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「膠着状態」に入ったウクライナ戦争の不都合な真実...西側の支援はそろそろ限界か?

ニューズウィーク日本版 2023年10月11日 12時30分

<欧州の「支援疲れ」、プーチン政権の底堅さ......強硬なゼレンスキーを支持するだけでいいのか>

ウクライナの反転攻勢が開始されて3カ月以上。これから秋が深まり、戦場は泥濘と化して攻勢は一層困難となる。アメリカのマーク・ミリー統合参謀本部議長は、反転攻勢が可能な時期は10月中旬から下旬までだと述べ、攻勢ペースが遅いことを認めたが、「作戦はまだ終わっていない」とわずかな期待を表明した。

これは、ウクライナの事実上の武器庫であるアメリカが反転攻勢の失敗を認めたようにも聞こえる。同じく、ウクライナの武器庫であり、応援者でもあるイギリスのトニー・ラダキン国防参謀総長は、「ウクライナが勝ち、ロシアが負けつつある」と述べている。彼によれば「ロシアの目的は、ウクライナを征服し、ロシアの支配下に置くこと」だが、現時点で「そういうことは起きていないし、今後、決して起きない。だからウクライナが勝ちつつあると言える」そうだ。ロシアの目的がウクライナ征服にあるという断定の妥当性はさて置き、さすがに苦し紛れの強弁に聞こえる。

これまでウクライナにおける戦況を「ウクライナ側から」報じてきた米CNNでさえ、今後数カ月の展望として、「ロシア軍の規模はウクライナ軍をはるかにしのいでいる。戦争で孤立が深まっても、プーチンは戦争の長期化で友好国を失う心配をしなくていい状況にある。消耗戦にはウクライナよりロシアのほうがうまく対応できる可能性がある」との評価を下している。その上で、「ウクライナ政府は万が一和平交渉が行われる場合に備えて、あるいは現在享受している西側諸国の鉄壁の支援が崩れ始めた場合に備えて、可能な限り有利な切り札を手にしておきたいところだ」と述べている。

西側の支援はそろそろ限界

こうした西側の高官やメディアの動向を見るにつけ、反転攻勢が「成果を出せなかった」という評価は固まりつつある。同時に、停戦交渉、和平交渉への期待や予測が高まってきている。西側が投入してきた莫大なウクライナ支援はそろそろ限界に近づいているのかもしれない。

EU諸国も、ウクライナ支援には是々非々で臨んでいる。ポーランドは大量のウクライナ避難民を受け入れて支えてきたが、スロバキアやハンガリーと共に、戦争のため海上輸送できなくなったウクライナ産穀物が流入してくることを拒否している。ポーランド政府にとっては、国内の農家への配慮のほうがウクライナ支援より重いのが現実である。この問題をウクライナがWTO(世界貿易機関)に提訴したことから、ポーランドはウクライナとの距離を取り始めた。9月20日、ポーランドのマテウシュ・モラウィエツキ首相は、自国の軍備近代化を理由としてウクライナへの武器供与を停止したと発表した。ポーランドは、米英独に次いで4番目の規模の軍事支援をウクライナに与えてきた国である。アンジェイ・ドゥダ大統領は、国連総会が行われているニューヨークでの記者会見で、ウクライナを溺れる人に例え、「溺れる人は救助しようとする人をも深みに引き込む恐れがある」と発言している。

戦禍を避けてポーランドに避難するウクライナの人々(22年4月) LEONHARD FOEGERーREUTERS

欧州諸国は侵攻当初、ロシアをウクライナで食い止めなければ自分たちが危ないとの危機意識から何を置いてもウクライナを全面的に支援してきた。だが、ここにきてロシアの「野望」が無限ではなかったことに気付き、物事のバランスを改めて考え始めたのだろう。

こうしたウクライナ支援の空気の落ち込みを受けてか、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、英誌エコノミストのインタビューにおいて、ウクライナ支援が減少すれば、ウクライナ避難民たちがどのような反応を示すか分からない、と述べたようだ。その真意は不明だが、大量のウクライナ難民を受け入れている欧州諸国にとっては、一種の脅迫にも聞こえたことだろう。

ブリンケン発言のニュアンス

9月にインドで行われたG20首脳会議にウクライナは招待されなかったが、アントニー・ブリンケン米国務長官と日本の林芳正外相(当時)がG20と並行してウクライナを訪問し、支援の姿勢を示したのは記憶に新しい。ブリンケンは新たに10億ドル規模の支援を約束したが、ウクライナ訪問後の9月10日の記者会見で、ゼレンスキーはロシアと交渉するだろうかとの質問を受け、「プーチンはウクライナを地図から消し去るという目的に失敗したことを忘れてはならない」と述べつつ、「交渉には相手が必要だ」と応じた。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が「目的に失敗した」というところは、前述のラダキンと同じ認識を示しており、「既にロシアは敗北している」というのが、西側が協調してアピールしたいナラティブなのだろう。その裏には、ウクライナは既に「勝利」しており、交渉してもいいのではないか、との言外のニュアンスが感じられる。

