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「ぎこちなさ」に魅せられる...少年の成長譚『アイヌモシㇼ』の配役がもたらす説得力

ニューズウィーク日本版 2023年10月5日 19時25分

<熊送りの儀式「イオマンテ」をめぐる少年の成長物語。アイヌをテーマにしたドキュメンタリーやコミックは多いが、劇映画は意外に少ない>

『アイヌモシㇼ』のストーリーはとても単純だ。14歳のカントは、アイヌ民芸品店を営む母親のエミと北海道阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らしている。1年前の父親の死をきっかけにアイヌ文化と距離を置き始めたカントは、亡き父の友人であるデボに幼いヒグマの世話を任せられる。

でも、カントは知らなかったけれど、デボが子熊を飼育していたのは、アイヌにとって大切な熊送りの儀式「イオマンテ」復活のためだったのだ。全てを知って動揺するカント。やがてイオマンテの儀式が始まる。

つまり本作は少年の成長物語。その意味では映画の王道だ。観ながら、大学に入ったばかりの時期にサークルの飲み会で知り合った1人の言葉に困惑したことを思い出した。北海道出身という彼に、「アイヌは周辺に住んでいるのかな」と何げなく尋ねたとき、顔をゆがめながら彼は「あんな奴らの話などしたくない」と答えたのだ。それまでニコニコと談笑していただけに、その変化があまりに急激で、何と返せばいいのか分からなかった。

彼の暗い情念の根拠や由来は今も分からない。でも日本人は単一民族で構成されていると大真面目で言う人は、昔も今も意外に多い。冗談じゃない。日本人の法律的な定義は「日本の国籍を有する」人だ。決して民族的同一性を意味するものではない。

かつて日本列島では、(人類学的な見地からは諸説あるけれど)東南アジアを起源とする人たちが渡来して縄文人となり、北東アジアを起源とする人たちが定住して弥生人となり、さらに朝鮮半島とユーラシア大陸東部を起源とする人たちが渡来して(いちばん背の高い)古墳人となった。蝦夷(えみし)や隼人など先住民といえる人々もいた。これらが混血融和しながら現在のハイブリッドな日本人が形成された。

つまり雑種。でも多くの民族や言語や宗教が混在するアメリカやヨーロッパから帰国するたびに、空港で大勢の日本人を眺めながら、確かに単一民族なのかもと思いたくなる。息苦しい。扁平なのだ。さらに入管法改正(本当は改悪と書きたい)が示すように、インバウンドは歓迎するが外国人が生活圏に増えることを忌避する傾向は強くなるばかりだ。

これまでの人生で多くの北海道出身や在住の人と話してきたが、彼のような反応をした人は一人もいない。彼にはよほど特別な(普遍化できない)事情があったのだろうと今は思っている。

アイヌの現在や歴史をテーマにしたドキュメンタリーやコミックは数多いけれど、劇映画は意外に少ない。この夏に話題になった『山女』の福永壮志監督が2020年に発表した本作以外では、もうすぐ公開される『カムイのうた』と『ゴールデンカムイ』くらいだろうか。理由の1つは、アイヌとして説得力のある外見を持つ俳優が少ないからだろう。だからカントとデボと母エミだけではなく本作の主要キャストは、ほぼ全て実際のアイヌやその末裔たちだ。もちろん演技はプロじゃない。

ところが、そのぎこちなさが邪魔にならない。むしろ映画に貢献している。なぜだろう。もう一度観返したい。

『アイヌモシㇼ』(2020年)
監督/福永壮志
出演/下倉幹人、秋辺デボ、下倉絵美、OKI

<本誌2023年10月10日/17日合併号掲載>

『アイヌモシㇼ』予告編



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