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史上最も腐敗した国家指導者に選ばれた故スハルト その影響は今もインドネシア政界に

ニューズウィーク日本版 2023年10月5日 11時15分

<政治家に不正蓄財はつきものなのか?>

インドネシアのスハルト元大統領が世界で最も腐敗した国家指導者に選ばれた。上位10人の腐敗指導者にはスハルト元大統領の他に、フィリピンのフェルディナンド・マルコス元大統領、ヨセフ・エストラダ元大統領と3人が東南アジアから選ばれており、中南米の3人と並ぶ数となっている。ほかにはアフリカが2人、欧州が2人となっている。

これは腐敗、汚職に取り組む国際非政府組織である「トランスペアレンシー・インターナショナル(本部ベルリン)」がフォーブス誌の2004年グローバル腐敗報告書を通じて発表したもので10月2日にインドネシアのマスコミが報じた。

それによるとスハルト元大統領は1967年から1998年の大統領在職中に1500~3500億ドルを不正に蓄財したとして、腐敗した国家指導者リストでトップに位置づけている。

トップ10にはスハルト元大統領以下、2位はフィリピンのフェルディナンド・マルコス元大統領で1972年から1986年までの在職中に50億ドルから100億ドルを不正に蓄財した。

3位はアフリカ・ザイールのモブツ・セセ・セコ元大統領で1965年から1997年までの在職中に50億ドルを不正に蓄財した。

同じく3位はアフリカ・ナイジェリアのサニ・アバチャ元大統領は1993年から1998年の在職中に50億ドルを不正に私財とした。

5位はユーゴスラビア・セルビアのスロボダン・ミロセビッチ元大統領は1989年から2000年までの在職中に10億ドルを不正に得た。

6位は中米ハイチのジョン・クロード・デュバリエ元大統領は1971年から1986年までの在職中に3億ドルから8億ドルを不正に蓄財した。

7位は南米ペルーのアルベルト・フジモリ元大統領は1990から2000年までの10年間に6億ドルを横領した。

8位はウクライナのパブロ・ラザレンコ元首相は1996年から1997年の1年間で1億140億ドルから2億ドルを不正に得え蓄財した。

9位は中米のニカラグアのアルノドル・アレマン元大統領は1997年から2002年までの在職中に1億ドルを不正に得た。

10位はフィリピンのヨセフ・エストラダ元大統領は1998年から2000年の在職中に7800万ドルから8000万ドルを不正に得ていた、となっている。

インドネシア歴代大統領の国家機密

インドネシアには歴代大統領にまつわる「国家機密」という冗談がある。地元マスコミの記者らが考えたものといわれているが、その真偽は不明だ。

インドネシア独立の父と言われ今でも多くの国民の尊敬を集めるスカルノ初代大統領は恋多き国家指導者と言われ、東京滞在中には現在のデビ夫人を見初めたのは有名だ。すでに既婚者だったがイスラム教の一夫多妻制という教えに基づいたもので、デビ夫人はスカルノ大統領の第3夫人に収まった。ほかにも愛人の噂も多く「愛人の数」がスカルノ大統領に関する国家機密である。

第2代大統領に就任したのがスハルト大統領で軍人出身の経歴から軍の力を背景に、イスラム急進派や学生運動家を強権弾圧して社会を安定させ、1998年のアジア通貨危機と民主化運動の高まりで退陣するまで32年間政権を維持した。

開発の父とされるスハルト元大統領は経済開発と独裁政治を推し進め「西洋の民主主義とは異なる独自の民主主義」を掲げた。長男・次男は実業界で地位を確立し、中国系インドネシア人財閥の協力を得て富を蓄えた。その結果スハルト元大統領の国家機密は「貯蓄額」とされたのだった。

1998年にスハルト元大統領の後継者に指名されたユスフ・ハビビ元大統領はドイツ留学を経てインドネシア人として初めて航空工学の博士号を獲得した頭脳明晰な学者政治家。豊富なデータに裏付けられた的確な分析から「知能指数(IQ )」が国家機密とされた。

以降、視力が極端に弱かった第4代アブドゥルラフマン・ワヒド元大統領は「視力」、第5代メガワティ・スカルノプトリ元大統領は肝っ玉母さんのような体形から「体重」がそれぞれ国家機密とされた。

スハルト元大統領の遺産

息子2人が実業界に入り、長女は政治家の道を選び、身内に軍人がいなかったことからスハルト元大統領は陸軍のエリート軍人だったプラボウォ・スビアント氏を女婿として迎えることで軍への睨みを効かせようとした。しかしプラボウォ氏は民主化運動の活動家や学生運動家の弾圧を指示したことでスハルト元大統領失脚後には軍籍を奪われた。

だがその後ビジネスに転身し巨額の富を築いたうえで政界に進出。独自の政党を立ちあげ、ジョコ・ウィドド内閣の国防相に抜擢され、2024年2月の大統領選では最有力の大統領候補となっているのだ。

プラボウォ氏を支持する国民は「強い国家指導者」としてのスハルト元大統領とその女婿(すでに離婚)であるプラボウォ氏を重ね合わせているからでもあり、スハルト元大統領人気が復活しているのだ。

そのスハルト元大統領が今回世界で最も腐敗した国家指導者と指摘されたことで、インドネシア国民による反発も予想される事態となっている。次期大統領の最有力候補であるプラボウォ氏への選挙妨害とも捉えられかねないからである。

スハルト元大統領は死後15年経った今もなお、インドネシア社会に大きな影響を残しているのだ。

[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

大塚智彦

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