というのも、ブリンケンはさらに、「プーチンが交渉に関心を示せば、ウクライナ側は率先して応じると思う」と述べているのだ。その後に続けて「戦争終結はウクライナの主権と領土一体性を反映した条件で」としているが、これは定型文であって、重点は前者の交渉に関するくだりにあるのは明らかだ。

プーチンが交渉に応じる気配はない MAXIM BLINOVーPOOLーSPUTNIKーREUTERS

では、ロシア側はこうした情勢をどのようにみているのだろうか。ブリンケンの会見の2日後のプーチンの発言を見てみたい。これは、ウラジオストクで行われた極東経済フォーラム全体会合でのものである。プーチンは、ウクライナに交渉の用意があるというなら、第1歩としてウクライナ政府が定めたプーチン政権との和平交渉を禁じる法令を撤回してはどうかと切り返している。実際、ゼレンスキーはプーチンとの交渉を拒否することを公にしている。

さらに、プーチンはウクライナとの交渉の可能性について、「ウクライナは、全ての資源(人的資源、兵器、弾薬等)が尽きてから停戦し、交渉を開始することで、交渉を続けている間に資源の回復を図るという戦術の可能性もある」との趣旨の発言をした。

また、その3日後の9月15日にロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が、ウクライナ情勢について演説し、現在「交渉」についていろいろ言われているものは西側の陰謀だと断じた。そして、ウクライナ侵攻から間もない2022年3月に行われた和平交渉で、ウクライナのNATO加盟とは別の形での安全保障について事実上合意に至ったが、西側勢力から署名しないよう圧力がかかり、失敗したと批判している。

「両雄」は並び立たない

過去の交渉の失敗の経緯から、プーチンもラブロフも、たとえ交渉してもそれは相手側の時間稼ぎにすぎないと考えている。残念ながら、ロシアは現在、前向きに交渉に応じることはないと言わざるを得ない。

ロシアは、最初の和平交渉が西側の圧力によって失敗した後、反転攻勢を受けて大きく前線を後退させたため、予備役の部分動員を行わざるを得なくなった経緯がある。さらに、長引く戦闘に対処するため、軍事部門に投資を行い、総動員体制に準ずる国内体制まで整備した。さらにイランや北朝鮮との軍事協力にも動いている。ロシアはもう覚悟を決めているのである。ウクライナの武器弾薬要求は、NATOの供給能力を上回っていると認めているNATOとは対照的だ。つまり、部分動員令を発した昨年秋の時点で、ロシアは大きな転換点を迎えていたのだ。果たしてその事実を西側諸国は認識できているのだろうか。

9月の国連総会で国際社会に対ロシアでの団結を訴えたゼレンスキー BRENDAN MCDERMIDーREUTERS

現在進行形のウクライナの反転攻勢の成否については、人によって評価が大きく異なっており、確かなことは不明だが、ウクライナ側が思ったような結果を出せていないことは確かである。また、「資源」の観点からもロシア側が優勢であることも、基本的な共通認識となっているだろう。もちろん、ウクライナに対して欧米が、人的資源を含め、これまで以上の大規模支援を投入できるというなら話は変わってくるが、来年の米大統領選次第では、支援は今後縮小局面に入る可能性もある。

では、ロシア側は今後停戦の機運が高まったときにどのような条件で何を目標として行動するだろうか。まず指摘すべきは、ゼレンスキーとプーチンは互いに並び立たないということ。ゼレンスキーはプーチンとの交渉自体を拒否しており、プーチンはゼレンスキーとの最初の和平交渉の失敗以来、交渉は時間稼ぎとして信を置いていない。つまり、プーチンがいなくなるか、ゼレンスキーがいなくなるかだ。

どちらの可能性がより高いかは、比較的容易に想像できる。ゼレンスキーの支持基盤はプーチンに比べればはるかに脆弱だ。ウクライナでは次の大統領選挙が来年の3月に予定されているが、予定どおりに実施されるかは不明だ。ゼレンスキーは選挙資金の不足を理由に実施の有無を明確にしていない。

もし、公正な選挙が行われれば、落選する可能性も十分あるだろう。ウクライナ国民がゼレンスキーを選んだのは、そもそも彼がロシアと交渉して、14年以来のドンバス紛争を和平に持ち込むことを公約に掲げていたからである。6月の世論調査ではウクライナ国民の大半は領土面での譲歩を支持していないようだが、だからと言ってロシアに勝利するまで戦争を継続するというゼレンスキーが再選されるとは限らない。国民は現実的な見方をしているものだ。

選挙の結果、ゼレンスキーが去るというシナリオがなくても、ロシア側がゼレンスキー政権と交渉を行う可能性は低いだろう。ゼレンスキーを追い落とすために、どこかのタイミングでウクライナへの攻撃を強化することもあり得る。ロシアは、ゼレンスキー政権が崩壊するか、合法的に交代するか、ウクライナに新たな政権が誕生するまで待つだろう。

