・イェンチン研究所客員研究員(2014〜2015)や東北大学公共政策大学院院長(2017〜2020)を歴任。専門は中国近代政治史。著書に『中国革命と軍隊』(慶應義塾大学出版会)、『シリーズ日本の安全保障5 チャイナ・リスク』(共著、岩波書店)、『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(新潮社、サントリー学芸賞)など。

野嶋 剛(Tsuyoshi Nojima)
ジャーナリスト、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、台北支局長としてアジア報道に携わる。2016年に独立し、現職。専門は台湾政治、中台関係、ジャーナリズム論。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『台湾とは何か』(ちくま新書、樫山純三賞)、『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(筑摩書房)、『香港とは何か』(ちくま新書)、『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。

森万佑子(Mayuko Mori)
東京女子大学現代教養学部准教授。1983年生まれ。2012年ソウル大学大学院国史学科博士課程単位取得修了。2015年東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。2016年博士(学術)。博士論文は第4回松下正治記念学術賞受賞。専門は韓国・朝鮮研究、朝鮮近代史。著書に『朝鮮外交の近代』(名古屋大学出版会,第35回大平正芳記念賞)、『ソウル大学校で韓国近代史を学ぶ』(風響社)、『韓国併合』(中央公論新社)など。

岡本隆司(Takashi Okamoto)
京都府立大学文学部教授、アステイオン編集委員。1965年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。宮崎大学教育学部講師、同教育文化学部助教授を経て、現職。専門は近代アジア史。著書に『世界史序説』(筑摩書房)、『「中国」の形成』(岩波書店)、『東アジアの論理』(中央公論新社)、『属国と自主のあいだ』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)、『中国の誕生』(名古屋大学出版会)、『世界史とつなげて学ぶ 中国全史』(東洋経済新報社)など。

 『アステイオン』98号

  特集:中華の拡散、中華の深化──「中国の夢」の歴史的展望
  公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
  CCCメディアハウス[刊]

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