ウクライナ支援継続は得策か

というのも、ロシア側の認識では、ゼレンスキーは米英の「傀儡」である。ラブロフは、米英を「人形遣い」と呼んでいる。すなわち、ロシア側の大きな戦略目標の1つは、ロシアの安全保障のためにウクライナから米英の影響力を排除することにある。このことは、ウクライナのNATO非加盟、中立化にとって必要不可欠な条件となっている。

西側供与の戦車で戦闘訓練をする合間に休息するウクライナ兵士たち ROMAN CHOPーGLOBAL IMAGES UKRAINE /GETTY IMAGES

仮に和平交渉が成功したとしても、英米がバックに付いたウクライナ政権が残る限り、NATO加盟や軍備増強などの動きが再開される可能性は残り、その場合には、ロシアは躊躇なく侵攻を繰り返すことだろう。

歴史を通じて、ウクライナはロシアと欧州の間の緩衝地帯であったが、今や、双方にとって危険な火薬庫と化した。それは、停戦しても変わることはない。なぜなら、アグレッシブなウクライナと、ウクライナのNATO接近を決して許さないロシアという構図に変わりがないからだ。

欧州にとってウクライナという火薬庫を維持してまで、ウクライナのNATO加盟が必要なのだろうか。親ロ的なウクライナの時代に、東欧諸国が今以上に大きな脅威にさらされていたという事実はない。むしろ、ウクライナがNATOに加盟したほうが、安全保障上の問題がはるかに大きくなることは、全てのNATO加盟国が理解しているはずだ。そもそも、NATOは安全保障組織であって、自由民主主義を拡散するための政治組織ではない。安全保障を脅かすような拡大は本末転倒である。すなわち、ウクライナのNATO非加盟という条件で交渉を行うこと自体は、不合理な判断ではないのだ。

では、何のために、昨年3月の和平交渉を打ち切って戦争を継続したのか。西側は、ゼレンスキーではなく、プーチンがその座を追われるシナリオを期待したのである。

しかし、プーチン政権が予想以上に強固な支持基盤を国内に築いていることが明らかとなり、ゼレンスキーがプーチンを追い落とすことができないことが判明した今、西側にとってアグレッシブなウクライナを維持することが、果たして得策なのかという疑問が改めて問われることになるだろう。

主なものとして、以下のような問題があると考えられる。

第1に、既に述べたように、アグレッシブなウクライナは欧州の火薬庫となり、欧州の安全保障にとって大きな問題となる。

第2に、長期にわたってウクライナ支援を続けなければならないとすれば、避難民の問題も含めて近隣諸国にとって大きな負担となる。

第3に、自由民主主義の旗印を掲げてウクライナ支援を行ってきたが、汚職がはびこるウクライナをEUの基準まで浄化するのは容易ではない。

第4に、ウクライナで混乱が拡大し、治安が悪化すれば、近隣諸国にもその影響が及ぶだろう。これは避難民の問題のみならず、ウクライナに供与された大量の武器弾薬の密輸・流出なども含まれる。

第5に、ロシアは自国の安全保障のために実力行使をためらわないことが明らかとなったため、ウクライナを西側で維持することはロシアとの緊張を高め続けることとなる。

イタリアのナポリでウクライナ戦争の停戦を訴える少女 MARCO CANTILEーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES

これらの問題点を踏まえて言えることは、ウクライナがロシアを弱体化させ、プーチンを追い落とすことができないのであれば、安全保障の観点に限れば、欧州、特に近隣の東欧諸国にとって、ウクライナを支援するデメリットは非常に大きいということだ。つまり、ウクライナを西側陣営につなぎ留めることができなくても、欧州諸国の安全保障にとってはむしろ望ましいという判断がなされることも十分あり得る。

そして、ウクライナを西側に引き寄せようとすることは欧州とロシアの安全保障にとって危険であるというこの判断こそ、プーチンが欧州に示そうとしている「事実」なのである。ここには、自由主義とか民主主義とかいったレッテルに基づく政治的価値判断はない。あるのは安全保障上の戦略的判断だけである。おそらく、現在の欧州に最も必要なのも安全保障上の戦略的判断だろう。

アメリカの著名な政治学者であるエドワード・ルトワックは、他国の紛争に第三者が介入することの危険性を指摘している。無責任な第三者の介入は、当事者同士が紛争の決着をつけることを邪魔することで、かえって双方の戦意を温存し、戦争を永続化させることにつながるというのだ。この議論はウクライナ情勢にもよく当てはまる。遠方のアメリカはともかく、欧州は紛争の長期化、永続化によって、自らの安全保障環境を明らかに悪化させている。

ところで、日本の岸田文雄政権はウクライナ支援の姿勢を鮮明にしているが、何を望んでいるのだろうか。いかなる外交政策にも、明確な戦略目標があるはずだ。日本の戦略目標は、紛争当初の欧米のようにプーチンが失脚することなのか、あるいは欧州の安全保障環境を悪化させることで、ロシアと欧州を分断させることなのか。これはアメリカには喜ばれるだろうが、本当に日本の国益になるのだろうか。国家として自国の国益が何なのか、真剣に考える必要があるだろう。

亀山陽司(著述家、元ロシア駐在外交官)

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